02:
おかしい。どう考えてもおかしい。
同じ時間が繰り返されているこの違和感は、いつまで経っても拭えなかった。なんだこれ。
あんなにまた会いたいと願っていた祐美子も、なんだか複雑に思う。夢だとしたら随分リアルだし長い。
それに、とちらっと横の席の鬼丸哀を盗みみる。
鬼丸もやはり一年前と全く同じだ。同じことを繰り返して、いままで俺とあった様々なことを忘れているみたいだ。
何にもなかったことになってしまったんだろうか。不安で、喪失感を感じる。俺の気なんて全く思いもよらないように鬼丸は友達と笑っている。
胸が痛くなる。鬼丸が好きな気持ちを自分だけが持っていて。
こんなこと誰にも言えない。相談できない。自分が知っている人間は、誰一人いまの自分とは人間関係が築けてないし。
一年前の俺は、一人でいることに全然気にしなかった。
浮かれた同級生が、馬鹿馬鹿しいと思っていた。腹立たしく、一緒につるむとか絶対嫌だと思っていたのだ当時の俺は。
今は、鬼丸や土屋や望月が周りにいないことがなんだか違和感を感じる。一年で自分がこんなに変わっていたのが、普通に驚く。
鬼丸のことをなんとなく目で追い、不自然じゃない程度に距離を取る。
きゃあ、と近くで女子の黄色い悲鳴が聞こえた。なにごとだ?と思い、振り返ると見知った野郎がいた。
「…クソ猿」
一年前と同じように女子に囲まれている猿河がいた。金髪頭でへらへらと笑って周りに媚を売っているそのムカつく軟派なアホ面。
目が合った。何を思ったがその瞬間つかつかと此方へ来る。囲いの女子たちを放り出して。
「あ?誰がなに猿?バカ犬の分際で」
「クソ色ボケ猿って言ってんだよ、あーもーうるせぇな、相変わらずお前は!」
口に出してから、我に返った。そうだ、全ては1年前に戻っているのだ。
猿河とは現時点でなんの接点もないはずだった。…でも、今猿河は確かにいきなり自分のことを「バカ犬」呼ばわりしなかっただろうか。外面だけは良いこの男が、初対面の段階でそんな呼び方をするだろうか。
見ると、猿河も呆然として停止している。
「え、ちょっと、待って…。もしかして、君も覚えているわけ…?」
声が僅かに震えながら、猿河は真顔で俺を睨みつけた。
そして、数秒後突然なりふり構わず俺の手を取ってずんずん歩き出した。
「おい、気色悪いな!離せよ、どこ連れてく気だよ!!」
手を引こうとしても振りほどけない。この馬鹿力!
そのまま連れてこられたのは、意外にも生徒会執行部だった。
猿河は何のためらいもなさそうに扉を開けた。そこには桐谷先輩がいた。
桐谷先輩は、パソコンで何やら作業をしていたらしく机に向かっていて、顔を上げた。
「桐谷先輩、この犬塚も覚えているみたいですよ。やっぱり」
そうか、と桐谷先輩は冷静に相槌を打って立ち上がった。
「やはり、あの場にいた人間には記憶が残っているようだな」
◆
どうやら他にも、また時間が巻き戻っていると感じている人間がいるようだった。
それが、桐谷先輩と猿河の二人。
確かに、最後に覚えているあの場にその二人は来た。桐谷先輩はよく分からないが急に出てきたのは何となく覚えている。
「いや、あのさぁ、これってつまりどういうこと?ほんとにまた1年前に戻っているってことなんだよね」
最初に口火を切ったのは猿河だった。
放課後、桐谷先輩の提案でファストフードで有名なハンバーガー店で集まった。
生徒会室などで話すには、他の生徒が出入りする可能性があるため、集中して話ができるようにと場所を変えた。
そうだな、と桐谷先輩はシェイクを啜ったあと相槌を打った。結構ジャンクフードすきなんですね…。
「確かに一年前前に時間は巻き戻っている。しかも、それは僕ら以外の人間には感知できていないようだ」
普通に考えたらありえないことだが事実起きているのだから信じるしかない。
「ていうか、桐谷先輩は何を落ち着き払っているんですか?あんたは一体何を知っているんですか?あの時急に先輩が来たのだって大分意味不明なんですけど」
猿河がナゲットばくばく食いながらも、平気でベラベラ話す。
ムカつくが確かにそうだ。
