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100:


「どっか出かけるか、鬼丸」


祐美ちゃんの四十九日が終わった頃、唐突に犬塚君が言い出した。しかも教室で普通に他のクラスメートいるなかで。


犬塚君は相変わらず変だ。


気付くと私の隣にいるし、気付かないフリして沙耶ちゃんのところにさりげなく避難しようとしたら、「なんか喋れよ」と無茶振りしてくる。猿河氏が教室前で待機してたら、すぐ追い払いに行き喧嘩がはじまる。

正直、困るんだよなぁ…。

ハギっちや金城さん達がいる前で仲良しアピするのは、心苦しいものがある。実際は色っぽいものはないとはいえ、誤解されたら私が困る。ハギっちとは実際うまくいってほしいと思っているし。

あと、猿河氏との喧嘩も前はじゃれ合いの延長みたいな感じだったが、最近なんだかガチっぽくなって怖い。本当に犬塚君は猿河氏が立ち去るまで退かないし、猿河氏は猿河氏で苛つきをまったく抑えない。時々猿河氏がとんでもない顔をしている時があって、ぎょっとしてしまった。彼が本気で暴れたりなんかしたら誰も止められないぞ…。


「えーと、それは、家族サービス…?」


一歩譲ってそれは別にいい。黒澤さんといるのがまだぎこちないから私にいてほしいというのならギリ許容できる。


「いや。別に、そういえば鬼丸と二人で出かけたりしたことなかったと思って。どこか行きたいとこあるか?」


「え、それは…」


二人でとか…デートみたいじゃないか…。

咄嗟に思い浮かんだのは、猿河氏の般若顔。この状況でそんなことしたら絶対許してくれないし今度こそ暴れるし最悪どこかに監禁されるかもしれない。

ハギっちにも申し訳ない。余計な問題はもう抱えたくないのだ。


「なにゆえに…?」


「なにゆえってお前、たまには鬼丸と遊びたいって何となく思っただけだけど」


「……」


そもそも、犬塚君は不思議な挙動を示してきて、なに考えてるか読み取れないから迂闊に二人きりになりたくないんだけどなぁ…。

情緒が不安定なだけなんだろうけど、先日の黒澤さんの一件も引っかかるしなぁ。


「あ、あの、犬塚君?申し訳ないんだけど…」


できるだけ角が立たないように断ろうとしたが、ふいにふたつの影が躍り出た。


「いいわよ、犬塚。どんどん連れ回しなさい!」


「そーだぜ。ちょっと気分転換しろよ、犬塚ぁ」


沙耶ちゃんと土屋君だ。

なんで君らが私の代わりに返事するんだよ。なんでここにきてそんなイキイキしてるんだよ…。


「ちょ、ちょっと沙耶ちゃん…」


小声で呼びかけると沙耶ちゃんは、「最近の犬塚、落ち込みきって見てらんないのよ。あんたが少しでも元気を取り戻してやりなさいよ」とまた小声で答えた。


「それなら、皆で一緒に遊ぼうよ…」


「そんな野暮なことできないわよ」


ほら絶対、悪意あるんだから…。土屋君も白い歯を見せながら親指立ててくるし。犬塚君は、散歩に連れて行ってもらえることが分かった犬みたいな顔しているし…。

もう断れない雰囲気になってしまったじゃないか。どうすればいいんだよ…。





せめて、誰にも(特に猿河氏)会わないように、少し遠出して隣の市で無難にカフェめぐりすることになった。


「…このデコレーション、かわいいな」


パンケーキのプレートを前に犬塚君がインスピレーションを受けている。犬塚君は甘いものはさほど得意ではないので、二人で分けながら食べることになる。


「しかも美味しいよ、犬塚君」


「お前は本当に美味そうに食うよなぁ」


カフェ巡りは正解だったかもしれない。

犬塚君は楽しそうだ。この顔を見たのは、久しぶりな気がする。それだけでも来た価値はあると思う。


「鬼丸は、俺んちから帰ったあと何してるんだよ。普段」


「え?えーと、何って普通に。ご飯食べてお風呂入って寝るだけだよ」


「ご飯?別にウチで食えばいいじゃねーか。最近食わないで帰りやがって。それだけだったら全部ウチで事足りるだろうが」


「夕飯は全員で摂ることって、家で約束されてるんだよ…」


