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09:

「猿河修司を保護する項目第4条は。ハイ、鬼丸」


手のひらを向けられて、びっくりする。

同学年なのに親衛隊の先輩はなんか怖い。ぎらぎらしている気がする。

1年生の教室の隅にある使っていない予備教室。私たち以外誰もおらず、そんなに大きい空間でもないのに声が響く。


「はい、えーと…猿河君が困っていたら5秒以内に助けること、でしたっけ」


「それは第1条、そして3秒以内だから」


「じゃあ、猿河修司を敬愛する項目14条は?鬼丸」


「猿河君を傷つけるような言葉及び行為を禁じる、だったかと…」


ですよね!?との意味を込めてバッと杉田会長の方を振り向く。

杉田さんは腕を組んで目を瞑っていた。あれ、こころなしか米神がぴくぴくと動いているような気が。

と思ったらつかつか此方に歩み寄って、ぐりぐりと冊子を丸めたものをほっぺたに押し付けられる。


「あんた、全項1条しか覚えてないわね!今日までに覚えてきなさいってちゃんと言ったでしょうが!!」


「あ゛ぅうう、ごめんなさぁあい…」


だってあんなに分厚いんだもの。あんなに大量の規約があるなんて知らなかったし。表紙見ただけで眠くなっちゃったもの。私の冊子には20頁まで涎の染みがついている。


「このまま規約を理解しないで修司の傍にいていいと思ってるの!?」


「会長、鬼丸みたいなのが会にいると規律が乱れると思うんですけど」


ぐりぐりを続けながら、「だめよ」と杉田さんが答えた。


「例えそうでも、仮にも鬼丸は修司から直々に入会させてほしいと言われたの。それを追い出すのは修司の意思を裏切ることになるわ」


真面目だなぁ、杉田さん。そんなに猿河氏のことを大切に思ってるんだ。

でも氏のアレは絶対その場しのぎだと思うんだけどなぁ…。


ただいま、猿河修司を草葉の陰から見守る会のミーティング中。

因みに毎週月曜朝のHR後に予備教室で行うのが基本、あとは色々状況とかに応じてLINEで連絡が来る。

そして猿河君の周りを殆ど毎日警護?しているので結構忙しい。

自由参加なのだが、「鬼丸さん、なんか緊張してるようだから慣れるためにもなるべく皆といたほうがいいよ」という猿河氏の余計な発言のため、ほとんど強制的に参加させられている。絶対嫌がらせで言ったに違いない。


「という訳で、鬼丸。あなた、明日までにこれを完璧に覚えてきなさい。さもないと、あなたの家に会で泊まりこんで夜通し暗記大会するから」


「え゛ぇっ!?」


なにが、という訳で?私がほんの少し回想していた内にどんな話の流れでそうなったの!?

無理っす!うちは無理っす!


「あの、ちょっと…」


「じゃあ、本日のミーティングは終わり!今日の体育では撮影班はカメラを持って参加すること。以上」


「ちょ、ちょっとー!!」


散り散りに散っていく会員達を追って私も廊下に出て行く。

無理っすよぉお、と追いすがろうと手を伸ばした所を何かにぶつかった。

いや多分、人。


「ご、ごめんなさい」


「また君か」


顔を上げるとそこにはいつかの眼鏡をかけた男子生徒。いや、先輩だ。桐谷生徒会長。

口ぶりから私のことは覚えているらしい。驚くと同時に、要注意生徒としてマークされているのではないかと怖い。


「いつも人にぶつかって歩いているのか。それとも寝ながら歩いているのか?」


「いえ…」


冷たい視線に耐え切れず下を向く。

怖い。そして空気が重い。強烈な圧力に私もう砕け散りそう。


「前に僕は前方に注意したほうがいいと言ったはずだが気のせいだろうか」


「いえ……聞きました…ごめんなさい」


「僕に謝ってどうする。前を見て歩かないと事故が起きる可能性が高い、それは当たり前だ。君は人より注意散漫なようだ、自分の身を守るためにも周囲に気を払うべきだと感じる」


