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104:




「今日、なんか犬塚に絡まれたんだけど」




背中を向けて髪をとかしている彼女からブラシをひったくって、引き寄せた。

女の肌の滑らかさと柔らかさを感じて、思わずため息が出た。何度触れても、焦がれずにはいられない感触だった。



「君に近づくな、って言われた」



ドライヤーかけたての雲みたいな癖っ毛をブラシをかけてやる。自分の髪のくせに雑に手入れするから許せないのだ。僕と寝るようになってから、彼女の毛質は格段に良くなったと我ながら思う。




「君と付き合ってるんだって。君の事を守らなきゃならないから、君に構うなって。ということをなんで他人から聞かなきゃならないの。僕の許可なしになんでそんなこすんの」




「……」





「本当ならいくらでも感情的に問い詰めたっていいんだよ?なに勝手にそんなことなってんの、とか」



「僕の気持ちどれだけ弄んで玩具にすればいいの、とか」



「それでもこうやって抱かれに来るってどういうこと、とか、二股みたいなことしてなんでそんな平気な顔できてんの、とか」



「……」



「まさか僕を切ろうとしてないよね、とか」




今更自惚れたりなんかしない。


もし本当に鬼丸哀と犬塚が通じ合ってしまったなら、彼女にとって僕といるメリットがほとんど無くなってしまったに等しい。


付き合っているにしてもまだほんの間もないとは思うので、肉体関係は結んではないだろうが、そんなもの時間の問題だ。哀ちゃんが他の男に体を許したという事実が分かったら、自分は発狂してしまうかもしれない。

そのときのことが容易に想像できてしまい不安に耐えきれなくなって、きれいに梳かした髪ごとその背中を抱きしめた。




だめだ。渡さない。僕だけのものだ。




弱みにつけこむような汚い手を使ったのは認める。それでも手に入れたかった。醜い真似をしてでも彼女を自分のものにしたかった。


それを、何の努力もしないで彼女に好かれて、望んだ瞬間いともお手軽に手に入れてしまうような奴に渡したくない。

少しでもその判断を揺らがせたくて、密かに見ていたことをぶちまけた。



「君の友達さ、なんとかちゃんって子、泣いてたよ。皆に見えないところで息を殺しながら泣いてた。その友達も哀ちゃんのこと、『裏切りもの』って怒ってたよ」



彼女がどうしてこんな選択をしたのか分からない。


彼女が憧れのような感情を犬塚に持っていて、側から離れられないのは知っていた。だからといって、簡単には犬塚を選べないのは知っていた。


それがいいのか悪いのか別として、彼女は自罰的な特性を持っていて、自分の希望とする先に進むことを忌避する。だから、犬塚から好かれてもそれを受け入れないと思っていた。




「そろそろ桐谷先輩の耳に入ってるかもね。あの人意外と情報通だし。それと、花巻先輩にも伝わってそう。烈火のごとく怒るだろうね」




桐谷先輩の方は最近の動きは少し謎だ。

生徒会活動も通常通り行いつつ、例の不思議ちゃんな転校生と一緒に目撃されている。乗り換え?しかし、桐谷先輩の哀ちゃんを見る眼差しは未だ親愛より強いものを感じる。




「それでも本当に犬塚を選ぶんだ。色んな人の気持ちを踏みにじっても」




選ぶ、というならこのままこの腕の中に閉じ込めて外になんか出さないつもりだ。ちっぽけな一人の女の子の人生なんか、どうにかする術なんかいくらでもある。敢えてとらなかったその手段を本当に最後はもう取るしかない。



「猿河氏、ううん、修司くん」



急に名前をちゃんと呼ばれたからつい油断した。今までどんなに頼んでも呼んでくれなかったくせに。





「私は修司くんだって、好きなんだよ。私には必要なんだよ。あなたのすべてを私のものにしなきゃ気が済まない」





逃げるでも怯えるでもなく、鬼丸哀は此方に向き直ってその両腕を僕の首に絡ませてきた。顔はわらっていた。


ぞわ、と本能なのかなんなのかその顔を見て総毛立った。


無性に喉が渇いて、小汚い野良犬みたいに息が上がってしまう。きっと自分がけだもの丸出しのひどい顔しているのに取り繕うことができない。この状況で丸め込まれてはいけないのに、もううまく頭が働かない。


哀ちゃんが体重をかけてきて、いくらでもそんなの支えることができるのに後ろにゆっくり倒れた。ああ、とか勝手に声まで漏れ出てしまう。これから起きることに期待が膨らみすぎて頭の中がはち切れそうだった。



「周りなんてどうでもいい。そんなのどうでもいいよ、大事なことは私が修司くんを欲しいってことだけ」



そんなことをこんな時に聞かされるのは、勿体なく感じた。今そんなこと言われても、喜びを噛み締められない。


額同士が重ね合った。女の匂いに包まれて、酔っ払ってしまいそうだった。女の舌が自分の唇をなぞった。彼女自身も細切れに呼吸していた。彼女の顳顬から流れ出た汗が口の中に入った。



「大丈夫だよ、そんなに掴まなくても。逃げたりなんかしないよ」



無意識に彼女の肩を握りしめていたことに気付いた。爪はきちんと切っているが、ちょっと力を入れてしまうと簡単に痣が出来てしまうのを知っていたのに。



「あの、あのさ」



下半身にじわじわ広がる邪悪なほどの気持ち良さに笑えてくる。



「君って、いや、ほんと、このタイミングですごく変なことを聞くけど」



普段は眠そうな一重なのに、今この瞬間は薄暗いなかでも爛々と輝いて壮絶な欲望の色をたたえていた。



「君って、本当に鬼丸哀だよね?…なんか、誰?って思ったんだけど。だ、駄目だって。やめないで、ごめん、変なこと言って」



「…」



鬼丸哀は上機嫌ににこにこわらっている。にこにこわらいながら、欲望を貪り食べる姿はあまりに今までの彼女と違いすぎて違和感を感じるも、すべて興奮に塗り潰されてしまった。





「そんなことどうでもいいんだよ、修司くんの鬼丸哀であることに違いはないんだから」






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