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「ねー犬塚ぁ。来週の日曜ヒマ?ヒマよね。じゃあ、皆で遊びに行かない?遊園地行かない?ちょっと遠出してさ」
金城さんが教室で犬塚君に話しかけているのを聞こえてしまう。
「行かねぇ。ヒマじゃねーし」
むっつりと犬塚君が断わって金城さんが「え〜」と残念がっている。
「なによ、部活もしてないくせに。どうせ面倒だからとかでしょ。いいじゃん、人が折角誘ってあげてるのに」
「余計なお世話だ。つーか、なんでいきなり俺なんだよ」
聞こえない関わりを持たない事を決め込んで机に突っ伏しているところに、土屋君が私の机の横でしゃがみこみ「アレ、阻止してやろうか?」と耳打ちしてきた。いや、いいって。
「だって鬼丸さんも来るよ?ウチらのメンバーの中に鬼丸さんだけだから、完全アウェーになってかわいそうじゃん」
え゛っ…!?
知らないよ?私そんな事全く聞いてない。
びっくりして振り向くと、金城さんと目があった。…あ、そう言うことか。当日ドタキャンすればいいだけか。私はあくまで餌にすぎないという事か。
「…………わかった。考えとく」
犬塚君の渋々といった返事を、妙にざわつく胸を押さえながら私はまた机に伏せた。
◆
「アレは反則だろ、金城のやつ」
土屋君が私の隣でこれ見よがしに呟く。
たまたま選択科目が同じなのだ土屋君は。今日に限ってわざわざ私の真後の席に座るので反応せざる得なくて困る。
「べ、別にいいじゃん。私、行かないんだし」
「えぇ!?行かないのかよ!」
だからまた、そんな大声で…。
「哀に牽制しておきながら、いいように利用するとか腹立つわね。あんなやつの言いなりになっちゃだめよ」
隣の沙耶ちゃんまで真面目顔で会話に参戦する。彼女の眼の中に炎が見える。こうなった彼女を鎮めるのには時間がかかる。
「おう、望月。気が合うな。じゃあ、俺らが対抗して鬼丸と犬塚の恋のキューピッドになるか!」
がし、と固く握手をする二人に、いやいやいや…と頭を抱えた。
そんなの、なって貰ったら困る。私が完全に置いてきぼり食らっているのを、気付いていない。
「ていうか私、犬塚君には綺麗さっぱり振られてるから!だから、もう誰に対抗する資格もないんだって」
諦めてもらうつもりでそう叫んで訴えた。だって紛れも無い事実だし。
「は…?」
だが、固まってしまった二人を見て、私はその考えが浅かったのを悟った。
「いつ?なんで?」
「…体育祭の後くらいに、れ、恋愛とか考えられないって…」
「うっそ…」
2秒ほど絶句した後、ガタッといきなり沙耶ちゃんが席を立った。
「ちょっくら犬塚にその辺の事を問いただしてくるわ。土屋、あんたも来るでしょ」
「おうよっ、犬塚の野郎またあいつも変な所で意固地になるからな〜…」
なんで私と犬塚君の事ごときに二人がそんなに一生懸命になるのか、理解出来ない。迷惑とは言わない。けれど、もう少し私の言っている事も、まともに受け取ってほしい。
「ごめん、やめて?正直言うとこの話そんなに蒸し返されたくないんだ。もう全部終わった事なんだしさ」
あんまり怒ってる感を出したくなくて意図的にヘラヘラ笑いながら柔らかめに言ったが、沙耶ちゃんと土屋君の表情は強張っていた。失敗した。
「すまん、鬼丸。俺たち無神経だったわ。そうだよな、お前はお前で色々頑張ってたんだもんな」
いや、そんな頭を直角に下げないでよ。土屋君!