「それにあの怪しい転校生。あれってあれが関わってる?あいつと関わってから、桐谷先輩はなんか変な行動起こすようになってきた気がするんだけど」
猿河はまた言葉を続ける。
怪しい転校生とは、桃園零のことだろうか。当然のことながら、彼女はまだ転校してはいない。
「……」
桐谷先輩はなにかを考え込んでいる。押し黙ったままなので、猿河も俺も何も言えなくなる。
「信じてくれなくても構わないが、彼女はこの世界ではない平行世界から来た人間だ。そして、特別な能力を持っている」
そして、桐谷先輩が捻り出した言葉はにわかに信じがたいものだった。
「世界とは複数あるらしい。そして、それは何重何億も重なりあっていて、少しずつ違ったり何もかも違ったりする。そして、この僕たちのいる世界は特定の時間を何度も繰り返しているらしい」
一見冗談みたいに聞こえる内容だが、桐谷先輩は全くの真顔だ。
「彼女達の目的は、僕らのかつて知ったる鬼丸哀の回収または殲滅だ」
「…」
「…」
どうにも突然、鬼丸の名前が出てきてびっくりする。どう反応したらいいか分からなくて、癪だが猿河の方を見る。猿河も丁度此方を同じような顔で見てきた。
「この時間の繰り返し、それを行なっているのは鬼丸君だ。彼女もまた、特殊能力を持つ人間なのだ」
どきり、と自分の心臓が跳ねる。
失礼ながら、冗談みたいな話だと思っているのに、鬼丸の名前が出ただけで急に緊張感が増す。気のせいかもしれないけど。
「僕も君らも、気付いていないが、この世界は同じ1年を何度も何度も繰り返しているんだ。それこそ、気が遠くなる回数を。それが原因で、零君のいる世界にもその時間の繰り返しによる歪が出てくるほどに」
「何度も、繰り返し?」
「そうだ。僕らは何度も同じように、鬼丸君を好きになって、同じように彼女を絶望させた。何もかも最初に戻させてしまうほどに」
確かに最後に見た鬼丸は泣いていた。それを思いやってやる余裕は全くなかった。
「色々と思う事はあるだろうか、どうか彼女を責めないでくれ。僕はこの現象は、彼女の自責の念の現れなのだと思う。《自分と出会わなければ》こんな事は起きなかった、とでも言っているみたいじゃないか?」
確かに裏切られていたのは、悲しかった。激しい怒りが去った後は、今はただただ悲しい。忘れようとしても忘れられるようなものではない。
「…話を戻そう。世界ごと時間を操る鬼丸君のような特殊能力者を、彼らは野放しにできないそうだ。彼らは特殊能力を持つ人間たちで構成される組織に属していており、世界に害を成すものの排除を役割としている」
「桃園が、それだと…?」
桐谷先輩は静かに頷いた。
「ただ、零君自身は、鬼丸君を救いたいとは思っているようだ。だからこそ、僕に正体を教えてくれたし、君たちが覚醒できるように手筈を整えてくれた」
そうなのだろうか。思い返せば、最後のあの瞬間、それらしき人物がいた気もしなくはない。
「幸いにも、今の鬼丸君は今普通の人間に過ぎない。彼女はこの1年の途中から能力に目覚めた。それを阻止すれば、彼女はずっとただの人だ」
「え、一体何がそのきっかけだったんですか」
「零君曰く、性行為だそうだ。彼女の家系はたまたまそのような素質の人間が生まれやすいらしい」
「せっ」
あまりにあっさりと桐谷先輩がその単語を吐き出したものだから、驚いて絶句してしまった。
「だから猿河君。君は、今後鬼丸君に指一本触れてはならない。絶対にだ」
「は??無理無理無理無理!絶対自然な流れでそうなりますって!何度繰り返しても!今思い返してみましたけど、どう考えても絶対手は出ますって!…オイ、犬塚そのジト目止めろよ」
「…この性獣が。恥を知れ」
ともかく、と桐谷は狼狽する猿河を放置して話を続ける。
「鬼丸君自身がただの人間のままなら、件の組織から狙われることもない。そして、更に彼女が時間を巻き戻したいと強く願う状況を作らなければ良い。君たちには、その協力をお願いしたい」
真面目な顔のまま、桐谷先輩は頭を下げた。
この人もまた、本当に鬼丸が大事なのだろうと思った。