「はい…わかりました」


泣きっ面に蜂とはこの事か。

桐谷先輩のお叱りを受け、私はがっくり肩を落とした。

先輩、激おこで怖いっす。





「?あんたなにやってんの…」


「…お腹空いたの…?お菓子あげようか?」


ハギっちと沙耶ちゃんが私の様子を不信がっている。

それはそうだよなぁ。いきなり、友人が一心不乱にメモを食べだしたら怖いよなぁ。

口直しに私は机の上にある芋けんぴをぽりぽり食した。


「いや、暗記しようと思ってね…」


蛍光ペンで印付けたり、赤シートで隠しながら見ても全然覚えられないから最終手段として規約をメモに書いてそれを食べて体内にインストールしている最中だった。


「え、何それ。ドラえもんのアンキパン?」


「食べて暗記できるわけないじゃん。食べたら脳にいかず胃から小腸大腸に行って、ウ●チになるだけじゃん。しかもそんな消化に悪いもの」


「沙耶ちゃん、大声で女の子がウ●チとか言わないで!」


あんたも言ってるじゃない、と沙耶ちゃんが口を尖らせる。


「書いて覚えればいいんじゃない?何回も書いて体で覚えるみたいな」


「この量を、明日までに暗記できるかなぁ…」


どーんと分厚いザラ紙の冊子を見せれば「うわぁ…」と呻いて、ハギっちは無言になった。

ただでさえ私暗記が苦手なのに。私の脳みそ容量が少なすぎんよ。


「まぁ、無理でしょうね。諦めて楽になっちゃえば?」


「そういうわけにはいかないんだよ…」


家に誰も入れるわけにはいかない。どうしても。

だからなんとしても覚えなければ。


「うぇえ…どうしようう…」


「あー、もう泣くんじゃない。ていうか泣き顔ブサすぎ」


ティッシュで鼻とか目を拭かれながら、私は規約を力なく目で追っていた。

気分が落ち込んでいたが、ふとアイディアを閃いて顔を上げた。


「あ、そうだ。桐谷先輩から暗記のコツとか聞けないかな。あの人超頭良いんだよね」


「桐谷先輩って生徒会長の?」


あー、と一呼吸置いた後にハギっちと沙耶ちゃんが「無理無理」と声を揃えて手を左右に振った。


「だってあの氷の生徒会長でしょ。顔も育ちもいいけど、性格悪いので有名だよ。性格悪いっていうか人に厳しいらしいけど」


「冗談も通じない堅物らしくって、生徒会の仕事はできるけどそれ以上に風紀を乱す生徒は容赦ないとかで校内で最も恐れられてる人だよ。なまじ正論しか言ってないから先生も手を焼いてるらしいし」


「おうふ、二人とも情報通だなぁ」


「あんたが疎すぎんのよ!こんな話、入学直後から出回ってたわよ」


沙耶ちゃんに叱られ、ハイ…としょげるしかない。

氷の生徒会長かぁ。ベタだけど確かにそんな感じだったなぁ。色白だし、無表情だし(もしくは常に怒っている?)。


「ま、いいや。もう大人しく地道に覚えよ…」





放課後になり、親衛隊の活動も今日は暗記に専念したいからと休ませてもらい私は学校の校庭の隅にいた。

ほとんど使ってない中途半端な大きさの隅に第二グラウンド横のベンチに丸くなって寝ている猫がいる。


「ぽんちゃーん。ぽんの兄貴ぃ、鰹節もって来やしたぜぇ」


この学校の管理人さんに飼われているのか、勝手に住み着いているのかしらない。どれくらいの人が認知しているのか、いつからここにいるのかも。

茶と白と黒の毛色、三毛猫だ。しかも珍しいことにオス。

尻尾は長くなく、毛玉のように丸いので私はポン太と勝手に名付けた。


背中を撫でると、ポン太は細めでこっちを見る。

その視線はまるでヤクザのようで、「鰹節ぃい?早く出さんかいワレェエエ」と言っているようだ。


「かんわいいなぁ、ポン太はぁああ。かわいいかわいい、ゴツかわいい」


オス猫なだけあって体もでかくて、じゃれたつもりであっても噛んだり引っかいたりされれば結構痛いのだけど、まぁ可愛いから許す。耳の後ろを撫でてやると真顔のままグルルルルと喉を鳴らす。気持ち良いのか不快なのかよく分からないけど、抵抗しないのでそのまま撫でくり回す。


