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82:


桐谷先輩の眼鏡を私が弁償するのは当たり前の事である。

「別に気にしなくていい」と先輩は言うが、そんなの絶対駄目だ。しかも、壊してしまった眼鏡は絶対に某ゾフとかJI●Sとかいうリーズナブルなものではないだろう。今月の生活費の切り詰めを頭の中で計算していると、桐谷先輩が実に呑気な事を言い出した。


「じゃあ、君が眼鏡のフレームを選んでくれ。その手間賃ということで手を打とう」


全く意味が分からない。

分からないが、涼しげな目元の和風爽やか美形男子に無邪気に詰め寄られて何の抵抗ができよう。何か他に言葉を発しようものなら「ん?なんだ?」とどんどん近付いてくるド天然モンスターに他に対抗策があるなら私に教えてほしい。

私は脂汗に塗れて悶絶した後に結局は了承した。




そして、私は放課後桐谷先輩と前の眼鏡のフレームを選んだ。


頼まれたからには、しっかり選ぼうとした。桐谷先輩をマネキンにさせてもらって。だが、難しい。予想とは別の意味で。縁の太いオシャレ眼鏡も案外似合わなくもない。堅い感じの角がしっかりついている眼鏡だってかっこいい。フェミニンな感じの赤フレームでもさほど違和感がない。

考えてみればそうだ。桐谷先輩はアクの少ない系統の所謂塩顔だし色白だ。普段のイメージのせいであまり意識はしないが。


「んーーーー、先輩はどういうのが好きですか?」


だんだん訳が分からなくなってきてしまった。こんな時猿河氏がいたらセンスよくまとめるんだろうか。


「何でも構わない。君が選んだものなら」


「そんな投げやりな…」


「別に投げやりじゃない。君が選んだということは、より君好みということだろう?間違いなんかある訳がない」


桐谷先輩は実は人の皮を被った宇宙人なのではないだろうか。リアルにこんな王子様みたいな台詞をポロッと吐く人とか…。ヤバイ。軽く目眩が…。


「や、そんな選びにくくなる事言わないで下さいよ」


「そうか?気楽に選んでくれて構わない。どんな眼鏡でも今度は壊れないように大事にする」


そして純度100%に悪気がない。だから性質が悪い。

私の幻視だろう。桐谷先輩がなんだかキラキラして見える。徐々に背中に薔薇を背負っているかようにも見えてくるからまずい。

眼鏡は一種の制御装置だったのだ。桐谷先輩の王子様オーラを抑える為の。だから裸眼で、なんの仕切りもない純粋な慈愛をたたえた視線を受けてこんなにも、辛い。


「…じゃ、じゃあ決めました、この銀縁ので…!」


私がこんなに時間をかけて厳選し選んだフレームは、(前のと一体何が違うんだろうか…もしかして同じ…?)と我ながら思ってしまうようなデザインのものだった。

だってできる訳ない。自分好みに桐谷先輩をカスタマイズなんかできる訳ない。おこがましいにも程がある。


「そうか、ありがとう」


桐谷先輩はデザイン云々については特に言及しないぐう聖だし。ま、いいか。何とかそつないチョイスが出来たとは思うから。


甘かった。

さらに、この後私は衝撃の事実を知るのであった。


「新しい眼鏡?出来るのは来週だ。僕のレンズは特殊加工する必要があるんだ」


「ケロっとした顔で何言ってるんですか…。それ、大変じゃないですか。スペアとか無いんですか?」


「無いんだ。大丈夫、問題な…」


「ありますよ!大有りですよ!!」


店に入る前の数メートルで電柱に危うくぶつかりそうになったのは一体だれだ。しかも、よく顔が見えないからといちいち桐谷先輩に至近距離まで寄られたら身がもたない。それに明日は生徒会の結構大事な会議がある。


