episode3 パントマイム
この間、不思議なことがあった。
十年以上前に父親から買い与えられた手帳がある。
古くなった手帳はどの頁もすっかり黄色がかってしまっている。
無駄に大事にしすぎて、一回も使わないまま自室にある勉強机の棚の中にしまったままだった。
それを久しぶりに開けたら、その丁度真ん中あたりに不自然にそこだけ周りと紙の色が違う頁があった。たった親指ほどの矩形が紙の中央にあった。
まるで何かを貼って剥がした跡のような。そんな事をした記憶はないし、それにしては剥がし跡が綺麗すぎる。
不思議だ。そして興味深い。
この事を誰かに伝え、その感情を共有したい気がした。
しかしそれは無理だった。その術が僕にはない。
僕は僕以外でなかった事がない。
だから、きっと皆の見ている僕も僕自身なのだろう。
分かっているのにいつになっても違和感が拭えない。
コントローラーの制御がうまくいってないのか。目標値までの距離はずっと並行線を辿る。
まるで自分の四方にガラスの壁があるみたいに、誰にも届かない。
そして、また自分も周囲の発する電波を受け取る事ができない。
欠陥品なんだろう。きっと。
日本人として、人間として、生物として、息子として。
それを認めるのはとても悲しく惨めだ。だけどもう受け入れてしまった。そんな自分を。
道化師みたいだと思うことがある。
誰に届くわけでもないのに、メッセージを発している自分が。
誰かに痛々しいとも思われない滑稽な道化師。この壁越しじゃ無意味なだけだって分かってる。
いっそもう何も考えなくなればいい。
多分いつかそうなるのかも知れない。何にも考えなくなって、肉の塊に成り果ててしまえばむしろ楽なのかもしれない。
本当は誰もがその事を望んでいるのかもしれない。
それは真か偽か。
僕には分からないから、嘆くことも喜ぶこともできない。




