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[extra20 恋のつぼみ]

ハギっち視点


「ミズキ、最近おかしいよ。大丈夫?」


別に普通通りのはずだった。

部活の先輩にまで指摘されるほど、変な事をしている自覚なんかなかった。


大凡女扱いされて来なかった女の子が、ある日たまたま優しくされて恋に落ちるパターンなんて、少女マンガでも散々使い古されたような話なのに。

まさか、自分がそんな状況に陥るなんて。最悪だ…。

恥ずかしくて消えてしまいたい。












「なんで、あいつ(・・・)がここにいんのよ…」


一人頭を抱えていると、顔を上げた犬塚が普通に近寄ってきた。


「萩原か。お前も金城に誘われたのか」


黒目がちの円らな目をくりくりさせている、私より10センチ近く目線の下のえらく可愛らしい男子を前につい後ずさりしてしまう。

やられた…!

友達の金城絢香にハメられたのだと瞬時に理解した。来るんじゃなかった、こんな市内の浮かれたテーマパークなんかに。こんなんならまだ部活の自主練した方がマシだった。

そう。金城は私がこの男子、犬塚はるかに恋愛感情を持っているのを知っていて、お節介なことにくっつけようとしている。


「あ、おはよー。二人とも時間ぴったりだね」


金城は15分遅れてゲート前に来て、悪びれもしない。何人か他の友達達もきた。それを見ながら一人犬塚が不思議そうな顔をしていた。


「鬼丸は?」


「あー、鬼丸さんね。用事があるから今日はパスだって」


……そういうことね。要は鬼丸で釣ったんだ、金城は。犬塚は大勢でワイワイ遊ぶ事を好むタイプじゃない。


(鬼丸がいるなら、ちゃんと来るんだ…)


別にいいけど。

知ってるし。犬塚と私の友達の鬼丸の仲が良いのはわかっている。それは多分私の付け入る隙のないほどで、鬼丸は確実に犬塚が好きだ。つまり私は友達の好きな男子を知りつつ後から惚れてしまった完全なる横恋慕だ。


(帰りたい…)


報われようなんて出来るわけない。そもそも私には恋愛なんかより大切なものがある。折角バレー強豪の桃園に入ったのだ。やれるだけ全力で結果を残したい。


「ま、いーじゃん。犬塚、ほらこんな美少女達に囲まれるなんて滅多にないよ?」


と、金城はにゃは☆と笑った。にゃは、じゃねーよ。にゃは、じゃ。

白い目で金城を見ている事に気付いたのか、金城は今度は私の方に来てポンと私の肩を軽く叩いた。


「瑞季も!なんかテンション低いよ?爆上げで行こうよ〜犬塚もいるんだしぃ」


「なっ…」


なぜそこで犬塚に振る?大胆不敵に私の気持ちをバラしにかかる金城に、とっさに顔に一気に血がのぼる。


「なに言ってんのよ!ふざけんなっ、金城!」


思った以上に大きく出てしまった声と、生暖かい後ろの男女の視線に泣きたくなる。これはもう告白してるようなものじゃないか。


「なんでそこに俺が出てくる…?」


しかし、犬塚はきょとんとしたままだった。

切り株から這い出してきた小動物みたいな顔をしていた。こいつ…。

もしかして、犬塚だけ何も気付いてない?

まさか、ここにきて犬塚はるか鈍感説?…そうなのか?まさか、もうクラス中に私と犬塚と鬼丸のモヤモヤした事情が知れ渡っているというのに?嘘でしょ…。


「…なんでもない。ほら行こうよ、もう。寒いし」


助かったような、なんか虚しいような変な気持ちのまま私は他も待たずに歩き出した。

大体、こんなの私のガラじゃない。





別に真新しくもないし、初めて来た訳でもない田舎の遊園地は2時間も遊んだら飽きてきてしまった。

スリルもくそもないジェットコースターに乗って、季節外れのトロッコ式のホラーハウスで無駄にキャーキャー叫んで、この寒いなか手漕ぎボートに乗って余計に冷えて、園内のカフェでカレーうどんを食べて、もう他にする事も思いつかなかった。


