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06:


夜中の0時が回るとき、決まって彼女は現れる。


『こんにちは。お話しよう』


はは、と軽く笑って振り返る。イチカは私の横に腰掛ける。姿も何もかも見えないけど。


「私の事を見限ったと思った」


イチカは首を振る。優しいイチカに私は甘えているんだと思う。


『…何か後ろめたい事でもあるの?』


「…あるよ」


私、ずっと怖かった事をしている。でも、しなければ。これしか手掛かりはないのだから。どんな罰が下ってもいい。それでも欲しいものがある。


『それって?哀ちゃんの欲しいものって』


聞かれて話そうか迷う。でも、イチカは全部分かっている気もする。


「記憶だよ。私が失くした」


やはりイチカは微笑んだままだ。私の隣でゆらゆら漂っている。


『記憶って貴女にそんなに必要なもの?』


必要に決まっている。私が私であるのに必要だ。どうしても取り戻さなければならない。


『思い出したらきっと傷付く事は多いよ。貴女もそれは分かっているんだよね』


頭を撫でられ、目を閉じる。

そんなの分かっている。この街にいい思い出がある訳ない。


「イチカは、私の記憶を知っている?」


イチカが頷いた気配がした。


『哀ちゃんは愛されていたんだよ、確かに』


「誰に?」


『それは』


「イチカ。お願い、私の記憶を返して」


『哀ちゃんを危険にさせることは私には出来ない。貴女の狙いは分かっている。記憶を取り戻して貴女がしたい事に、私は賛成出来ない』


「イチカ」


手を差し伸ばして、彼女が既に消えてしまったのに気付いた。







鬼丸の母親の病室は個室で、勝手に入るのは忍びなかったけど、決行する事にした。


「…こんにちは、お邪魔します」


痩せたとても憔悴した女性がベッドに横たわっていた。

この人が、鬼丸のお母さん?何の病気かは分からないが、小さな声でずっと何かを呟きながら目はあらぬ方向をずっと見ている。


「重い精神疾患があるらしいよ、桐谷先輩が言うには」


静かに隣の猿河が言った。

確かにそうなんだろう。人の母親にとても言えない言葉だが、直視するのがつらい。少し顔立ちに鬼丸の面影があるから尚更だ。


「犬塚、あれ」


猿河が指差した病室の棚に人形が置いてあった。古びた女の子の人形の隣に真新しいクマの人形がある。置いて行ったのは鬼丸だろうか?


