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103:


思えばこの男子、猿河修司とは因縁しかない。


初めて会った時には「猛犬チワワ」呼ばわりされたし、文化祭では奴の陰謀で公衆の面前で女装させられたし、夏祭りで遭遇した時には変態みたいな恰好で鬼丸に絡んでいたからたこ焼き投げつけたし、体育祭では騎馬戦でカウンターをキメあって気絶した。

ガキじゃないんだから、もう少し冷静にならなきゃいけないとは自分でも思う。

だが、あのキザでヘラヘラした立ち振る舞いも気にくわないし、チャラチャラした髪も目も着崩した制服も腹がたつ。




「わざわざ喧嘩の押し売りなんて、君も暇なんだね」



欠伸をして気だるげに猿河が廊下の壁にもたれかかっている。

放課後呼び出すと、意外なほどあっさり猿河は応じた。思えばこうして1対1で話すのはかなり久しぶりな気がする。


「鬼丸のことだ。お前、まだしつこく鬼丸に絡んでるんだろ。いい加減諦めろ。鬼丸に近づくな」


猿河は無表情で此方を見下ろしている。

それが妙だった。

こういった時、猿河は矢継ぎ早に言い返して此方を馬鹿にしてくるような男だと思っていた。


「なんの権利があって、とかお前は思うだろうが、俺と鬼丸は付き合うことになった。だから、俺はあいつを守らなきゃならない。猿河みたいな小学生みたいに嫌がらせする奴からも」


「……」


やはり猿河は不気味なほど何も言わない。

猿河は思うに鬼丸をお気に入りの玩具みたいに思っているのだろう。だってあまりに鬼丸と釣り合いが取れない。猿河の容姿なら、その気になれば誰だって落とすことはできるだろう。鬼丸みたいな凡庸な女子にこだわる理由なんかない。案外、もう面倒くさくなってきたのかもしれない。


「お前も鬼丸に拘る必要なんかないだろ。頼むからもう鬼丸に関わらないでくれ。それくらいの常識はお前にもあるだろう?」


「君ってさぁ…」


猿河がやっと口を開いた。


「ほんとに表面上しか物事を見てないんだね。ていうか、表面しか知らないし知ろうともしてないし」


「は?」


「自分の立場が、まるきり逆だってわかってる?わかってないよね。君みたいな鈍感な人間は」


猿河の捻じ曲がった物言いが気にくわない。もっとストレートに言え、と思う。


「現に、僕がどれだけあの子が好きか、大事に思っているか測れてないし」


「…はぁ?」


「こっちが『はぁ?』だよ、クソ犬。前にも言ったはずだよ。【自分なんかどうでもいいくらい、死ぬほど愛してる】って。まさか冗談とでも思った?」


吐き捨てた言葉を拾って思い起こしてみると、たしかにそう言っていた気もする。


「それに、当ててみせようか?あんたはあの子のことだって表面上しか見てない。ただ『危なかっかしくて世話しがいのある子』という記号でしかないんだよ、君にとっての哀ちゃんは」


あの子が、とまだ猿河は言葉を続けた。


「どんなに面倒で、捻じ曲がってて、どうしようもないくらい愚かで、小憎たらしいくらい可愛いのか、君は知らない。あの子だって君にそんな部分見せる気はない」


悪口なのかそうでないのか判別つかない事を吐きながら、猿河はいつのまにか完全なる敵意の眼差しで此方を見下していた。


「なにが記号だ、俺はちゃんと…」


「彼女が、僕とのことを言ってないのが何よりの証拠だと思うけどね。少なくとも哀ちゃんはそれを分かっているから君には何も言わないんだよ。君の中の【理想の鬼丸哀】の演技をする。そんな関係、すぐ破綻するよ。間違いなく君は哀ちゃんを壊す。いや…」