「じゃあ、午後からは自由行動で」


金城が不穏な事を言いだした。

また、私と犬塚をどうにかくっつけようとしているような空気が感じられたので、先手を打った。


「あ、私なんか疲れたから先に帰るね。悪いけど」


空気なんか読まない。元々、私の気持ちなんか汲み取らない奴らにそんな気をつかう義理がない。


「ちょ、ちょっと瑞季…」




『誤解だよ、ハギっち』と、あの日鬼丸は殆ど泣きそうな顔で私に必死に訴えた。


『ていうか、実は私って犬塚君にキッパリサッパリと振られてるから大丈夫だよ!全然考えられないんだってさ!だから安心してよ、ていうか寧ろハギっちの事は応援してるからね!』鬼丸に、友達にそんな事を言わせた私は最低だ。

犬塚と鬼丸はまだ付き合ってなくても、いつかは付き合うのだろうと漠然と思っていた。そうなったら思いっきり祝ってやろうと思っていた。


こんなはずじゃなかった。




「隣、いいか」


帰りのバスを待つ為にベンチに座っていたら、今最も会いたくないやつが付いてきた。


「だめ。立ってなよ」


中性的で小柄な見知った男子は、そう答えると律儀に隣に座ったりなんかしなかった。

心臓が痛いくらいに激しく拍動する。頬が破裂しそうに熱い。顔なんか上げられる訳なかった。こんな不意打ちで近付かれたりしたら。


「…な、なんで付いてきたわけ?」


「付いてきた訳じゃねーよ。俺も帰りたかったんだよ」


俯いたままの私に犬塚は特に不審がる素振りは見せなかった。


「あんまり得意じゃないんだよ、こういう集団行動。普段あんまり絡まない奴らばっかだし」


知ってる。見ればわかる。

よせばいいのに、私はまた余計な事を言おうとしている。


「鬼丸がいれば、良かったね」


口にした瞬間、胸が痛い。ごまかすようにまた言葉を吐き出す。


「…あのさ、鬼丸に聞いたんだけど。なんで、あの子のこと振ったわけ…?」


そしてまたろくでもない質問をしてしまった。


「萩原にまで言ったのか、あいつ…」


犬塚は小さく呻いた。どうやら、鬼丸の話は本当だったらしい。


「何でも何も…。そういう関係になるのはどうしても考えられなかったから」


「なんで。タイプじゃなかったから?」


「タイプとかそういう問題じゃねーよ」


「じゃあ、何」


「…なんで、そう俺と鬼丸の事にどいつもこいつも食いついてくるんだよ…。…ま、あれだ。あいつは妹とかにしか思えないだけ…なんだよ。どうかしたか?」


「別に」


付き合えば良かったのに。そうだったら、私は今こんなに苦しまなくて済んだ。


「犬塚」


(もし、私があんたの事を好きになったって言ったら、私も潔く振ってくれる?)

そう言おうとした瞬間、犬塚が先に口を開いた。


「そうだ。萩原、来月大切な試合あんだろ?風邪引いたらまずいだろ。これやるからつけとけ」


いきなり、犬塚が自分が着けてた手袋を私に寄越してさらにマフラーまで私に巻きつけだした。


「いらないいらない!あともう帰るだけだし!」


「見てたら寒々しいんだよ!なんでこんな時期に生足出してんだ、季節感ゼロか。ガリガリくせに」


「い、犬塚だってヒョロいじゃん!」


別に着込まなくてもそんな寒くないんだもん。


「俺はカイロ8枚貼りだ」


「それ全然威張る所じゃないから」


…犬塚って意外と寒がりなんだな…。


「ていうかこんな高価そうなもの貰えないし」


「あ?毛糸代しかかかってないぞ。一週間くらいで出来たし」


「…手編み?」


犬塚のお母さんが…?いや違う、犬塚だ。犬塚が家事全般得意でこういう女子力高い趣味をしているのを鬼丸から聞いた事がある。


手編みの手袋とマフラーとか、ますます貰えない…。なのに、握りしめたまま動けない。嬉しくて心苦しい。でも、やっぱり嬉しい。


「あ………ありがと………」


犬塚は「おう」とどこか満足そうに答えた。

間も無くしてバスが来た。中に乗り込んだ私と犬塚は少しだけ話をした。それだけだった。

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