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07:

桃園…じゃなくて、鬼丸いや紛らわしい。

零は猿河が背負って運び、無事に本人が言っていたビジネスホテルの部屋に寝かせた。それまで健やかな寝息を立てながら、零は眠ったままだった。


「あーあ。男2人の前で、こんな無防備に寝ちゃって…」


猿河は呆れが混じった顔で布団をかけてやっていた。


まだ混乱している。

零が鬼丸の双子の姉?それを鬼丸は覚えていなくて、事実零は死んだことになっている?まるで漫画みたいな話だ。

それでも確かに鬼丸の母親は「零」と呼んだ。そして零の顔は、よく見れば鬼丸に似ている。


「エデンの苑だっけ?なんでまたそんな宗教団体に鬼丸が」


いきなり出てきた聞いたことのない宗教団体の存在がピンと来ない。しかし、猿河はそうでは無いらしく何か考え込んでいる。


「…前に、哀ちゃんとこの街に来た時、実家って行った場所がこのエデンの苑っていう宗教施設だった」


ホテルの部屋を出てきて、エレベーターの中で猿河が話す。携帯を何やら弄りながら。


「哀ちゃん頭痛くなってすぐ帰らせたし、その時は何かの間違いだったと思ったけど…もしかしたら、本当にあそこは哀ちゃんに関係がある所なのかもしれない」


見て、と猿河が徐に携帯の画面を寄越してきた。


【奇跡を起こす?消えた新興宗教「エデンの苑」】

と記事が書かれている。


「どんな病気や怪我も治る奇跡を起こせる天使様が、信徒を救ってくれるんだってさ。5年前までかなり信徒を増やしてて、支部も都市部にいくつかあったみたいだよ。お布施が厳しくて自己破産したり家庭崩壊したりする信徒も多かったみたいだけど」


5年前というとまだ俺たちが小学生の時だ。それは確かに知らない。


「ただ、ある時を境にぱったりと勢いを失ったらしいんだよね。何が原因かは分からないけど…。たださぁ、哀ちゃんが記憶無くしたのもこの頃なんだよね。どう思う?」


どう思う…と言われても、なぁ。

猿河に携帯を返して、スニーカーの紐を結び直した。


「とりあえず、そのエデンの苑に行ってみよう。何かわかることがあるかもしれないし。鬼丸が近くにいるかもしれない」


なんとなく胸がざわざわする。訳もなくとても心配だ。

鬼丸は確かに危なっかしい奴だが、自らすすんで危ないところに飛び込む奴ではないと思っていたのだが。





猿河に案内されて到着したエデンの苑本部は周りに人気もなく、カーテンがしっかり閉められていて施設内の様子も分からない。


「うーん…。とりあえずさ、インターホン押して出てきた所を僕が仕留めるから、それで忍び込もう」


「原始人でももう少しまともに考えるわ!警察呼ばれるぞ」


とんでも作戦を言い出す猿河を嗜めて、どうやって入ろうかと考えた。どこかから忍び込むか。いや、それも現実的じゃないし、あまり詳しくはないがこういう施設が戸締りはしっかりしてそうだ。


「このままここを彷徨いていても仕方がない。中に入らない事にはどうにもならない。入信希望者を装うか。猿河、お前はケガで故障したサッカー少年になれ」


猿河はその設定にぶーぶーに文句言ってたが、いざインターホンを押して奴を見たら、途端に思い詰めた顔になっていて流石役者だなと思った。


出てきたのは、シャツにスラックといったカジュアルな出で立ちの中年男性だった。意外だった。もっと胡散臭い奴が出てくるかと思った。


「すみません、ここって【エデンの苑】っていう宗教ですよね?昔、流行ってた」


「…君たちはまだ学生?何か用事がありますか?いたずらなら帰ってくれないかな」


訝しげな視線に、内心冷や汗をかきつつ顔に出ないようにする。


「…あの、助けてください」


声が震えそうになるのを堪えながら、目の前の大人から視線を背けずに言葉を続けた。俺の緊張を悟ってか、隣の猿河がこっそり脇腹を小突かれた。


「ここって、どんな病気もケガも治るんですよね?俺、母親が大病を患っていて…でも、うち母子家庭で治療もなかなか集中してできなくて。どんどん悪化して、手が打てなくなってきたんです。そこで、ここに来たら助かるって聞いて」