もう壊れているのか、と猿河はぽつりと漏らした。

猿河の言うことのほとんどは理解できないが、ただただ腹が立つ。


「鬼丸を分かった風に言うなよ。お前にあいつの何が分かるんだよ」


「分かるよ。君よりかはずっと」


「…あ?」


「この世界がひとつの物語だとして、自分がただの一般通行人だと思ったことはない?だって、君が一番なにも知らない。繋がりがない。近いようでひどく遠い。このまま姿を消されても追う術がない。今は彼女の羨望の的でも、そんなのいくらでも奪う機会はある。だって僕は彼女のすべてを手に入れている」


すべて…?その単語が気がかりで嫌な響きに感じる。

あり得ない。そんなことはあり得ない、あってはならない。


「爪弾きになってこの物語から出て行くのは、あんただ。悲観することはないよ、君には君の人生がある。彼女一人に搾取されるには正直勿体ないとも思うよ。これはマジで。ねずみ家族みたいに、お似合いのパートナー見つけて子ども沢山作って幸せな生活を送ればいい」


言うだけ言って、猿河は長い足で勝手に歩いて帰ってしまった。


「せいぜい、こっちは地獄でよろしくやってるからさ」






まったくムカつく。

なんだあいつは、あのクソ猿は。

よく分からんことを、人を馬鹿にした態度で、勝手に言い捨てやがって。呼び出したのは俺だぞ。


しかも、生徒会が長引くから鬼丸に先帰れと言われる。あと、今日は用事があるから家にいけないときた。用事ってなんだよ、と聞くと家族で出かけるようだ。土日は外泊するから会えないらしく、面白くない。ていうかそういうことは早く言えよ。


腹立たしい気持ちに苛まれながら、ふと校庭を出た歩道の隅の人影が気になった。誰かが蹲っていた。知り合いの後ろ姿に見えてつい近寄ってしまった。



「…桃園?」



うちのクラスの転校生の桃園零とか言う女子だ。

特徴的な長いふわふわの毛が地面に着いていて、なんだか汚れるのが勿体なくてつい束にして持ち上げてしまった。


「なにやってんだ?」


桃園は俺の方を見上げた。垂れ目の中の控えめな黒目がなんだか誰かに似ている気がして、心の中でたじろいだ。


「犬塚はるか」


桃園は淡々と俺の名前を呼んだ。

彼女の足元には動物がいた。よく見るとひどい怪我をしているようで血まみれで横たわっていた。


「!?はやく病院に…」


学校に住み着いていた三毛猫だった。かわいそうに車にでも轢かれたのだろう。

促したが、ら桃園は動かなかった。無言でまた猫の方に向き直りその身体に触れた。何してるんだよ、と呆れて携帯でタクシー会社を探した。


「…?」


しかし次の瞬間、思わず自分の目を疑った。

息も絶え絶えだった猫の身体に毛艶が戻り、裂けていた腹の傷も消え、不自然な方向に曲がっていた左脚が戻った。猫の目は開き、立ち上がりそのまま何事もなく逃げていった。


「な、なんだよ…いまのは。お前がやったのか…?」


この一連の出来事に呆然としてどうしていいのか分からなくなり立ち尽くすしか無かった。なんのリアクションもなく桃園は立ち上がり、振り返りもしない。

俺に捕まえられていた髪の毛の束を迷惑そうに取り返して「さぁ?」と言った。


「白昼夢でも見たんじゃない?」


ぞわ、と背中に鳥肌がたった。

もしかしたら自分は、見た目だけ限りなく人間に近いまったく未知の生命体と対峙しているのかもしれない。本能的に恐怖を感じた。

自分でも夢の中なのか現実なのかわからない。


桃園は血まみれの手を拭いもしないで行ってしまった。元々よく分からないとは思ったが、ますます謎が深まった。誰かにこのことを言ったところで誰も信じてはくれないだろう。だから、胸に留めておくしかないがその自分でもにわかに信じられない。

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