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05:


クソ父はそれはもう嬉しそーに文化祭に来た。

俺はよりにもよって最悪にも、女装姿。それをすげー長いカメラで連写。


「えっ、そのヤグザが犬塚のとーさん!?」


土屋が父親を見るなり叫んで、慌てて自分の口を押さえた。もう土屋ともそれなりに仲良くなっていた。


「はっはっは!人聞きの悪い。ただのいかつい金融業のおじさんだよ。はるかくんをよろしくねぇ」


おっさんは「とーさん」と呼ばれたので上機嫌だった。


「元父な!今は他人だろ」


祐美子の医療費出してくれた人に対して吐ける言葉遣いじゃないのは分かっているが、馴れ合うにはまだ抵抗がある。決して嫌いな訳でもないが。


祐美子は入院後手術して成功した。仕事はやめさせて、治療に専念することにした。黒澤はまだうちには来た事はないが、輝と昴を遊園地に連れて行ってくれたりはする。こうして俺や祐美子に会いに来たりする。


「良かったね、犬塚君」


鬼丸は本当に嬉しそうににこにこしている。ねぇ、記念写真撮ろうよ!と言い出した。萩原や望月まで呼び寄せて、父親も入れてカメラを構えた。


「や、鬼ちゃんも入んな。担任の先生とかに撮ってもらいなよ」


「せやで。ほら、撮ってやるから」


たまたま通りかかった稲見先生が撮ってくれた。隣に並ぶよう促すと鬼丸は一瞬なぜか戸惑った顔をしたが、すぐ笑顔に変わった。


鬼丸の様子は、相変わらずだ。相変わらず賑やかで明るく、アホやっている。猿河がちょっかいを出したり、それを剥がしたりして慌ただしく日々を送っていた。

桐谷先輩は生徒会の仕事を慌ただしそうにこなしながら、ただ警戒はしているようだった。心配そうに鬼丸の事を見ており、たまに校庭で鬼丸と日向ぼっこしている。




そんな中、鬼丸が学校を休んだ。

理由までは、個人の事だからと重松先生は言わなかった。



「見舞いに行っても留守にしていると思う。鬼丸君は生まれ故郷に帰っている」


桐谷先輩に聞くと、さらりと答えた。まじまじと先輩の顔を覗き込むが、眉ひとつ動かない。この人は、どこまで鬼丸の事を把握しているのだろう。


「え、それって大丈夫?」


猿河がソワソワしだした。馬鹿じゃないの、と言いながらよく分からないが焦っている。


「彼女のお母様の容態が大分悪いようなので会いに行ったらしい」


そう言えば、この後鬼丸の母親は…。

鬼丸の心中を思えば確かに心配だ。ただ、平日だし学校も休めない。


「…」


猿河は桐谷先輩から貰ったコーヒーを飲み干すと、決意に満ちた目をして生徒会を出て行こうとしたから慌てて引き止めた。


「おい!待て待て!まさかこの後、お前も行くとか言わないよな」


「行くに決まってるじゃん!だって、あの子の故郷へのトラウマすごいんだよ?大半は記憶無くなっているとはいえ、周りの奴も父親もクソみたいなのばっかで」


記憶がない?そんな事は鬼丸は俺に言った事はない。それどころか学校の友達にだって。


「1人で向き合えるわけない。前一緒に行った時だって、哀ちゃんショックで倒れるし、帰ってからしばらく寝込んで…」


猿河は俺より鬼丸の事情を知っているらしい。しかも一緒に生まれ故郷に行くとか。何故鬼丸は俺じゃなくて猿河には本当のことを話すのだろう。


「そうだな」


桐谷先輩が静かに口を開いた。


「鬼丸君には生まれ故郷が最も危ないのかもしれない。放ってはおけない。犬塚君、申し訳ないが君も行ってはくれないか?猿河君1人だと暴走しかねない」


「はい、桐谷先輩は」


「すまないが僕はここにいないといけない、打ち合わせしなければならない人がいて」


確かに猿河は絶対行くだろうし、何をするか予想できない。猿河が行くなら俺も行くしかないだろう。


「え、やだよ…。男と2人旅なんて」


「俺だって嫌だわ!」


幸いにも明日は土日だ。家には祐美子がいるし、輝と昴は父親と出かける予定だ。何とかなる。

嫌がる猿河に、無理矢理約束を取り付けてその日は帰宅した。







鬼丸の故郷は結構離れた所にあり、長いこと電車に揺られていた。


「猿河、行ったとして行くあてないだろ」


向かいの寝たふりをしている猿河に話しかけると鼻を鳴らされた。ムカつく。


「桐谷先輩に母親の病院名と病室の号数聞いてる、タイミングよく会えればいいんだけどね」


こいつ結構抜け目ないな…。そして桐谷先輩は情報把握が凄まじいな。いくらお金があるからといって。


「…前に鬼丸と故郷行ったって言ってたけど、それって何でだ?」


「え?僕だって行きたいとは思わなかったけど、哀ちゃんが行くって言ってたから」


それを鬼丸は良しとしたのか?

鬼丸はこと自分のことについてはあまり話さない。踏み込むことをやんわりと避ける。


「お前は、鬼丸の何を知っているんだ?」


「少なくとも君よりは知ってるよ。知ろうとそれなりに頑張ったからね」


猿河は冷ややかな顔をしてペットボトルの蓋を開けた。

そうなのだろうか。どうにも猿河はその見た目や立ち振る舞いから難破で軽薄な印象があるが、こうやって鬼丸を案じて飛び出したりする。


「僕はずっと犬塚を妬んでたよ」


さらりと猿河が漏らした。ぎょっとしてしまって、おにぎりを落としそうになった。


「君って誰かに好かれようとして努力した事ある?好きな子に振り向いて欲しくて一所懸命になったことある?ないでしょ。本当ずるい。あの哀ちゃんだって」


んな事は…と思ったが、振り返ってみると猿河の発言を覆すような事は見当たらない。確かに、そんな自分磨きみたいな真似はしたことはないが。


「僕も桐谷先輩も知ろうとして、助けたくて哀ちゃんに嫌われるの覚悟で踏み込んだんだよ。僕だって、何も知らないまま哀ちゃんに好かれたかったよ」


逆恨み気味に猿河に睨まれる。


「君のバカ鈍い所、僕大っ嫌い。…何も知らないからこそ、哀ちゃんは君を気に入ってたんだろうけど」


やっぱりずるい、と猿河は苦しげな顔をしていた。


「言わないから、僕の知っている事は。必要なら自分で聞いたり調べたりすればいい。…ていうか言えないよ。あの子の過去は軽々しく。桐谷先輩も多分知っているけど、言わないのはそういうことなんでしょ」


本人が言いたがらない事を無理矢理聞き出すのは間違っている、とは思う。だけど鬼丸については知らないと後々後悔する気がした。



「…猿河」


猿河は呼びかけてももう何も言うまいとしているらしく、目を瞑ってまた狸寝入りしだす。ガタンゴトンと電車が揺れている。


鬼丸は今どうしているか想像してみる。俺が鬼丸だったら、母親が命の危機だと聞いたら気が気じゃない。1人でいたら不安でたまらない。あの頃、鬼丸はすごく落ち込んでいるように見えた。

鬼丸のために、俺は何が出来るのか考える。何があってもどんな事があっても助けようと思った。

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