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101:

自覚するより、きっと前から身体は分かっていたのだ。



「好きだ。鬼丸、お前が好きだ」



つい溢れてしまった言葉に、ああそうだったのかと後から納得してしまった。


いっそ開き直ってしまえば、単純なことだったのだ。

自分が既に彼女に対して恋心を抱いているということは。


自分が人を好きになるなんて許せなかった。父親みたいにかっては好きで結婚までした人を、傷付け不幸にしたくなかった。誰かに選んでもらえる自信がなかった。誰かに傷つけられるのが怖かった。


そういう長年自分を形作っていたものを、壊してしまう存在に出会ってしまった。

鬼丸 哀という異性を望んでしまった瞬間からもう、自分は恋に落ちていたんだと思う。


自分が放った言葉に、鬼丸は哀れなほどに真っ赤になってしまった。

意外なほど初心な反応が嬉しかったし、可愛らしいと感じた。


「ほ、ほんとに…?」


震え声で聞き返すから、両手を握って頷いてやる。なぜか鬼丸は目を合わせてくれない。想いが通じて喜ぶ顔が見たいのに。


「鬼丸」


もう一度唇を重ねてみたかった。許してもらおうとして、また顔を近づけてみる。


「…ごめん、私ここで降りるから」


いきなり立ち上がった鬼丸は、電車の降車口まで歩いていく。


「送ってく」


「いい。犬塚君は早く帰ってあげて」


いい、じゃねーよ。もっとお前といたいんだよ。と、言いかけたがさすがに恥ずかしかった。


「なにか用事かよ」


鬼丸は首を横に振って、深く俯いた。


「ごめん。少し一人にさせて…」


言い返す前にドアが開いて、鬼丸は行ってしまった。

一人にしてくれと言われ、追いかけることもできない。鬼丸の様子はどこか妙で、胸がざわついた。

気になり、少し不安にも思った。


(まさか、フラれないよな…?)


まさか。逃げても避けても、あれほど食らいついてきた可愛い女が、逆に迫れば急に興味を無くして引いていくなんてことあるか?あの鬼丸に限って。

そんなわけがない。

どうやったって、この先鬼丸と縁が切れる気がしない。簡単に離れられるほど、浅い付き合いではない。それに言ったのだ、彼女は。


ずっと側にいるから、と。


鬼丸は割といい加減なところもあるが、この約束は破ったりはしないだろう。破らせないし。

もう、当たり前になってしまっているのだから。うちにいることも、隣にいることも。既に家族みたいに温かい存在だ。

強烈にドキドキするとか、寝ても覚めても考えてしまうとか、緊張してしどろもどろになるとか、そういうものなど要らない。

ひたすら穏やかで安心する。これが自分の人の好きになり方なのだ。

同じものを与えてやりたいと思う。

あの寂しがりやなくせに甘え下手なかわいい女に。



そんな自分の気持ちを知ってか知らずか、その夜鬼丸から電話があった。


『今日はごめんね。先に帰っちゃって』


最後に聞いた声より、力があって少し安心した。


「いいよ、別に。体調は悪くないのか?」


『うん。全然元気だよ』


あのさ、と鬼丸が言葉を続ける。若干震えている声色に自分もつられて緊張してしまう。


『ありがとう、好きって言ってくれて。嬉しい、ほんと、すごく…』


そんなダイレクトに言われると、流石に恥ずかしい。カーッと頬に熱が走る。よくよく考えると自分もよくあんな電車の中でこんな直積的な言葉を吐けたものだな、と後悔にかられる。