「ポン太の兄貴、実は今日来たのは兄貴にお願いがあるからなんですよ」


その白い前足を軽く握る。なんやねん、と瞳孔を細くして小さく鳴く。


「…どうか私が、明日うまく乗り切れますようにっ!」


パン、と拍手を打って頭を下げる。

オスの三毛猫は珍しい。確率にして1000匹に1匹。航海の際には、連れて行くと海難防止の呪いになったとか。超ご利益ありそうなものじゃないか。

と、いうわけでポン太に鰹節を献上して、明日私の頭脳に奇跡が起こそう…っていうね。


「ハハ、ほんの気休めですねどね…」


ポン太の首を撫でながら、ベンチの前をしゃがみこんでいるとふと影が差す。


「ぎゃあっ!」


曇ってきたのかなと真上を見てみると、そこに人影が。

逆行で真っ暗で判別つかない、まさかこんな近くまで人が来ているとは…。


「君…」


この抑揚のない声が聞き覚えある。

眼鏡で、サラっとした髪型の、肌が白い、ぱっと見て雰囲気の冷たさを感じてしまうこの人は。


「き、桐谷先輩。なんでここに…」


「生徒会室から見えて気になったので来てみた。猫か?」


先輩の指した方には確かに窓があった。そうだ、あそこ付近が購買とか生徒会室付近だった。

鰹節をポン太の方をじっと見つめる桐谷先輩に、嫌な予感がする。


――――顔も育ちもいいけど、性格悪いので有名だよ。


――――冗談も通じない堅物らしくって、生徒会の仕事はできるけどそれ以上に風紀を乱す生徒は容赦ないとかで校内で最も恐れられてる人だよ。


――――いつも人にぶつかって歩いているのか。それとも寝ながら歩いているのか?


頭の中で今日の朝に聞いた言葉がぐるぐると回る。

今、私は何をやっていた?校内で、野良(かは不明だが)猫に餌付けをしていた?

すなわち、これは風紀を乱す行為なの、か?で、それを目撃した桐谷先輩が追いかけてきたと。


「ご、ごごめんなさぃいいい。以後気をつけますぅうう」


私はまだ鰹節を食べていたポン太を抱え、私は全速力で逃げた。

どんな刑罰を食らうか分かったものではない。怖い、怖すぎる。


走りながら背後を振り返ると、桐谷先輩も追ってきいている。


「えぇえええ、そんなに怒ってるん!?」


こんな軽微なことでそこまでマジにならなくたっていいじゃないっすか。先輩。

やばいやばい、とめいっぱい足を動かす。しかし陸上競技がそんなに得意ではない私の足の速さは50メートル13秒。いっこうに先輩を引き離すことができない。


グラウンドを抜け、そのまま校庭を横切ってあてもなく、校舎の隅まで逃げ込んだ。

恐怖についポン太を強く抱きしめてしまい、思いっきり噛まれた。


「あ゛っ…」


悲鳴がまずかった。

手が緩んで、ポン太はその拍子に飛んで逃げた。その代わりに私がいる場所へ足音が近づく。


「…っ、そこかっ…」


やってきた人影に肩を強く握られて、もう逃げられないことを知った。

桐谷先輩は肩を上下に揺らしながら息を整えて、私に何かを差し出した。


「こ、これを、君が忘れて、置いていった」


それは猿河修司を草葉の陰から愛でる会規約の冊子だった。

まさか、先輩。これを届けるためにわざわざ走って追いかけてきた…?


