[extra23 贄]
◇
「鬼ちゃん、私、末期ガンなんだって」
祐美ちゃんは私にそう告げた。
「えっ…」
最初は信じられなかった。
だけど、よく見れば祐美ちゃんの顔は血の気が無くて、化粧に隠れてはいるけど目元が落ち窪みはじめていた。
「本当、なの…?」
なんで今まで気づかなかったのだろう。
あんなに瑞々しかった腕が、いつのまにかこんなに細い。
なんだか最近疲れているとは思っていた。それは黒澤さんとのごたごたでそうなっているのだと思っていた。
「盲腸で入院した時に言われたんだ。かなり進行が早くて、治療しても回復の見込みないって。あと、半年生きれたら良い方だって」
頭の中で自分の鼓動がやけに大きく響いている。喉の奥が張り付いたまま乾いて、呼吸も上手くできない。
「はるか君たちには言ってないし、ギリギリまで言わないつもり」
うそだ。そんな現実認めない。
「でも、鬼ちゃんに言ったのは、これからお願いしたいことがあるから」
祐美ちゃんは私に深々と頭を下げた。「やめて」と私は叫んだつもりだが、声にならなかった。
「私が居なくなっても、はるか君たちと一緒にいてください」
私はぶるぶる震える事しかできなかった。
「哀ちゃん、私自身は自分の人生に悔いなんかない。普通の女の人の何倍も激しい人生を生きてきたし、嬉しい事も楽しい事も経験させてもらったから」
頭を下げたままの祐美ちゃんの声も震えていた。
「でも、どうしてもあの子たちの事だけは気がかりで心配で、どうしようもないの…」
喉の奥が熱くて、何か吐き出したいのに吐けない。
「私はダメで頼りない母親で、あの子たちに何にも残せない」
そんなこと、言わないでほしい。
「きっとこのままじゃ、皆、だめになってしまう。そして、最初に潰れるのは、はるか君だ。あの子は責任感が強すぎるから…」
祐美ちゃんは、だから、黒澤さんとの再婚を決めたのだ。犬塚君ひとりじゃ支えきれない。
「鬼ちゃんは、希望なんだよ」
それこそ本当は逆だ。
「ずっと見てきてたよ、君のこと。私は君がすごく好きだし、君に救われた事あるんだよ。私もはるか君も。だからきっと、鬼ちゃんがいれば大丈夫。だから、ごめんね。鬼ちゃん、本当にごめん」
私が欲しかったものは、手の届く範囲にありながらいつでも手に入らない。
暖かくて、柔らかい、ありふれているけど、とても貴重なもの。
「はるか君を助けて、守って、側にいてあげて」
ごめんね、と何度か問答を続けた後、祐美ちゃんは言った。
「私たちのために、犠牲になって。鬼ちゃん…」