僕も、と猿河も口を開く。


「小学からサッカーずっとしていて、プロデビューも夢じゃないって所だったんですけど、ケガしてしまって医者からもうサッカー出来ないって言われたんです。でも、やっぱり諦めきれなくて、藁をも掴む思いで来たんです。どうにか話だけでも聞けませんかね?」


「うーん…いや、一度大人と一緒に来て貰えるかな」


やはり厳しいか、男はどうにも中に入れてくれそうにない。

ここは引こう、と猿河に視線をやるが奴の緑の目は真っ直ぐ前を向いたままだ。


「両親は忙しくて。実は僕、アムール芸能事務所のフレデリック社長の息子なんです。もし、話を聞いていただけたら、父の方にも便宜を図ったりもできるのですが…」


「アムール芸能事務所…?まさか」


猿河は名刺を差し出した。そこには確かにアムール芸能事務所と社長の名前が書いてある。しかも社長の顔写真がラメ加工されて映っている。名刺のクセが強い…。

俺だって聞いた事ある。アムール芸能事務所といったら数々の有名俳優・女優が所属しているし、社長自身もたまにテレビにたまに出ている。


「ほら、おじさん。社長の顔、僕に似てるでしょ?ケツアゴ以外は。まだ割れてないからね、僕は。いや、割れるつもりはないけどね」


ずいずいと猿河は男に詰め寄っていく。その圧に流石に男もたじろいている。


「わ、わかった。じゃあ中に」


やった!根負けした男が中に入れてくれようとしてくれた。

ゴリ押し感が強いけど、この際何だっていい。猿河と二人で施設内に足を踏み入れたその時だった。




「犬塚君、猿河君!」




聞き覚えのある声で呼び止められた。

振り返ると鬼丸 哀がいた。いつもの鬼丸だった。いつも2つにまとめている髪を今日は下ろしている。緩くウェーブががっていて、そうしていると零にとても似ている。


「どうしてこんな所にいるの?二人とも」


鬼丸は駆け寄って、そのまま自然に手を取った。


「ここは危ない所だから来ちゃだめだよ。もう用事が無いなら帰ろう」


その笑顔に何か隠れていないかとまじまじと見つめる。しかし、いつもの気の抜ける笑顔だ。


「哀ちゃんは今まで何を?」


猿河が訝しげにしている。それでも鬼丸が誘導するままに歩いている。


「私?私はお母さんのお見舞いに行った後、おばあちゃんの家に寄ってただけだよ。…あれ、2人はなんでこの街に?結構遠かったよね」


お前を心配してだな、と正直に言うのは憚られる。

鬼丸自身には俺らとの記憶がないのだ。それほど親しくもない男子が心配して付いてきたなんて言ったら、さすがに不審がられるのかもしれない。


「あー、えーと、旅行だ旅行!男2人旅してんだよ」


チッと猿河が舌打ちした。どうせ『下手な誤魔化し方してんじゃねーよ、とか思っているのだろう。


「…そっか!犬塚君と猿河君って本当に仲良しなんだね」


鬼丸は目を丸くしていた。こんな鬼丸を見ながら、とりあえず無事も確認出来、エデンの苑に接触していないようで、心底安心した。


鬼丸に連れられるまま、俺らは電車で帰った。

その間、鬼丸に変な様子が無いかと見ていたが、特に何も分からなかった。何も無いなら無いで、それでいいのだけれど。むしろ何事もなく済んで欲しいと思った。

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