犬塚君に、桐谷先輩の家にお世話になっていることは言っていない。それを言うと、私の家庭環境まで言わなきゃならなくなる。そこまで彼に弱みを見せるつもりはない。


「ふーん…?変わったんだな、お前のとこ」


「そ、そうなんだよ…」


「もう俺も俺んちも、必要ないのか?鬼丸にとって」


「そんなことっ…!」


「ないか?」


頷くと、犬塚君は満足そうに口角を上げて、また私の頭をわしゃわしゃ撫ぜた。


「そうかそうか。俺もお前が必要だぞ」


また、そういうこと言う…。よく聞こえなかったこととして処理してあげるが、ほんと勘弁してほしい。


「鬼丸といると癒されるんだよな。基本的に優しい奴だからな、お前」


無断で額の生え際をなぞらないでください。そして、なんで…なんでそんな顔をする…?


「愛くるしいもんな。顔も身体も仕草も。髪もふわっふわでずっと触ってられる」


とか言ってふたつ縛りした髪の一房を弄られる。恥ずかしい。なんだかすごく恥ずかしい。


「せ、せ…セクハラですよ!?」


純粋な天使みたいな顔をして、笑って見てたらどんどんエスカレートしていきそうで怖い。


「悪い。なんか最近お前に触ってみたくて」


「〜〜っ…」


「なんだよその顔、そんなに嬉しいのか?」


いや、なんとかしてほしい。この無自覚気障チワワ。

カフェオレ飲むのを理由にして距離を取る。危険だ、ある意味狂犬だ、今の犬塚君は。


「…最近、お前おかしいぞ」


その言葉そっくりそのままお返しします。


「甘えてきてただろ、前はもっと。別に遠慮しなくていいんだぞ?」


「え、そう…?」


「そうだ。べたべた距離感なく甘えてきて大変だった」


思い返して、はて?と首を捻る。でもそうだなぁ…当時は今より寂しい毎日を送っていたからなぁ。祐美ちゃんもいたし。心の拠り所ではあったのは認めよう。


「悪かったって…」


「いいけど、別に。今だって同じように甘えてくればいいだろ」


「それは…難しいよ。あの時とはやはり状況が違うし。私も犬塚君も、多分あの時から変わっていると思う」


「変わったのか?俺は変わってないけど」


「え?」


「俺自身は何も変わってないぞ。鬼丸に思っていることも、してやりたいことも、して欲しいことも」


「……」


これ以上、深追いしてはいけない気がする。少なくともいいことはない。危険だ。

逃げたいのに動けない。手の甲に、犬塚君の手が乗ってて動かせない。引けば離れられるのに動けない。他人の体温が心地良すぎて離れられない。


「…早く食べないと溶けちゃうよ。アイスと生クリーム」


こうやって無理矢理躱すことしかできない。私は卑怯者だから。





その後、2件ほどカフェに行き、いい時間になったので電車で帰ることにした。


眠いのか、隣に座っていた犬塚君が寄りかかってきた。珍しいこともあるものだ。


「眠いの?犬塚君」


いや…、と犬塚君は否定する。確かに声色に眠気は混じってなさそうだったが。


「お前は」


「え?」


「お前は頼むからずっとここにいろよ。健康でいて、いなくなったりすんな。絶対」


「……うん」


それは勿論。私は犬塚君の側にはいる、一生。何があっても。

この先、憎まれても疎まれてもそれは変わらない。


「私の全ては、犬塚君にぜんぶあげるよ。私の心も身体も、君のためだけに在るんだよ」


「そっか…」


有難迷惑だと思われても構わない。私もこれだけは譲れない。だって、祐美ちゃんと約束したのだ。


「じゃあ、寄越せよ。お前の全て」


私は何か言おうとして、顔を上げた。その瞬間、唇に柔らかいものが当たった。


「……」


なんで犬塚君がこんなことをしたのか、私には分からなかった。ただ動けない。また、震えてしまって言葉もまともに出ない。


「好きだ。鬼丸、お前が好きだ」


ゴト、ゴトと電車の音を一生懸命耳で拾って気を紛らわせる。何ひとつ他に出来ることはなかった。

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