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18:



裕美子が手術を受け、その間鬼丸はお見舞いとうちに来ていた。輝と昴の子守りをしたり、クズがいる間にその場を取りなしたり、こうしてみるとこいつはずっと気を遣い続けていたんだなと思う。


「手術うまく行くよね、きっと」


鬼丸は千代紙に鶴を折続けていた。不恰好な鶴が紛れて1000羽がもう二つできていた。


「もうそのくらいでいい。これはタコ糸通して病院持っていくから」


「他に持っていけるものあるかな」


父親が「酒!ゆーみんはこれがなきゃ」と一升瓶持っていこうとしたが、ふざけんなと止めた。


「おにも病院行こ!おかーさんきっと寂しがってるよ」


鬼丸は笑って、輝と昴の手を握り返していた。

実際の時間でいうと鬼丸と知り合うまでそんなに時間が経っていない。なのに鬼丸がなぜうちのことに付き合ってくれるのかが分からない。


「犬塚君?どうしたの、面会の時間始まってるよ?」


いつもどおりの鬼丸の顔。何気なく振り返って小首を傾げている。

今でもこの世界が巻き戻ったなんて信じられない。それを引き起こしたのが鬼丸 哀だなんて。

もしも色々拗れる前に好きだと言ったら、鬼丸は誰にも見向きせず俺を選ぶだろうか。…そんなことしたら猿河にも桐谷先輩にも怒られそうだからしないけど。


「…なんでもない」


いずれにしても変な事で刺激しない方がいい。桐谷先輩が言うように鬼丸を救う手立てが見つかるまでは。



「あ、みんな来てくれてありがとね〜」


病室に着くと、裕美子は緊張感なく間伸びした声で出迎えた。顔色は良くない。なんで気付かなかったのだろう。

病魔は、これでも遅いくらい裕美子の身体を蝕んでいた。主治医からは出来るだけ早く腫瘍を切除して、それでも再発するかもしれないとのことだった。


「鬼ちゃんもありがとう。ゆーみん嬉しい」


鬼丸は頷いて裕美子の手をしばらく握っていた。


「治りますように、治りますように。大丈夫、裕美ちゃんのことは天使さまが守ってくれます」


「あはは。鬼ちゃん、そこは神様じゃないの〜?」


前の世界線では裕美子は死んだ。今もその死に顔が瞼の裏に焼きついている。

未来は本当に変えられるのか?不安でならない。助けられる術があるなら、なんだってしたい。


「それにしても、とっても嬉しいな」


裕美子は輝と昴をベッドの上に抱えて抱きしめた。


「こうやってまたみんなで一緒にいられるなんて。夢みたい。ねっ、はるか君。…りっくんも」


「ゆーみん…裕美子ちゃん」


裕美子を裏切った父親を俺は全く許せない。

だけど、そんな事の為に裕美子を死なせる訳にはいかない。他に頼れる人間なんかいないんだから。背に腹はかえられない。


もっと早くそうしていれば、早期治療ができたのか?去年だって裕美子は急に貧血気味になって、それからずっと市販薬を飲んで働いていた。気付いてはいたのに。


「こら。はるか君!今、ゆーみんが超感動的ないい事言おうとしてるのに、また良からぬ事考えて上の空だったでしょ」


はっ、と我にかえると裕美子に指を指されていた。


「別に、俺は…」


「おかーさんはちゃんと帰ってくるんだから、はるか君は何にも気にせずピカピカの高校一年生をきっちりエンジョイするんだよ⭐︎お願いね、鬼ちゃん」


そうだ。今更悔やんだって何もできない。

裕美子のことも鬼丸のことも今出来ることをやってこなくてはならない。もう何も見過ごさないように。





輝と昴が落ち込んでいるからって、父親がとんでもなくでかい花火セットを買ってきた。ロケット花火もたくさん入っているからアパート前じゃなくて、バケツ持って近所の公園に向かった。


「この色変わるの、やりたい!」


「あ、すば狡い!あーもそれやりたい」


喧嘩になる前に宥めて、同じような花火を輝にも渡した。


「はい。絶対に人に向けたらだめだよ」


父親はロウソクを石で支えてマッチで火をつけた。そして、二人から花火を受け取って先端を燃やす。


「わぁっ、きれいだねー」


バケツに水を汲んできた鬼丸の目の中が花火できらめいている。


「鬼ちゃんも花火しようよ。ホラホラ、はるかくんもー」


別に輝と昴がやればいいと思っていたのに、おっさんに花火を押し付けられた。わーい、と鬼丸が喜んでるのでまぁ良い。

輝と昴の守りはおっさんに任せた。


「…犬塚君も元気だしてよ。裕美ちゃんきっと元気になるよ」


「うん」


先に花火がついた鬼丸から火をもらう。

オレンジの火花が勢いよく噴出してあっと言う間に燃え尽きた。


「鬼丸、今日はこんなに遅くまでいいのか?」


大丈夫だよ、と鬼丸は笑うだけだった。鬼丸の持っていた花火もぼとりと火が落ちて終わってしまった。


もっと早く気付いてやればよかった。いや本当は気付いていた。

鬼丸はずっと一人で暮らしていて、全然大丈夫じゃなかった。

嫌がられても逃げられても、もっと介入すれば良かった。彼女が見せまいとするものに踏み込めばよかった。


「もう気付いたら明日から夏休みなんだね。早っ」


「お前、夏休みの補修は?」


「へへ…」


笑ってごまかして、鬼丸は小さな細い線香花火を取り出した。そのなかの一本を俺に差し出す。


「線香花火勝負!勝った方が負けた方にすきなことを命令できる」


勝負を受けるなんてまだ言ってないのに、鬼丸が花火を付けようとするから慌ててローソクの前にしゃがむ。


パチパチと弾ける地味な小さな火の玉が二つ暗闇で並ぶ。


「テストは赤点セーフだったよ。補修なし。犬塚君が心配することなんて、なーんにもない」


「え"っ」


だって確か前の世界線では、鬼丸は中間・期末テストボロボロだったはずだ。あのテスト前には毎回泣きながら対策勉強していた鬼丸が、自力でテスト乗り切るなんて信じられない。


「そんな驚かなないでよ、失礼な。私だってやれば何とかなるんだって、犬塚君のお世話にならなくても」


「だけど鬼丸」


「この夏は他にやる事あるから、頑張ったんだ」


屈んだ鬼丸を横目で見る。

なんだやる事って、俺が聞いてもいいのだろうか。


「犬塚君」


ふいに変な雰囲気で名前を呼ばれるから、どきりと心臓が変な動きをした。

横目で見ていた鬼丸が急にこちらを見ている。暗闇のなか。


「な、んだよ…」


「落ちたよ。犬塚君の線香花火」


鬼丸が指差した先、確かに俺の花火はもう消えていた。ちょうど鬼丸のも消えた。全然集中してなかった。鬼丸はけらけら笑って俺から花火をひったくった。


「罰ゲームけってーい」


おっさんがロケット花火をあげた音がした。

多分空に小さな花火が上がった。見ることが出来なかったけど。

女物のシャンプーの匂いに包まれ、そして唇に人間と皮膚の感覚が当たった。一瞬遅れて熱が顔に集中した。


「倒してよ、犬塚君。私のこと」


いつかのように鬼丸の丸い目は爛々と光って見えた。猫でもないのに。


「本物の化け物になっちゃう前に」


それだけ言って鬼丸は帰ってしまった。俺は、腰を抜かしてしばらくそこから立てなくなってしまった。情けない…。

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