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16:


「貴方が私の発言を信じられなくても関係がない。貴方のその力はこの世界にあるべきものではないから、別の世界に移す。それに応じなければ始末しなければならない。貴重なブレイカーを出来るだけ消費したくはない。答えは明日まで待つ」


私とほとんど変わらない容姿のまま、無機質に彼女は話す。

なかなか意味が理解できない。


「あ、あなたは何者…」


「わたしはただ貴女を向こうに送るだけのもの。そして、貴女と同じ他の人間にはない能力を宿している」


確かに、一瞬で姿かたちが変わるのを目の当たりにすると、この人も私とは別の力を持っているのが分かる。


「変な抵抗はしない方がいい、貴女はわたしに勝てない。貴女の力は戦闘向きではないし、まだ子どもなのに随分と消耗している」


女は続ける。姿は私なのに、声は少し嗄れた女の声のままだから違和感がある。


「応じるなら、この世界の全てを捨てるなら、明日一人で人気のない水辺にきて。どこでもいい」


あまりに情報が足りなくて私は口を開いた。だが、女はそれを聞く前に消えてしまった。



「まだか、零」


お父さんが部屋に入ってきた。

私は咄嗟に目を伏せた。先程の女との会話が聞こえたらどうしよう、と思った。


しかし、お父さんはいつものように私を引っ張り部屋から出しただけだった。私は振り返って哀を見た。


哀は、縋るような目で此方を見ていた。電気を消されても、暗闇の中でその目が浮かんでいるようにも見えた。

言葉を通わせなくても、私には哀が何を言いたかったから分かる。

ずっと、生まれた時から一緒にいる双子のかたわれだから。分かるけど、私はそれに沿わない。そのことだって、哀にはきっと伝わっている。





私の答えは決まっていた。

それがただの嘘でも、行くしかない。別の世界とやらに。

そこでどんな扱いを受けるかは分からない。文化や暮らしが同じとも限らない。私は自体はどうなってもいい。


ここから私がいなくなれば、全て物事は解決する。そうとしか思えなかった。

私がいたから、私の力のせいで、私の家族はおかしくなってしまった。きっとお父さんもお母さんも元には戻らないだろう。

だけれど、哀は。哀だけは。


このまま痛められ続けながら、一生私のために生かされ続けるのか?

碌に幸せを味わえないまま閉じ込められて、私のために命だけながらえて?


それは嫌だった。現状、何も出来なかった自分も嫌だ。

お父さんもお母さんも狂っている。だけど、哀は本当は【他人に愛され、大事にされるべき】人間だ。私と違って、他人の事に一所懸命になれる子だから。

ここで終わっていいはずがない。この子の未来を、このまま握りつぶしてはいけない。


私がいなくなれば、哀は幸福な人生を歩める。

今は辛くても、未来に希望がある。私には確信できる。

そして私がいなくなる。それは運命だ。急に言われた事だけれど、腑に落ちた。こんな力を持った人間が存在していい世界じゃない、ここは。


私ははじめて、運命というものを意識した。迷いはなかった。

哀のことは気がかりだったけれど。


翌日、学校にはいつも通り登校した。

サボって、万が一両親に連絡がいったら面倒なことになると思った。別に時間指定されてはいなかったし、いいだろこれくらい。

小学校の連中の顔も見納めかと眺めてみる。全く名残惜しくない。鬱陶しい奴らばかりだし、本当の友達なんて一人もいなかった。クラスメイトのうち何人かの親がエデンの苑へのお布施で破産したらしいが、馬鹿じゃないのとしか思えなかった。


学校の最後の1日が終わった。

丁度、一学期の最後でもあったから午前授業だけだった。雲行きが怪しく、湿度も高かった。私は傘を持っていくべきだったと思った。


場所はどこでもいいと言っていた。行き先は決まっている。

小学校低学年の時、お母さんや哀と夏場よく遊んでいた川辺。

昨日からの雨で増水して、きっと誰もいないだろう。都合がいい。

いなくなるならこの場所がいい。なんだかあの頃に戻れる気がするから。私はその川辺が見下ろせる丘に向かった。川縁は水が激しくて近寄れないし。


だけれど、そこには人が立っていた。哀だった。


「なんで…」


どうやって抜け出したのか分からない。

哀は私を見つけるとよろめきながら歩いてくる。危ない、とっさに彼女を抱きとめた。

私は哀を責めたかった。なんで今日に限って逃げ出してきた?