「あのすごい汗だけど、大丈夫ですか」


「……走るのは嫌いなんだ…」


ハンカチを額の方まで持っていくと、先輩は大人しく汗を拭かれていた。





先輩と私は走りつかれて、学校裏の石段の上に座り込んで一休みすることにした。

暑くなりだした外気に対し、日陰と石はひんやりしていて気持ちがいい。


「なんていうか、森のくまさんみたいですね」


「童謡の?状況的に僕が熊か」


「あ、すみません。仮にも先輩を熊呼ばわりするなんて」


「熊か…熊ならヒグマがいいな…」


「は、はぁ」


桐谷先輩は熊ならヒグマが好きという超マニアックな情報をゲットしたぞ。わーい…。

さっきはあんなに威圧感丸出しだったのに。今はこんなに緊張感がない。先輩が体を折り曲げて思いっきりへばっているからだろうか。


「これ、大事なものなんです。届けてもらってありがとうございます」


このままじゃ覚えてるどころか忘れて帰る所だった。危ない危ない。


「君、学年クラスと名前は」


「え゛っ」


なんでいきなりクラスとか名前を?なに、閻魔帳にでも書き込まれるのか。もしくは先生への報告?

やっぱり私、要注意人物としてマークされてる!?


「あの、本当、これから気をつけるようにしますんで、はい」


「なにを言っている?」


「だから、今回は見逃して下さいっ!!」


「だから、何を?少し待て…」


腰が引けて逃げる体制の私に、顔を近づけてきた。びっくりして飛び上がりそうになった私の肩を両手で押さえる。そして、何をするかと思ったら、ゆっくりと瞬きを繰り返す。


「僕は怖くないし、敵意はない。どうか安心してほしい」


「私は野生動物か何かっすか…」


でも、なんだかへなへなと脱力して元の位置に座り込んだ。

こんなことを真顔でやっている人が怖いわけがない。


「僕が怖いと感じたからさっきも逃げたのだろう。しかし、僕は君をどうする気もないし、君の所に来たのも一人で大声で喋っていてなにをやっているか気になったからだ。名前や学年を聞いたのも単純な興味に過ぎない。ただ近頃良く会うから、次会ったときに名前で呼べればいいと考えただけだ」


