episode27 運命の鐘が鳴っている
「111番の動向の報告は?」
ムカつくから無視していたら、無遠慮に引っ張り上げられた。
わはは、軽い軽い。と大男が笑った。さらに暴れてみてもびくともしない。ムカつく。
「あーかゆいかゆい。お前らみたいなひ弱なただの人間になにされたって聞くかよ。材料が同じでも、こっちは明確な目的あって作られてんのに」
ほら言え、と真空パックの煮卵を寄越してきた。食べ物で釣る作戦か。こいつはいつまでも私のことを小学生のこどもだと思っているふしがある。
「…状況は以前変わらない。精神は揺らぎやすく、しかし未だ目覚めてはいない。幸い、同級生が近くにいて生活面で安定はしている」
しかし厄介な状況だ。あの子は今のままでは、苦しみ続けている。
「捕獲できねーのか?何とかして。お前の妹なんだろ?」
「この世界で私は『死んでいる』のよ。ましてや、あの子は私の記憶がない。おぞましいあの家について触れたらいつ爆発してしまうか分からない」
二度と会うつもりなどなかった。会いたくなかった。
名前なんか呼ばれたくなかった。
私は思い出したくない。この世界で関わった全てのものを二度と見たくなかった。
絶望。
なにも変わらなかった世界への絶望。
なにも出来なかった私自身への絶望。
「とはいってもなぁ、ここにいつまでもいる訳にはいかねーだろ。特にペケの消耗がひどい。あまり無茶させても、あとで一果に殺されるぞ」
ペケ、と呼ばれた男は自分の呼び名に反応してかすかに動いたがそれだけだった。ずっと高熱を出したままぐったりし続けている。その状態で大規模に力を使い、さらに動けなくなってしまったようだ。
アンバランスな力の持ち主なのだ。強い能力の割に、貧弱な肉体。そしてあの子も、おそらくそうだ。
世界をまるきり変えてしまうほど強い力に、弱い心、未熟な精神、脆い自尊心。あまりに頼りなく、しかしそれが恐ろしい。
生まれたばかりの神様はきっとあの子のようなものなのだろう。本人は残酷なほど優しいのに、身動きするたびに世界を破壊していく幼い神。
せめてもの救いはあの男に目をつけられなかったことだった。
忘れさせたのだ、あの条件だけは。おぞましい儀式をあの子に味合わせないように。
本当は全て消してしまいたかったけれど、あの男はやはり鬼丸の血を引いていて、押し留めるのが精一杯だった。支配されるしかなかった自分が呪わしい。
かろうじて守ったつもりだった、しかしあの猿河という奴…あいつがしたことが完全に誤算だった。
人の恋愛に茶々を入れるつもりはない。観察した結果、それほど良くない気質の人間ではないのは分かった。
しかし、早すぎた。あの子にはまだ早過ぎるのだ。
何も知るわけがない。彼らは。
無自覚に、あの子の心が育たないうちに条件を解除してしまった。
「……運命の鐘が鳴っている」
私には、残酷な鐘の音が聞こえる。こんな大きい音はもう隠せない。