逃げられるなら、もっと早く、こんなにボロボロになる前に、児童相談所とか保護機関に逃げてよ。


「零、行かないで。零がいなくなったらお父さんもお母さんも困るよ」


哀の格好は屋外で見ると、余計に無惨だった。

白い服は何日も取り替えれておらず血や汚れが目立つ。髪もふわふわだったのに、脂やフケだらけになっていた。食事もまともに与えられてなく、限界まで痩せていた。顔にも声にも覇気がない。

それをしたのは両親だ。それでもこの子はあいつらが困るから、と言うんだ。


「それに、零がいなくなるの嫌だ」


最初に能力が発現したのが私でよかった。哀だったら、両親の為に全てを使い果たしてしまうだろう。


「哀!」


哀は自分のお腹に何かを突き立てた。家から持ってきただろう包丁だった。その場に蹲る哀から、その凶器をひったくって川に捨てた。


「ばかっ、なんでこんなこと」


傷を直しながら、さすがに哀に怒鳴った。


「だって零が、必要なんだよ、って知ってもらいたくて」


「喋らないで!傷が塞がらない!」


雨がぽつぽつ降り出してきた。私は焦っていた。

哀は躊躇いもなく自傷したのか、内蔵まで傷付いていた。元通りにするにはそれなりに力と時間を使わなければならない。その前に血が出過ぎてしまったら…。


「零がいない世界なんて、私生きていけないよ」


ようやくほぼ直せた頃、哀はそう言った。私はだるさで座り込んだまま立ち上がれなかった。


「零、行かないで。それかもし行くなら、私も連れて行ってよ」


だめだ。


哀の心は壊れている。自分を大事にすることが出来なくなってしまっている。これではこの先、私がいなくなった世界でも、潰れてしまう。

哀の心を直さなければならない。私は最後の力を振り絞った。


哀の記憶を消す。

誰かの記憶をまるきり消すなんて初めてだが、やるしかない。

私の存在ごと、忌々しい家族のこと、全部消す。

それしか哀の心を治す手立てはない。


「これは運命なんだよ」


哀の気を逸らす為に話しかける。額をさすると横たわったまま哀は私をじっと見上げた。哀は私が記憶まで消せることを知らない。今日この時まで明かさなくて本当に良かった。


「例えば運命はサイコロの目じゃない、確かに前もって誰かに決められていて変えられない。変えられたとしても、多分それは罪だから背負えないほど大きな代償が伴う」


私みたいに時間を弄って、人の運命を変えようなんてしないで。きっと私のこの力は使った分だけ私に跳ね返る。例え、哀がこの先目覚めても決して使わないでほしい。


哀は徐々に記憶がなくなっていったのか何かを話そうとして、言葉が出なかった。私の名前すら思い出せないんだろう。


私は身体中の力を振り絞りなんとか崖から落ちた。

なぜだかこうすべきなのが分かった。体が光輝いているのが見えた。


「…!」


予想外のことが起きた。哀も飛び込んできたのだ。

私の手を掴み、だけど私の手は半透明になっていた。哀の掌は空気だけ掴む。


「哀」


着水して流れていく哀を前に何も出来ない。体が消えていく。川の水は私を通り抜けて激しく流れていく。哀を追いかけて助けたいのに、もう自由に動けない。


幽霊みたいな女が私の姿で哀を掴んだのが見えて、ようやく安堵して目を閉じた。




次に目を開けた時、薄暗い部屋の中にいた。

何かの機械音がしている。力を使いすぎて眠気が酷かった。


「No.100、我々の組織に歓迎する」


誰かにそう言われたが、私はそのまま眠りに落ちた。


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