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本当、面白くない。
自分の恋人にあたる、アレ(鬼丸哀)についてだ。
異性にモテるタイプじゃないが、僕の彼女はこの学校で約2名の男子と特に親密にしている。ていうか一歩間違えればそういう関係になりそうな程に見える。本人達がその事に各々自覚しているかは別として。此方としては、それが少々面白くない。
そりゃあ、別に好きあって始めた交際じゃない。そういう感情を醸し出し始めたら、哀ちゃんはきっと逃げるように全力で引くだろうとはなんとなく予想はしている。だから、そういう体だ。
ただ彼女の中のその恋愛の基準はかなり緩い。キスは当たり前にしてるし、体だって殆ど全身見たし触った。やりようによっては一線だって超えられない事もない。そこまでは許容されているようだ。
その前提があって、普通他にフラフラできるのか。それがまず理解不能。
しかも、此方が異性関係をきれいにして、相手が近寄り易いような環境を作るというお膳立てをした状況でだ。
彼女は、誰かに恋愛感情を持つ事・持たれる事を警戒している。何が原因でとかははっきりとは言わないが、その言動から大体分かる。よっぽど鈍くなきゃ分かる程あからさまだ。
ただ、アレは子供ながらに男がいなきゃ生きていけない女の典型だ。本質的には、男を求めている。あまりに一人では無力で情けなく、同性に頼るのも限度があるからだ。
しかし、きっと自分では死んでも認めないだろう。ていうかそんな選択をしようものなら死にそうでもある。縁起でもないが、冗談でもなく。
だから厄介だ。単に、男に媚び売る発情期の雌猫みたいな女ならずっと楽に手篭めに出来た。周りなんていくらでも欺いて上手くやればいい。
頑固な自我なんかあるから、動くに動けないし言うべき事を言えない。非常にもどかしい状態を取るしかない。
…話が逸れた。
つまりアレ。自覚のないビッチって本当タチが悪い。注意しても注意しても、本人は永遠に理解しないし止めない。
あまりにひどいから、直さないと絶交だと言ったっきり無視する事にした。
今まで、あんなにべたべた甘ったるい付き合いをしてきたのだ。寂しいとか悲しいとか、そう思って反省するかと思ったら。
彼女から僕に連絡を取ろうとしたり接触を試みたのは、僕が知る限り最初の3日内の事で、後は自由だと言わんばかりに他の男と遊んでいた。此方には見向きもせず。
は?
え、なに?全然直す気ないじゃん。僕、絶交って結構マジ顔で言ったよね。で?その上で、出した答えがそれ?
押してダメでさらに引いてみたら、そのまま放置されてんの?この僕が。
ああそう。哀ちゃんにとって、僕は別にわざわざ追って操を立てるほどの価値のない男なんだ。まぁ、そうだよね。他に二人も選択肢がいるし。冷静に考えればそうだ。
普通に人でなしだと思う。
必要とされない現実に、あまりに胸が痛い。苦しくて、腹が立って、しかも悲しい。とんだ思い上がりをしていた自分が惨めで痛々しい。
でもそれ以上に寂しくて堪らなくなってしまった。一度心が折れると、恋しさが止まらない。
馬鹿か。こんな扱いを受けているのに馬鹿か。もうこんな女見捨てればいい。探せばまた気の合う女はいる。まだ先は長いんだし。
自棄になって、ジムに鬼のように通いつめては初心者っぽい女の子に声をかけてみたり、父親の知人が経営するクラブに飛び込みで夜な夜なバイトしてみたりして時間を潰した。
だが、ダメだった。
もうなんか鬼丸哀に近そうな人間ばかりに目がいってしまうのだ。知り合って当たり前だけどそれが彼女とは別人だと分かると、気持ちが波のように引いていく。相手が普通にあいつより条件がマシな人間だとしてもだ。何をしても心が踊らない。楽しくない。
