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72:


ハギっちに見られてしまった。

深夜に犬塚君と二人で歩いている所を。


実際、疚しい事なんかひとつもない。犬塚君は私をまるで異性だと認めていないし、甘酸っぱい雰囲気は皆無だ。

だけれど、犬塚君に好意を寄せているハギっちに目撃されたら、余計な誤解をされかねない。うっかりライバル認識されたら嫌だし、裏切り者の烙印を押されて絶交されるのも嫌だ。

なので、私は登校してすぐに朝練帰りのハギっちに事情(犬塚家に寝泊まりしているとかの話は伏せて)伝えた。




「…は?」


しかし、ハギっちは不機嫌顔のままだった。

眉間に皺が寄り、険しい表情。私はなんだか怖くて、空回りしながら言葉を我武者羅に吐いた。


「ていうか、実は私って犬塚君にキッパリサッパリと振られてるから大丈夫だよ!全然考えられないんだってさ!だから安心してよ、ていうか寧ろハギっちの事は応援してるからね!あ、なんなら一緒に犬塚君のお家行く?きっと歓迎されるよ!」


しかし、何を言ってもハギっちの顔色は良くなくて、真っ赤な顔のまま俯いた。体調でも悪いのかと、彼女の顔を覗き込むと鋭い敵意剥き出しの目で睨まれた。


「ふざけんな」


ドスのきいた声にビクッと体が震えてしまった。


「あんたも、金城も、なんなのよ!コソコソと裏でやりやがって、気に入らないのよ!そんな事してくれって誰が頼んだ!?私はあんなやつの事なんかどうでもいい!考えたくない!大会も近いし、私はそんな下らないものになんか振り回されたくない!!」


激しく怒鳴られ、体を揺さぶられた。

何ひとつ言い返せなかった。ごめん、の一言も言えなかった。


そうだ、誰もハギっちの気持ちを考えてやれてなんかなかった。本当に彼女がどうしたいかなんか知らなかった。


「大体なんで皆に知ってるのよ、なんで犬塚に近寄るだけで変な気を遣われなきゃなんないのよ。勝手にあんたから犬塚を横取りしたとか、言われなきゃなんないのよ。ふざけんな、私は何にもしてないのに」


