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「なぁ、おい。まだ見つからないのか」
隣のヒョロい前髪が目にかかるほど長い男に話しかけるが頭を振る。
こいつは口がきけない。
いや、きけない訳ではないが、長いこと会話を人としないせいで声を出すとひどく消耗するようになってしまった。
オレは正直焦っていた。
仲間のモモの行方が分からなくなって1か月経った。
連絡手段も無いし、どんなに探しても見つからない。この近辺には既にいないようだ。
◆
オレ達の世界で災害が多発するようになったのは、ここ数年のことだ。
まず地球周囲の天体の軌道がおかしくなった。
そのせいで四季が無くなり、1日に2回夜が来るようになった。自然環境がおかしくなった結果、食物が育たなくなり、食糧難で多くのヒトが死んだ。また立て続けに地震や豪雨といった災害が続くようになった。
組織はこの原因を探った。
すると、巨大な時空の歪が原因だということがわかった。それを引き起こしているのがたった一人の能力者だという事も。
ブレイカーは【破壊する者】が語源だ。
文字通り、世界を破壊するほどの異能の力を持つ人間のことだ。能力は大小も内容も全く違う。
テレポーテーションに特化した能力の者もいれば、催眠も洗脳・読心もできる者もいる。
組織は能力者を管理するために造られた。
能力者の力を利用して、人類の危機を回避するのが目的だ。
時空の歪を発生させている能力者を含めて、現在111人の能力者が見つかっている。
しかし、能力者は一つの世界に生まれる人数は決まっている。
どういう事か。
並行世界に生まれた能力者も駆逐及び招聘しているのだ。
モモ、今は無い名前で呼ぶなら鬼丸 零もその一人だ。
この世は何重何億も重なりあっていて、少しずつ違ったり何もかも違ったりする。並行世界の存在は、組織の中では常識だ。制限はあるが、行き来も干渉もできる。
鬼丸零は12歳の頃、こちらの世界に連れてこられた。記録では本人に抵抗は無く、自らすすんで来たらしい。
そして、件の能力者は桃園零の双子の妹だった。
彼女達は一卵性の双子だった。で、あれば片方も能力者である可能性が高いのだが、当時の担当者が何故報告しなかったのかは不明だ。そして、奴は死亡しているので聞く術もない。
No.111 鬼丸 哀の捕縛について、真っ先に名乗りをあげたのはモモだった。そして、作戦の変更を求めた。捕縛では無く、モモ自身が彼女の能力を吸収すること。双子の片割れである自分には可能だ、と普段は倦厭的で非協力なモモがいつになく真面目だった。
モモの言う事は一理あるし、彼女の言う通りのことが出来るなら一番良い。
時間を操る能力は厄介だ。他の世界に影響を及ぼすくらいの強大な能力だ。捕縛するのも駆逐するのも被害が大きくなるのが予測される。
ただモモは必ずしも組織に忠誠は誓っていないし、非力で体力も無く、1日の2/3を眠って過ごす体質だ。監視とサポートにオレとペケことNo.74が付くことになった。
そしてこのザマだ。モモには逃げられ、No.111の力は暴走した。情けない。
No.111、鬼丸 哀の力は想像より強力で、この世界ごと丸々1年時間を戻してしまった。他の人間の記憶も自身の記憶もリセットされているようだ。しかし、オレとペケには記憶があった。この世界の人間ではないからか?それは分からないが、そのことだけは不幸中の幸いだった。
ペケが言うには、今の鬼丸哀はただの人間に過ぎず、能力の発現は感じられないという。どういうことだ。何かきっかけが無いと目覚めないのか?
ともかくただの一般人には手出しはできない。モモの足取りを掴むことを優先すべきだ。
夢で無ければ、モモは鬼丸哀の能力を使って逃げた。能力の奪取には成功したのだろうか。尚更、このまま野放しにはできない。
暫く鬼丸哀の監視を続けるにしても、このまま無為に時間を消費するわけにはいかない。オレやモモは問題はないが、ペケの消耗が激しい。
「……」
ペケが力無く俺を見上げた。
「なに、殺しはしないさ。生け捕りにして動けない四肢の骨を折るだけだ。鬼丸哀も可能なら捕縛して連れ帰る。どちらにせよ、全くの凡人な訳がない」
「……」
「なんだよ。モモの目的なんぞ知らん。検討もつかない。オレに人間の思考や情緒を求めるな。無理だからな、一介の人造人間にしかすぎないんだから」
言葉も無いしテレパシー能力もオレには効かないが、恨めしげな視線を寄越すペケの言いたい事は分かる。
「お前も、あいつの居場所の手掛かりないか?心を読んだりしてさ…」
ペケはこの世界に来てから異界渡りの後遺症からか熱出して寝込む日が続いて、そんな中、無理矢理モモのポジションを作るために大規模な洗脳をしたものだから、半分死にかけていた。そんな中でも思念くらいはかろうじて読み取れるらしい。
ペケは机の上の上のノートを取れとジェスチャーで促した。そこには鬼丸哀に関わる人間達の名前が書かれていた。
「この中から手掛かりを?しかし下手に刺激したら111は…」
111は自分の力を自覚していないようだった。しかし、何らかの刺激で大爆発を起こしてしまう危険がある。
殺してしまえばいい、という簡単な話ではない。この世界ごと動かしてしまう力を持つ化物相手に自分とペケで太刀打ちできるとは思えない。
「…」
ペケが俺が持っているノートの一行を指差す。そこには桐谷雪路という名前が書かれていた。
「こいつを当たれってか。確かなんだな」
ペケは気絶しそうな顔で頷いた。
◆
◆
深夜0時。またあの子がやってくる。
自分のマンションの布団の中、暗闇からぼんやりと輪郭が浮かび上がってくる。
『こんばんは。はじめまして』
長い髪がゆらゆら揺れている。姿はうまく見えない。多分女の子だ。
『私はイチカ。ね、友だちひとりいらない?』
顔は見えないのだけれど、多分微笑んでいるのだろう。
私はその子の手を取った。
「…うん。でも、私もう一番好きな人を見つけているから、そこまで好きになれないかもしれない」
『そうなの?』
「はっきりと思い出せないけど、分かったんだ。私にはやらなきゃいけない事がある」
頭の中にずっと足りないピースがある。誰かにそれを盗まれた。それはとても大事なことで、私の宝物だった。
「私は、天使にならなくちゃ」
別に羽根が無くても、光るワッカが無くても、天使と呼ばれる存在になりたい。
『…どうしてそう思うの?哀ちゃんは自分が幸せになることだけ考えればいいんだよ』
イチカが私の頭を撫でる。別に悲しくなんかないのに。
「私の人生には先はないの」
自分じゃないみたいな声が出た。
「何の意味も、価値もない。ただ、たくさんの罪があるだけ」
そんな、とイチカが寂しそうに呟いた。
まだ分からないことと分かったことがある。分かったのは、全部私のせいだったってこと。分からないのはそれ以外のこと。何もかも犠牲にしてもしなければならないことがある。
「私は…自分が幸運なのか、不幸なのか分からないな」
私を嫌いになってもいいよ、とイチカに告げた。私の胸にはまだ大きな孔が空いている。きっと埋まる事は二度と無い。




