episode22 故郷
私の覚えている記憶は手の温もりだ。
雨のなか、その手を握っていたのだと思う。もしくは届かなかったのか。あるいは、私が彼女をつき放したのか。
顔も思い出せない彼女の名前を聞いた時、なにもピンとこなかった。それは私が彼女に対して何も感じてこなかったからなのか。
なんで私は忘れてしまったのか。なんでいつまでも思い出せないのか。
「そんな事まで言い出して、自分のこと責めるとかマゾすぎじゃない?」
…だから、モノローグに入ってこないでよ。シリアスなシーンなんだから。
目も眩むような美形で長身の男がコンビニ袋片手に立っている。花形俳優か男性モデルかと見紛うような容姿だが、一般の高校生だしまさかの私の彼氏だった。自分でも何言ってるか分からないが。
「ていうか、猿河氏なんでいんの。別にこれ旅行とかじゃないし、絶対楽しくないよ?」
「おにぎりツナマヨで良かった?おかかもあるけど」
聞いちゃいねぇよ、この人。
猿河氏は私におにぎりやらお茶やらを手渡すと隣の座席に座った。
そう、今私たちは電車で移動している。
目的地は私の地元だ。地味に遠いので日帰りといっても帰る頃には日が暮れているだろう。
「記憶の手がかりを見つけるためにつっても、僕は別に無理に取り戻さなくてもいいと思うけどね。思い出せなくて困ってることなんかないじゃん。父親には放置されてるし、元知り合いだってロクなのいないんでしょ?聞けば向こうでかなりハードな虐めに遭ってたって話だし。そんな奴らの事を思い出したいって心理が僕には分からないんだけど」
「じゃあ、猿河氏は帰りなよ。ていうか来てなんか一言も言ってないよ!?」
「そんなん、哀ちゃんのこれまでのことを見てたし全然大丈夫じゃないの知ってるし、放っておけるわけないでしょうが!バカちんが!」
「わ、わかりましたって。だから、もう少し声を抑えて下さい」
私だって別に見て欲しくて他人に醜態晒した訳じゃない。しかし、何の因果か私が崩壊している時にきまってそれを猿河氏に目撃されている。そして、助けられている。
確かにそれはありがたいし、今こうして立ち直っているのは氏のおかげであるからだと感じている。
ごちゃごちゃと二言も三言も多い氏だが、秘密を分かち合うと言ってくれてから本当に気持ちが楽になった。
そんな今のコンディションだからこそ、私は過去に一人で立ち向かいたかったのだ。
「本当に一人で来たかったんだけどなぁ…」
「何回言われても帰らないから。うわ、何その自己陶酔全開のブス顔。キモいからやめて?」
ぶちゅ、と片手で顔を縦に絞られた。いや、この潰され顔の方がよっぽど醜いと思うんですけど…。
なんかもうただの珍道中になるような気がしてならない。私は本当に記憶を取り戻すカギを手に入れられるのか。