挙げ句の果てに、絶交なんて無かった事にしてまた元鞘に戻ってしまいたくて仕方がなくなってきた。もういい。残念ながら今回は思惑通り行かなかったんだから、またもう少し信頼関係を築いてから独占すればいい。かなり不服だがそれで我慢するしかない。本当に嫌だけど。
しかし、絶交宣言から二ヶ月近くも経ってしまった今完全に復縁するタイミングを失ってしまっていた。
どの面下げて連絡を取る訳にも行かないし、偶然を装って接触しようとわざわざ登下校時にB組の下駄箱付近に張ってみたり、休み時間に教室の入り口あたりをうろついてみたりした。だが、生意気な事に完全スルーされる。
気付いてないわけがないだろうに、目が合わない。声をかけられる事もない。あげく、犬塚に「目障りだから、巣に帰れ!」と喧嘩を売られる始末。放課後は、生徒会のミーティングだとかで桐谷先輩のガードが固くて近寄れないし。ていうか、なに勝手に生徒会入ってんだよ…。腹立つわー。
もういっそ一人になった所を捕獲して、連れ帰ればいいんじゃない?とかおよそ悪策しか思いつかない。焦らされすぎて精神状態がヤバい。犯罪まがいの事を必ずとも仕出かさない自信はなかった。
自分が落ち着く為に、昼休みに屋上の風に当たりにいくと先客がいた。鬼丸哀だった。
え、今このタイミング?と動揺した。
意図せずがっつり目が合って、動けなかった。
ふわふわのお下げが風に揺れているのに、触りたかった。柔らかい唇に吸い付きたかった。
「あの」
色々と話す事を考えていたはずなのに、言葉が出てこない。恥ずかしい事にこの僕が、哀ちゃん相手に緊張しているというんだろうか。
焦るばかりで一向に沈黙ばかり続く。哀ちゃんがいつ飽きてこの場から出ていくかが怖かった。
しかし、哀ちゃんは柔らかく微笑んだ。そして僕に向かって両手を広げた。
「猿河氏、おいで♡」
これだけ。たったこれだけの言葉に泣きそうになった。死ぬほど嬉しかったし、即座に助走をつけて飛びつきに行ってしまった。
「ぎゃああ!猿河氏!?ちょっ、ギブギブギブ!分かった!一旦離して落ち着こ?」
負けた。悔しいがもう完全に鬼丸哀に手玉に取られている。しかも、自分が好きな扱い方を把握されている。
「聴いてる?だから、むご…ごめんて悪ノリした…んっ……や」
この子とのやっぱりキス気持ちいい。特に技巧があるわけでもないし何が違うのか分からないけど、体温とか柔らかさとか舌の吸い付き方とかが丁度良い。近距離にいることによって濃厚に感じる相手の香りが嬉しくて嬉しくて仕方がない。
「………」
体を一旦離して、ぐしゃぐしゃに蹂躙された彼女の顔を見下ろす。安堵したかのように、ゆっくり目を開けていき「もー…」と牛みたいに鳴いた。
「加減をしようよ、猿河氏は…。私、猿河氏に全力でこられたら死んじゃうから。……猿河氏?なにやってんの…?なんでベルト外してんの、何ズボンの金具カチャカチャ言わせてんの!?いやいやいや!」
「したい。今すぐ」
「ほんと頭おかしい、この人…」
だって足りないよ。言葉で伝えられない分、体を使って愛情を示したい。繋がれるんなら、境界失うくらい繋がりたい。
「無理なら、先っちょだけにするから」
「だめです!あぁ、もう昼休み終わるよ?教室戻るから退けてよ……ダーリン…」
ほんとこの子はずるいなぁ。紅葉みたいな頬っぺたしてあざとく目を逸らしちゃってさぁ。そんなわざとらしいのに今更引っかかる僕じゃ…。
「えー、じゃあ続きは授業終わったらね。ハニー」
まぁ、今回は引っかかってあげるけれど。
とりあえず仲直り出来ただけで良しとするか。