怒鳴り声はいつの間にか嗚咽にかわっていて、ハギっちの足元に雫がぼとぼと落ちた。


「あんなやつ、好きになんかなりたくなかった。だって、こんな格好悪い…苦しい、痛い」


知らなかった。ハギっちが一人でこんなに傷付いていたなんて。

嫌がられるかもしれないけど、他に彼女のために何をすべきかわからなくてその体を抱きしめた。謝罪も込めて。








ハギっちの気持ちは痛いほど分かる。

散々、私も犬塚君との仲を冷やかされまくったのだ。本来、こんなデリケートな事は他人が介入すべき事ではない。それはハギっちもキレるわ。


「どした?腹痛いのか?」


…犬塚君を巡って人があんな苦しい思いをしているのに、犬塚君は全くそんなのに気付かずにケロッとしている。

くりくりの愛くるしさ120%のお顔をやや傾けて、もうここまでくるとあざとさすら感じない。


祐美ちゃんもやっと、明日退院だ。

無事何事もなく家に帰れるようで良かった。私も安心して家に帰れる。


「べっつにぃ〜」


深夜にこうして犬塚家でだらだらする理由なんか、もうなくなるのだ。清々する。


「なんだよ。何か言いたげな顔しやがって。言いたい事あんなら言えよ」


「あのさぁ…」


テーブルの上に右頰を乗せて、性懲りも無く私の下着を洗濯した上に干す変態同級生を見やる。


「ちゅき、いぬづかきゅん」


「!?」


ギョッとした顔で振り返ったと思ったら、床に散らばって転がる空缶をみて「あぁ!?」と声をあげる。


「鬼丸お前、また冷蔵庫の酎ハイを飲んだろ!!馬鹿たれが!あーあ、据わった目をしやがって…寝ろ!もう」


よく分からないけど頭がぐるぐる回る。楽しい。えへへへへ〜と訳もなく笑ってしまう。

犬塚君に上方向に引っ張りあげられて、それが何かツボに入って笑い転げる。


「ほら行くぞ…うおっ!?」


ぎゅむ、と昼間ハギっちにしたように犬塚君にしがみつくと面白いほどに犬塚君がビビっていた。ウケる。私のどこにそんな脅威があるというのか。


自棄っぱちだった。

もう私にどうしろというのだ。犬塚君に近づくのも駄目で、かといって気を回してもいけないし犬塚家に何かあるたびに思うきっと私は放ってはおけないし、きっといつかは打ち消せないほどの邪な願望を抱いてしまうだろう。


「えへへ〜ほんとうだぁごつごつだ〜」


無遠慮にその体を触り尽くしていくと、犬塚君が焦ってもがいていた。基本は華奢な造りのくせにやはり女子とは違う。


「バカ止めろ!ていうか離れろや、酔っ払いが!むご…」


キャンキャンとうるさいなぁ…。輝君と昴君が起きてしまうじゃないか。

私は狂っていて、特に何も考えず自分の口を使って犬塚君の息の根を止めにかかった。


「っあ」


それでも犬塚君があまりに抵抗するから、それを抑え込むようなかたちで転げた。

無残にも犬塚君は私の下敷きになってしまう。起き上がろうとする犬塚君を重たいお尻が邪魔をする。それを私はにやにやしながら見下ろした。


「お、鬼丸…」


身動き出来なくなった犬塚君が途方にくれたような、泣きそうな顔をしている。身体中真っ赤で、今にも破裂して四散しそうな危うさがある。

けれど私はそんなの御構い無しに悪意に塗りつぶされていて、その愛らしい顔面に唇を落とした。舐めた。歯を立てた。その度に犬塚君が身震いした。


私は、なんて邪悪な人間だろう。


…こんなにお世話になっていて、大事な友達が好きな男の子に、何をしているのか。


「…あつい」


部屋着ジャージをはじめ着ているものを次々脱ぎ捨てた。それだけの事なのに犬塚君は自分の両手で顔を覆った。そして私の下でぶるぶる震えていた。

ひっく、とひゃっくりが出た。本当に嫌なら力づくでも私を押し退けて転がせればいいのに。

中途半端に優しいから、そういう目に遭うんだよ。


「私の事を、受け入れてよ」


目が回る。ぐらついてあらぬ方向へ倒れこみそうになった所を犬塚君が両手で支えた。


「あ、見た」


「うるせぇバカ!!冗談も休み休み言えよ!」


脇の下に掌が嵌まっているので、もれなく当たってもいる。ていうかほとんど鷲掴みになっている。こきん、と犬塚君は全く固まってしまい動かない。視線も合わない。


「私の事を、必要としてよ」


犬塚君に向かって両手を必死に伸ばすのに、爪の先で衣服を掠めとる事しか出来ない。


「私を」


視界がますます霞んできて、意識が遠のく。


「一人にしないで」


言ってはいけない事を言ってしまった気がする。

いや、これは夢だ。そんな事、私が他人に言う訳がない。













「…?」


朝日が目に入り、むくりと起き上がった。

なんだか変な夢を見た気がする。けれど普通に服も着ているし布団に入っているから、大丈夫だったのだろう。


「ふぁあ、おはよう犬塚君……どうしたの?」


犬塚君は目の下に色濃い隈を作り、リビングでブランケットに包まっていた。そして部屋中異様に綺麗。モノはきっちり整理整頓され直しているようだし、床は磨き上げられてピカピカだ。キッチンのシンクなんて自分の顔が映るほどだ。…まさか、夜通し大掃除を?


「またなんで…ていうか言ってくれたら、手伝ったのに…」


「うるせえ」


犬塚君はその後、3日口を聞いてくれなかった。なぜ…。


猿河「なんか今、すごくムカつく事がどこかで起きた予感がする…」

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