「零」


鬼丸のお母さんが急に明瞭な発音で声を出した。驚いて視線を戻すと、いつからいたのだろう少女がいた。そして、それはいつかの転校生【桃園 零】だった。 


「は?君は…」


猿河も驚いている。ウェーブのかかった髪は相変わらず腰まで長い。桃園は此方に見向きもしないで、鬼丸の母親をじっと見下ろしていた。


「お母さん」


…まるで自分の母親を呼ぶみたいだった。


「本当に哀れで馬鹿な人。貴女さえあの家を出てくれたら、全部上手くいったのに」


鬼丸の母親の細い細い腕がゆっくりと持ち上がった。そして、桃園に触れようするように蠢いた。


「私は死んだんだよ、お母さん」


母親の求めに応じず、桃園は微動だにしない。触れる事は無くその表情には感情が読み取れない。


「さようなら」


淡々と言い捨てて桃園は病室を出て行った。それを追いかけて俺たちも病室を後にした。




「桃園!」


病院を出て呼び止めると桃園がやっと振り返った。

俺たちを見て、少し目を見開いたからあの場にいた事に気付いていなかったらしい。


「貴方達…なんでここに」


やはり桃園零だ。記憶上の彼女の姿と一致する。

柔らかな顔立ちには表情が薄くて、不思議な雰囲気をまとっている。


「桃園さん。病室での言動といい、色々聞きたいんだけど」


猿河が桃園の前に立ち塞がって進路を断つ。


「…貴方たち、記憶があるのね。いいわ、あまり長居はできないけど少し話しましょう」


あっさり了承したので、少し拍子抜けした。

とりあえず近くのファミレスに行くことにした。


そういえば鬼丸が謎の力を使う直前、桐谷先輩とこの桃園が入ってきた気がする。あれは一体なんだったのか。この桃園が鬼丸に関わる人物なのは間違いないのかもしれない。


「あの子がこの街に?本当に?」


俺たちがこの街にきた経緯を話すと、桃園は少し取り乱したようだった。


「早く連れ帰らないと…」


「待て。何ひとりで慌てているのか分からないけど、まず教えてくれ。お前は何者だ?」


はた、とやっと桃園は此方に向き直る。

そうして発せられた言葉は信じがたいものだったよ。



「私の本名は鬼丸 零。あの子の双子の姉。ついでに言うと、桃園という人には何も関わりはないわ」



え、とつい声が漏れた。

どういう意味だ?双子の姉?それこそそんな話聞いていないし、鬼丸の様子を見ても自分の姉妹として接したりしていなかったと思う。


「あの子は、哀はそのことを知らない。私の記憶もない。この世界には既に私は死んだことになっていて、戸籍からも消えている。だから、哀には絶対にこの事を言わないで」


すらすら説明されるが、意味が分からない。

死んだことになっていて、戸籍も無い?そんな事があり得るものなのか。

猿河と目が合うが、奴も上手く飲み込めてないみたいだった。


「ごめんなさいね。深く教える時間までは無いの。端的に貴方達の聞きたいことに答えるけど、答えに対する質問には受け付けないわ」


そしてこれだ。不親切にも程がある。


「あんたが、哀ちゃんの姉…」


猿河が口元を押さえながら、まじまじと桃園を見つめている。双子、か。確かに言われて見れば、顔はそっくりだ。やや垂れた目や大きめな口や輪郭も鬼丸哀ととても似ている。しかし、いつもにこにこしている鬼丸哀と違って、表情に乏しく口数も少ないせいでミステリアスな雰囲気を纏っている。だから今まで気づかなかったのかもしれない。


「どういう理由があったか知らないけど、哀ちゃんは自分の姉妹を殺してしまったんじゃないかって、ずっと苦しんでいたよ。記憶もないから」


猿河の言葉に、桃園は「そう…」と答えただけだった。本当に他には何も答えるつもりはないらしい。


「私達の父方の家系は、しかも女は特殊な能力を持つ人が生まれやすい。姉妹が生まれた時、片方だけその力を持つけれど、私達は一卵性の双子のせいか二人とも力を持ってしまった」


確かに桐谷先輩が前にそんな事を言っていた。にわかに信じがたいが、実際に時間が巻き戻るのを見た。桃園も同じく時間を自在に動かしたりできるのだろうか。


「あの子には記憶がない。一度リセットしているから、今自分にそんな能力があるなんて知らない。そもそも条件をクリアしていないから使えない。だから、まだ何もしなくても問題はないと思う。けど…」


桃園の顔はどんどん白くなっている。大丈夫だろうか?瞬きもゆっくりになっている。


「哀ちゃんは今どこにいるか、心当たりはある?」


猿河の問いに、桃園は頷いた。


「あの子にはもう実家も無いし、頼れる親類もいない。お母さんもあんな状態で、それでもここに来たというのなら、本当に記憶を取り戻す手掛かりが欲しかったのかもしれない」


そこで、突然桃園は机の上に突っ伏した。


「大丈夫か!?」


揺さぶると反応はまだある。しかし声は弱々しい。


「…大丈夫。眠いだけ。私、そんなに起きてられない体質なの」


眠気?しかし外は明るい。桃園は体に力が入らないらしく突っ伏したままだ。体質というが、この様子は少し病的なようにも見れる。


「エデンの苑、っていう宗教団体の本部がこの街にある。哀はそこに行ったのかもしれない」


息も絶え絶えに桃園はそう告げた。詳しく話す余裕は無さそうだ。


「…それで、ごめんなさい。悪いんだけど、私を××ホテルの○○号室まで、運んでくれない?」


そこで桃園の意識は無くなってしまったらしく、呼びかけても何も反応しなくなってしまった。焦ったが呼吸は正常で、本当に眠っているらしかった。彼女は左手にホテルの部屋のキーらしきものを握り締めていた。

俺と猿河は顔を見合わせた。もう今日だけで一生分の猿河の顔面を見た気がする。

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