[extra3 BAD COMMUNICATION!!]
「あれ。桐谷先輩、これから生徒会ですか」
テスト期間に入り、短縮授業かつ午前授業になった放課後にポン太に会おうと思ってソフトグランドに行くとそこにポン太は生憎おらずがっかりしていた所に生徒会室の窓が開いた。出てきたのは桐谷雪路先輩だ。
桐谷先輩は相変わらず怖い顔のくせに気さくに「君か」と此方まで屈んでくれた。
「いや、僕だけだ。少しまとめたい資料があったから、鍵を借りた」
「大変ですねぇ、生徒会長」
「そうでもない。間もなく帰る予定だ」
「じゃあ一緒に帰りません?通り道だけでいいんで」
「是非そうしよう…と言いたい所だが、車が来ている。それで君の家まで送らせてもらうということでいいだろうか。彼も一応仕事だから断ってしまうのも申し訳ない。」
「え、あの、ちょっと待ってください…車?先輩、車送迎なんですか?」
「ああ、そこに来ている」
先輩が指差した方向には確かに黒くて高そうな車が車道脇に停車していた。
「ご、ご両親?」
「いや、外部から人に来てもらっている」
な、なんてブルジョワジー。
すげーわ。さすが桐谷医院のお坊ちゃん。
「さすが、天上人ぉ…」
「そ、そんなことは無い!!」
「わぁっ!?」
がばっと先輩が大きく身を乗り出したから驚いた。
心臓が飛び出しそうになっている私の両肩がぐわしと捕まえられた。
「僕は一般人だ。君たちと何も変わらない普通の人間だ。ただの男子高校生だ。電車にもバスにも乗れるし、コンビニエンストアにも行ったことがある、国語の定期試験で80点台を取って父に窘められた事もあるし、ゲームセンターで遊んだこともあるし、学校を途中で抜け出した事もある」
レンズ越しのその目に少しもくもりも無い。抑揚の少ない喋り方なのに、面と向かってまっすぐぶつけられると心揺さぶられるものがある。
こんなに一生懸命に一般人アピールする人ってこの世の中に一体どれくらいいるんだろう。
きっといないだろう。
それが本当に説得力があるか否かは別として。
「だから、そういうように、壁を作らないでほしい。違うものとして排除しないでほしい。君なら…分かってくれると信じている」
先輩は深く項垂れた。
なんだか強く強く懇願しているみたいに。
やっぱり氷属性の人じゃないよなぁと思う。
どう考えても違う。氷の生徒会長とか、今となっては本当に考えられない。
桐谷先輩は決して優しくない訳でも人を思いやれない人でもない。
それだけは胸を張って言えるのだ。
「鬼丸く…」
「先輩の視力ってどれくらいですか」
先輩が俯いているのをいいことにその眼鏡を取る。
両手が塞がっていたこともあり、案外あっさり入手したそれは品の良い銀縁眼鏡。見た目より軽いのでいいものだと思う。
「両目とも0.1だ。近視と乱視がある。あ、間違ってもかけて物を見てはいけないぞ。鬼丸君のせっかくの目が悪くなる」
眼鏡を取り返そうと両手を離した先輩から隙を見て一歩遠ざかればもうリーチが届かない。
やっと顔を上げた先輩の顔をまじまじと見る。
「うわぁ、フツーにイケメンだぁ…桐谷先輩のくせに」
猿河君が洋系統のイケメンだとしたら、先輩は和だなと思う。あれに並ぶほどに先輩は思いのほか整った顔をしていた。
「なにか言ったか」
「いえ、なんでも…。あっ、そうだ。メガネ~~~~~、ガネメ!!!」
眼鏡を縦に持ち替えて掲げた私に、先輩がぱちくりぱちくりと二つ瞬きをした。
眉間に皺が寄っているのは多分目を凝らしているのだろう。決して私のしょうもない行動にイライラしてるわけじゃないと、信じたい。
「それは…なんだ」
「ファイナルマジカルコミュニケーションですよ、知らなかったんですかぁ?」
若干のやってしまった感を振り払うように両手を上げ、猿河氏直伝のアメリカナイズポーズを取る。
それにはどういう意味があるんだ、という桐谷先輩の質問に聞こえないフリをして。