「な、なるほど。じゃあ、猫を餌付けしていた私を取り締まろうとか考えていた訳では…?」


「ない。それは僕の職務じゃないし、校則にも書いていないから別に自由にしたら良い」


「なんだ、よかったーーー!あ、私1年B組出席番号10番の鬼丸哀でーす。鬼ごっこの鬼に、まん丸の丸と喜怒哀楽の哀で鬼丸哀です!以後よろしくお願いしますっ」


なんだ、氷の生徒会長とか言って意外と話の分かる人じゃないか。

そうと分かれば心を開くのは早い。

なんせお調子者なことに定評のある鬼丸哀だもの。にぱーと全力の笑顔を先輩に向け、畳み掛けるようにまた口を開く。


「時に先輩は頭脳明晰と聞きましたが!そんな桐谷先輩にお願いがあるのですがっ」


「頭脳明晰は言い過ぎだと思うが、何だ?僕にできることなら力になろう」


「私、明日までにこの内容を覚えて発表しなきゃならないんです!なんか暗記するコツってあります?」


「暗記…何回か目を通したら覚えるのでは?」


「ガッテム!!私の脳みそは先輩のものほどスペックが高くないんです!十行以上の文章を見ると寝てしまうんです!バカなんです!バカ界の弩級ホープなんです!」


がくんがくんと感情に任せて先輩の体を揺さぶる。

なるほど、と特に抵抗することもなく揺さぶられながら冷静に返事をする桐谷先輩。眼鏡がどんどんずれてますけど。


「今朝のように、教室の一室で会議のようにやるのだな。…すまない。気になって少し覗いていた」


「そうですそうです!だからあそこにいたんですね。ていうか先輩って結構覗き魔なんすねぇ」


「気になると確認せずにはいられない性質なんだ。ところでひとつ聞こう。鬼丸君の視力は良いか?」


「え?視力、ですか?」


自慢じゃないけど、両目ともに2.0です。えへっ☆





そして運命の翌日。


「準備は良いわね、鬼丸」


朝、8時10分。場所は昨日と同じ予備教室。

草葉の陰から愛でる会の先輩会員達が腕組をして私たちの前に立つ。

その中心には杉田会長。


「押忍!」


固く握った両拳を腰まで引き、自分に気合を入れる。

大丈夫だ、と心の中で呪文のように唱える。


「では、早速始めるわよ。猿河修司を保護する項目第2条は?」


「…猿河修司に私的に利用しようとするものは一切排除及び警告をすること!」


「よし、正解。では敬愛する項目第11条は」


ごくりと生唾を飲み込もうとしたけど口の中はからからだった。それでも、私はまっすぐ前を向いて答える。


「猿河修司の意思は尊重すること、何人たりとも否定することは許されない」


「…正解。では、会の規律に関する項目第9条は、何?」


「猿河修司に危害が加わらないよう最低でも三人以上は付近に配置すること」


「ではその例外は?」


きらりと杉田会長の眼鏡の縁が光る。


「例外は…体育祭などの学校行事で会員の自由が利けない場合。その場合は出来る限り動ける者が猿河修司の周囲の監視をすること」


「分かったわ。最後に、会の誓約前文の斉唱をします」


はい、と無駄に元気に返事をして会の皆さんの声と揃える。


「私たち、猿河修司を草葉の陰から愛でる会はいかなるときも猿河修司の健康と心の安全を守り抜きその身を捧げることを誓います!!」


気分的に高揚して敬礼していたが、やっていたのは私ただ一人だったのを言い終わってから気づいてしまった。a little 恥ずかしい。


「鬼丸。やればできるじゃない」


「ありがとう、ございます…!」


「この調子でこれからも頑張りなさい」


昨日はあんなに冷たかった会の先輩がなんか優しい。なんだか目頭が熱くなってしまった。


「改めて、これからよろしく頼むわね。会員ナンバー023鬼丸哀」


最後に杉田会長が右手を差し出した。そして握手をする。

何も合図もなしに自然と会員達が一斉に拍手をした。文句なしの感動シーンだった。


これが本当に私の実力だけの結果ならば。





「うまくいったようだな」


会の人達が各自の教室に戻った後、窓の外から人の声がした。

教室横のベランダに立っていたのは桐谷先輩だった。


その手にはA3サイズのスケッチブックを持っている。


…そう、実は全てカンニングだ。


桐谷先輩には外からカンペを出してもらっていた。

中の会話が聞こえるように、上窓だけ開けていた。まだ5月で気温は暑くも寒くもなく、朝は住宅街に面したこの教室の裏は車の音や人の声があまりしない。

先輩の身長は会員達よりも高く、上に掲げれば前に人がいても角度的に十分見える。早朝集合して、こっそり二人で入念に位置調整したので窓を見ても不信がられないようにしている。


先輩は教室に入り、スケッチブックの表紙を直していた。


「ありがとうございます。先輩のお力がなければ、この窮地は乗り切れなかったと思います!」


桐谷先輩に深くほぼ垂直に頭を上げた。精一杯の感謝を込めて。

ずるくても何でも、乗り切れたのだからそれでいい。私一人じゃ思いつかなかったし、できなかったことだ。先輩も生徒会長なのだから学校祭の準備もあって忙しいだろうに。


「顔を上げてほしい。礼を言われるのが恥ずかしいほど単純な作戦だ。半分は君の見る能力のおかげだ。その目は大切にしたほうがいい」


「でも、私はこのご恩は忘れません!お礼に私ができることなら何でも言うので、いつでもお願いしてやってくださいっ!!」


「何でも…?本当に?」


首を少し傾げた先輩が心なしか「ん?何でもするって言ったよな?」みたいな副音声を背後から発しているような感じがするが気のせいだろうか。いや、先輩は悪魔の申し子・猿河氏とは違う。


「じゃあ、今そのお願いをしてもいいだろうか」


「え、ええ。はい」


意外な言葉にちょっとびびりつつも首を縦に振る。


「本来なら、こんな見返りのように要求するものではないと思うが…敢えて頼む。もちろん嫌なら拒否してくれて構わない」


そう前置きをして桐谷先輩は眼鏡を片手で直し、少しの時間何も言わずただ此方を見る。

一体何を頼まれるのだと内心どきどきする。

やっと、桐谷先輩の薄い唇から言葉が零れる。



「鬼丸君、僕と友達になってほしい」



その声色はいつもと同じなのに、冷たいとか抑揚がないとかは何故か感じない。

ひたすら素朴な言葉だった。

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