episode24 無償の愛
この世に神様なんかいない。仮にいたとしても、それは人間を救う為に手を差し伸べたりしない。
私が神様だったら良かった。
それなら皆幸せにしてあげられるのに。私の大切な人の運命を操作して、絶対に傷つけないのに。
この世で誰一人、不幸な目に遭わせたりしないのに。
私にとって、自然の摂理や平等さや辻褄などどうでもいい。苦しみや悲しみのない世界さえあればいい。
「…ねぇ、私の願いは間違ってるのかな」
そんな事を聞いても困らせるだけなのに。肯定なんてしてもらえるはずがないのに。
「さぁ、それを判断する権利は僕にはないから。けど、君はそう願わずにはいれないし、僕だって哀ちゃんのしたいようにさせたいよ。君に嫌われたくないし」
淡々と答える猿河氏の翠の瞳を見つめる。ふっ、と目が細められて近くに抱き寄せられた。程よい圧力といい匂いがした。
「欲を言えば僕の幸せだけ願ってほしいけど、きっとそういう事じゃないんだろうね」
「……ごめん…」
私は卑怯だ。最低だ。猿河氏に甘えてる癖に、誠実に気持ちに答えられない。
「誤解しないでよ。僕は良い人間よりなんかじゃないから。君のためにやる事なす事与える気持ちも全部有償だから。前借りさせてるだけだから、今は。いつかまとめて支払ってもらうから」
とか言う猿河氏はなんだかんだで優しいし、お人好しだ。私にとって居心地の良い環境を作ってくれている。だから私は猿河氏から離れられないでいる。
猿河氏にだって罪悪感を感じてないわけじゃない。
でも、今は私には助けなきゃいけない人がいる。やらなければならない使命がある。
「ごめん、もう行かなきゃ」
私は神様みたいに色々な事ができないけど、やれることはやらなきゃならない。
◆
この世に神なんかいない。
いたら、私たちが産み落とされたはずがなかった。こんな存在を許すわけがない。
私たちの事をひとはいう、神のカケラだと。
ふざけるな。こんなものなにが神だ。
私は、たった一人以外どうでもいい。他の誰が傷ついても、苦しんでも死んでも、興味はない。
こんな神がいていいわけがない。
「桃園君は、君だな」
無視したが、彼は話し続けた。抑揚のない声が機械のようだった。
「桃園零、桃園理事長の一人娘という話だがそれは本当か?」
本当か嘘かと聞かれたら嘘だから答えなかった。
「僕の家は桃園理事長と懇意にしていて、個人的に話す事もあるのだが、僕が知る限り桃園理事長には娘はいなかったはずだ」
ああ、そういう事。あのアホが、詰めが甘いんだよ。
「勝手に申し訳ないが、生徒会長として素性の分からない生徒をそのまま通学させる訳にもいかないので、君のことを少し調べさせてもらった」
「…………」
「しかし、君に関する情報はどこにもなかった。家族も出身地も、学校に提出された書類を裏付けるものはなにひとつ見つからなかった」
「…………」
「君は授業に出ない日も多いと聞く。君はもしかしてこの学校に通う別の目的があるのか?」
さて、面倒なことになった。
あいつを呼ぶか、と思ったが近頃また体調を崩して力が不安定になっていることを思い出した。先の事を考えて酷使はできない。
「…鬼丸君、副会長の鬼丸哀のことを君はよく見ているな。彼女や、彼女に関係する人やものを、頻繁に君は一定の距離から傍観しているように見える。僕の思い違いだったら申し訳ないが」
「……」
「君に目的は、彼女に関することか?だとしたら、君は彼女の何なんだ?」
「どうして、それを貴方に言う必要が?」
「僕は鬼丸君が好きだ。彼女に危害を加える可能性があるものは排除しなければならない」
言い澱みもせず、そんなことを言う。
ストーカー気質なのか?彼を振り切るのは骨が折れそうだと直感的に思った。
しかし、同時に利用価値があるとも思った。
「じゃあ、生徒会長さん。貴方は、鬼丸哀のためにどんなことでもできる?」
やはり彼は迷いなく頷いたから、私は彼を手駒として迎え入れることにした。