「…ていうか、先輩はコンタクトはしないんですか。それだけで大分堅苦しい印象はなくなると思うんだけど」
というか女子のファンとかつきそうだけどなぁ。猿河君まで行かずとも、先輩細くてスタイル良いし背も多分そこそこ高い方だろう。
「…痛そうじゃないか」
「え?」
「あれは…目に異物を入れるんだぞ、出し入れするにも爪が角膜を傷つけるかもしれないし、しかもコンタクトレンズにバクテリアが付着していれば炎症を起こす危険がある。それに、目の裏側に入って取れなくなったらどうする…どうやって取ればいい」
「……恐いんですか?」
眉間に皺が寄っていて睨んでいるようにも見える。けど、よく見れば眉毛も僅かに八の字をしているようにも見える。本当に、初見で見分けるのが至難の業のような違いだけど。
「鬼丸君、笑うんじゃない」
「だ…だって先輩、そんな顔して怖いって。ひぃ、だめだ腹筋痛い」
「顔は生まれつきだからしょうがないだろう」
「先輩の場合は生まれつきというか…こうやって」
眼鏡をポケットに入れ、人差し指で桐谷先輩の口の端を上にくいっと持ち上げる。
「ちょっと笑顔とかしてみればいいんだと思います、ほら」
「?!…?!」
「わぁあ、すっごい不自然。先輩もっと力抜いてくださいよ」
「む…無理だ」
ぐわしと手首を捕まえられて離される。ちょっと口角を上げたまま硬直した面白い顔で。こんなキリッとして怖い顔をした人が口の端を固定され、大人しく固まっている。なんか……かわいい。
「あ…」
指先触れた所から、白い肌が変色する。なんか、あれみたい。リトマス紙。
元が色白だからすぐ分かる。お風呂入った直後みたいな桃色の頬を目にして、しまったやりすぎたと今更気付いた。
慌てて手を離すと、先輩は手のひらで顔を覆った。私からは先輩の顔は口元しか見えない。もしかして、先輩泣いてる?と一瞬思ったが別に嗚咽は漏れてこなかったので多分熱を冷やしているだけだと思われる。
「…私はただ先輩の印象を変えようとしたまででしてね。他意はないです、でもごめんなさい」
「謝らなくていい。僕も触られるのは嫌ではないんだが、顔を触られるのはなんだか自分でもよく分からないほど、なんていうか…恥ずかしく思う」
だよなぁ、普通異性に顔をべたべた触られたらびっくりするよなぁ。しかもよく考えれば唇を端っことはいえべたべた触ってた…。私ってばなんてことを。
「前に僕も君の顔に触れてしまった事があった、居心地が悪かったろう」
「いやぁ、確かに驚きましたけど気にしてませんよ」
再び顔を上げた先輩はいつもの冷血漢フェイス(失礼)だ。切り替えの速さに驚きつつ、なんだか安心した。
そうか、と答えた桐谷先輩はいつもの癖か眼鏡を直そうとして無いままなのに気づき、そのまま手持ち無沙汰になった左手は鼻を揉む。なんだかまた笑ってしまう。
分かってもらえればいいなぁと思う。
この場に私一人なのは勿体無くてしょうがない。沙耶ちゃんにもハギっちにも言いふらしたい。
一度心をまっさらにして信じてくれないものか。
「あ、そうだ。笑顔になれないっていうなら何かしら反応をしましょう。そして、嬉しい時に相手にドストライクに伝わる魔法の言葉があるんですよ」
「魔法の言葉?」
「そうです。まぁ、これは選ばれた者しか知らないことなんですけどね」
にやりとわざとらしく笑ってみせて、内緒話する要領で右手を添えて顔を寄せた。
先輩も耳を傾けてくれてくれる。
「『やったね、バッチリ好印象!』、これを言えばまず気持ちは伝わりますです!あなたの行ったことは私のハートにばっちりストラァアイクバッターアウト!私は今胸キュンずっきゅんMK5も厭わない好感を持ちましたというメッセージが一発で伝わりますよ」
「鬼丸君…」
ぐっと親指を立てた拳を向ける私に対し、て真面目な顔で桐谷先輩は一回頷いた。
「はい?」
「君は最近僕で遊んでいるように感じているのだが、違うだろうか」
「えへ…」




