episode1 猛犬チワワ
彼はクラスで猛犬チワワと呼ばれている。秘密裏に。
そう呼んでいるのがバレたら、それはもう非常に激怒するに決まっているからである。
誰も面倒事は起こしたくない。
本名は犬塚はるか。
「はるか」はデフォルメではなく本名で平仮名だ。男性名では珍しい。
ちなみに犬塚君、入学式の時に周りの男子に名前をイジられて彼らに頭突きを食らわせた。
それ以降、彼の名前に付いて触れるのは我がクラスの禁則事項になった。
犬塚君は意外と結構、可愛らしい顔をしている。所謂童顔というやつだ。
これが猛犬チワワのチワワたる所以だ。私なんかより小顔で、目が大きい。女子に生まれていたらさぞや美少女になっていただろう。
文化祭の女装ミスコンに彼をエントリーさせようとひそかに計画中なのだが、果たしてその企みは成功するのか。
と、いうのも犬塚君は超ノリが悪い。
帰宅部で直ぐに下校してしまうし、委員会にも入ってない。よくありがちな高校生特有のおふざけには絶対参加しない。前に命知らずのお調子者が、犬塚君におふざけで凸したことがある。
犬塚君の返答はこう。
「あぁ?ぶっ殺すぞ」
凶悪な視線に射抜かれて、彼は二度とおふざけのできない体質になってしまった。
ボケ殺しの犬塚、という渾名がクラス内で一瞬流行ったりした。
それから、せっかく容姿に恵まれているのに犬塚君は常に眉間に皺を寄せてイライラしている。何に対してそんなイライラしているのか分からないほどイライラしている。
何がそんなに気に入らないのか、よく舌打ちする。話しかけても、舌打ちしか返ってこない事がある。殺気まみれの視線で相手を怯ませ、絶対に自分の領域に踏み込ませたりしない。下手したら暴力だって厭わない。
これが犬塚はるか。人呼んで猛犬チワワ。
私の今年最大の不幸は、そんな犬塚君と隣の席になってしまった事だと思う。
次回からもう少し文章量が増えます。