「先輩、今からでも眼科でコンタクト処方してもらいましょう」


「それは断る」


先輩はNOと言える日本人だ。









花巻先輩は事の顛末を聞いて大笑いしていた。


「笑い事じゃ無いんですからね、花巻先輩」


むっつり、と答えると花巻先輩はまだひーひー言いながら目に浮かべた涙を手で拭った。


「だってあんた。顔面キャッチで眼鏡破壊とか…ギャグ漫画でも今時やらないわよ、そんなん」


そうか?と桐谷先輩は涼しい顔をしている。

会議は恙無く終わった。資料の読み上げは私がしたし、桐谷先輩には最終兵器ミニルーペを渡していたので質疑応答も上手くいった。時折、桐谷先輩が強く相手を睨んだり(見えない為)、迫り寄ってきて執行部メンバーがビビってしまうような場面もあったがそこは私が入った。事情を説明したら、緊張も解け皆理解してくれた。


「鬼丸君、本当にありがとう。君には助けられたな」


桐谷先輩にぺこりと頭を下げられるが、別に桐谷にお礼を言われる事ではない。

責任は全て私にある。

だから、この際腹をくくるしかない。桐谷先輩の眼鏡が完成するまで私が出来る限界までサポートしようと思った。鬱陶しがられようが、私が勝手にドギマギしようが関係ない。そんなのは二の次だ。


桐谷先輩が登校するのを校門で待って、それから靴箱まで導き教室まで送り届ける。執行部でお昼を摂っている桐谷先輩に同席し強制的にあーんの刑。好物のコーヒーはフーフーの刑。トイレまで連行の刑だ。

桐谷先輩が悪いのだ。私なんか庇うからこんな情けない目に遭うのだ。ざまあみろ。


「妬けるわねぇ、お二人さん」


ため息まじりの花巻先輩に、桐谷先輩が珍しく鼻で笑った。


「羨ましいだろう?」


「言ってろ、バーカ」


花巻先輩は空になった紙コップをテーブルに置いて、鞄からノートを数冊入った紙袋を私に寄越した。


「ちんぷんかんぷんだろうけど、せいぜい頑張って写しなよ」


授業ノートだ。私が花巻先輩にノートを写して下さいとお願いしたのだ。私が使うのではなく、桐谷先輩が黒板を写せない分だけ。

桐谷先輩を朝教室まで送り届けた時、花巻先輩にもお願いしに行ったのだった。


『桐谷に頼まれたの?でも、あいつには必要無いんじゃない?』


花巻先輩は最初怪訝そうにしていたが、私が『一応、下さい』と退かないとあまり粘らず貸してくれた。


『安心して下さい、桐谷先輩には花巻先輩から借りた事はお伝えするので!』


『いや、それは言わんでいい…。ていうか』


『どうしました?』


花巻先輩の長い睫毛がぴく、と少し震えた。


『あんたって、すごいよね。てか、私が鈍過ぎるのか』


心が少しざわついた。

私がしていることがもしかして間違っている?いや、でも今回に限っては正しいはずだ。

それは正しい、はず?本当に誰も傷つけていない?




















「間違ってるね、なにそのプレイ。気持ち悪っ」


猿河氏が軽く舌を出して心底うんざりした顔で私の話を評価した。


「だ、だって桐谷先輩は私のせいで」


「はい、それ。その自責ポーズがきもい」


冷静に考えてみなよ、と猿河氏が話を続けた。


「勝手にボール当たったのは桐谷先輩だし、眼鏡壊したのはボール投げた奴だよ?どこに君の責任が出てくる?」


猿河氏の言葉はまっすぐ私に刺さった。ということは、私は心の片隅で同じ事を考えていたということだ。


「それでも哀ちゃんがそうするのを許しているのはあの人の狡い部分だし、哀ちゃんも先輩と親しくなる機会につけ込んでいるように見える。花巻先輩も寂しい思いをする」


「……」


「君がしたかったのは、中途半端に桐谷先輩を助ける振りをして何もかもぶち壊すこと?違くない?」


「ちが、私は…」


「哀ちゃん」


きっぱり私に告げたあと、猿河氏は妙に優しく手招きした。困り果てていた私は頭を猿河氏に傾けた。


「こんな困った状況に陥ってしまった哀ちゃんを助けてあげよう」


「え?どうするの?」


「僕が桐谷先輩を介助しよう」


「そ、それはやめた方が良いと思います…」


桐谷先輩のさらに渋い顔がなんだか見たこともないのに鮮明に思い浮かばれたので猿河氏の提案は丁重にお断りさせて頂いた。

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