『あのね、それであの…』


「なんだよ」


『私も、好き。……犬塚君の、こと……』


「……っ」


つん、と脳天に衝撃が走った。

まさかここで告白され返すとは思わなかった。つぅ、と鼻から何か出た感じがして見てみると鼻血が出ていた。良かった、この場に鬼丸がいなくて。


「そ、そうかよ」


『ごめんね。あの場でちゃんと答えられなくて』


「別にいいよ」


分かっていたし、とまでは言えないが。

でも、こうして後からでも電話して気持ちを伝えてくれたのが嬉しかった。


『なんていうか…その、これからよろしくね…?』


照れ臭いのは鬼丸も同じなのが分かって、嬉しかった。

うん、と答えた顔がまたみっともなくにやけてしまっている自覚があったから、やはり彼女がこの場にいなくて良かったと思う。鬼丸の顔は見たいけど。


電話を切って、「あーー…」と思わず脱力してふと後ろを振り返ると、壁際から顔をのぞかせているオッサンと目が合った。


「えーと、その、ティッシュ置いとくから使うんだよ?」


鼻セレブをオッサンから手渡され、鼻の頭を押さえながらケータイ握りしめて床に転がってにやついている今の自分の状態がかなり恥ずかしいものだと気付いて、飛び起きて舌打ちした。


「いや〜〜、青春だねぇ」


腹立つなぁ、んな顔で仏花を供えんなよ。






男女が付き合うと何をするのだろうか。

帰ったり弁当を食ったり、勉強したり遊んだりを一緒にする?…今と変わらなくないか?


翌日、さらにそこから一週間経っても鬼丸はいつもと何ら変わらなかった。

昨日あったことがすべて夢だった気がするくらいに。なんだか釈然としない。折角両想いになったのだからもっと甘えてくれば良いのに。休み時間になるとさっさと行き先も告げずに消えてしまうし、しょっちゅう授業もサボる。生徒会も忙しそうだし、夜は20時には自宅に帰ってしまう。

なかなかゆっくり話すらできていない。



「よ、犬塚。なんか変なものでも食ったか?」


土屋が宿題を写させてもらいたくて、俺の机まで来る。そのアホ面見てたらつい口が滑ってしまった。


「お前って、女と付き合ったことあるの?」


はた…と土屋がフリーズしてしまったので、墓穴を掘ったなと後悔した。


「ないけど…。なに、犬塚…もしかして、ついにやったの?」


やった…?でも、ここまで言われて、さすがに土屋も友達なので正直に頷いた。


「聞いていい?どっちを、選んだわけ?結局…」


どっち?意味がわからん。

最初から一人しかいないだろうが。


「鬼丸と付き合ってるけど」


土屋は3秒無言だったが、やがてプルプル震えだすと自席にいた鬼丸の友達の望月を引っ張り込み、2人でピシガシグッグッとグータッチしてきた。


「でかしたわよ、犬塚。それでこそ猛犬チワワよ、あの子を絶対幸せにすんのよ!?」


「なぁ〜?ハラハラさせやがって、このばかやろう。まぁ、こんな風に落ち着くとは思ってたけどな」


バンバンと乱暴に肩を交互に叩かれる。

おめでとう、と一応言われているので祝われてはいるのだろう。


「哀は?どこ行ってるのよ、こんな時に。宴よ、今日は。ていうかいつから付き合ってんのよ、あんたら。は?先週?なんでもっと報告しないのよ、これだけ心配かけといて」


心配なんかいつしてたんだよ…。ていうか、こいつらに自分の鬼丸への気持ちがバレていたとなると相当恥ずかしい。


「まぁまぁ。お前らも紆余曲折あっただろうしな。あちらさんは勿論後腐れなくフったんだよな…?」


「あちらさん、て誰だよ…」


「え、マジ…?」


土屋と望月はふたりで何事かコソコソあーでもないこーでもないと話したかと思えば、なぜか神妙な顔で俺の肩に手を乗せた。


「まぁ、噂が広まってきたら向こうも近いうちに動くだろ。犬塚は真面目だしちゃんと蹴りつけるだろ。…ほい、これ餞別」


土屋から渡されたのは個装の小袋だった。それが何か理解した瞬間、衝動的に土屋の顔面に投げつけ返した。

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