この人も割とピュア属性(熱血系)だから時々扱いに困る。沙耶ちゃんは沙耶ちゃんはめっちゃ怖い顔で私の事睨んでるし。
私は嘘は言っていない。少なくとも今回の場合は。
しかし、とても心苦しい。だけど私も立場上なにも無抵抗で何も言わないわけにもいかないのだ。誰にも何も悟られずに上手く立ち回れるほど私は器用ではない。
で、だ。
二人にはそうはいいつつ、夜な夜な犬塚家に入り浸る私ってどうなのよ。
鼻歌交じりにごりごりと長芋を擦っている隣の犬塚君を横目で伺いつつ、思う。いや、近頃はもうずっと罪悪感に苛まれているのだけど。
私は私で小チワワズと一緒に枝豆を剥いている。たまに枝豆をつまみながら。
「剥く以上に食ってんじゃねーか。この食いしん坊め」
完全にペットを構ってるモードの笑顔じゃねーか。
「いやぁ、犬塚君の畑で採れた枝豆おいしいくて。君は立派な農家になれるよ…ファーム犬塚の野菜なら私買いに行くよ」
「ばかもの。お前もファーム犬塚で働くんだよ、飯代代わりには薄給でこき使ってやるから覚悟しろ」
「なんで住み込み前提やねん」
見てーこんなにできたよーとお椀いっぱいの豆を見せてくれる輝君と昴君の頭を撫でる。
家庭菜園いつの間にかかなり充実してたもんな。割とガチで農業男子だよ、君は。満更でもなさそうだし。
「そうだ。そういえば明後日だよね、裕美ちゃんの退院日。良かったね、術後順調に体力戻ってるみたいで」
それほど大事にはならなくて本当に良かった。やっぱりこの家に裕美ちゃんがいないと寂しくて仕方ない。
他人の私がそうなのだから、輝君や昴君そして犬塚君が不安定になるのは無理もない話だ。
早く元通りになってほしい。またいつもの賑やかな犬塚家に戻ってほしい。それが私の目下の願いだ。
「ほんと心配かけやがって、あいつは…。ていうか、お前にも面倒かけたな。礼するわ」
「え!?いやいいって。逆にいつもお世話になってるお返しだって、ていうか大したことなんかしてないし」
振り返ると本当になんもしていない。家事ならいつも通り犬塚君がやってたし、私はただ一週間弱犬塚家にまた寄生していただけだ。大義名分を理由に。
「大した事だよ。アレだ、もういろ。お前ここに」
「え˝ぇ!?」
私が女子とは思えないとんでもない悲鳴をあげて、はじめて犬塚君は自分の発言のヤバさに気付いたのか一瞬で頭部が爆発した。ぼふん、ってマジで。
「いやっ、違うぞ…?そそそういう意味じゃ、違うからな。特に深い意味を込めて言ってるんじゃ」
「犬塚君擦れてる、手めっちゃ擦れてるよ」
ぎゃああああ、と血まみれの右手を掲げて犬塚君が飛び上がった。よそ見して芋擦るからだよまったく。
芋はすっかり血が混入してるし、まったく食べ物を粗末にしない犬塚君らしくない。こと恋愛関連の話になると、テンパる犬塚君。あまりの動揺っぷりに逆に私が冷静になってしまう。
とりあえず、犬塚君は手をなんとかしなさい。
◆
「犬塚君ってさぁ、今好きな人とかいないの?」
そして、その上でそんな事を質問する鬼畜な私。犬塚君は「お前なぁ…」とため息をついた。いや、別に食い下がっているわけじゃないよ。
夜中、無性にアイスが食べたくてコンビニに行こうとしたところを犬塚君に呼び止められ、「夜道は危ない」と言ってきかず結果彼も同伴する事になったのだ。
「いないし、この先作る気もない」
きっぱりと犬塚君が断言したのに、少し驚いた。
「なんで。犬塚君モテ期なのに」
「モテてねーよ。俺を好きだって言ったの、お前くらいだよ」
うん…?もしかしてこの人、ニブ塚君かな?
首を捻る私に、犬塚君は前を向いたまま言葉を続けた。
「例え好きな奴が出来たとして、それで誰も幸せにならない。むしろ傷つける。自分だけならまだいいけど、周りも巻き込んだら最悪だ」
犬塚君は、何があったの?
普通は高校生ってもっと身軽な生き物なんじゃないの?若者の恋愛観じゃないよ、それ。
…というツッコミは敢えて入れなかった。私も人の事は言えないからだ。
そっか、とものの分かった風に相槌をうつだけに留めた。
「あれ」
白いトレーニングウェアを着た人が横断歩道の向こう側から走ってくるのに、なんとなく目が行く。なんか見覚えがある。すらりと背の高くて、ショートヘアの…。
そして気付いた。
あれ、ハギっちだ…。
「ど、どうしよう」
見られた。やばい。犬塚君と一緒にいる所をハギっちに見られてしまった。しかも、こんな夜中に。
どくどくと心臓が嫌な拍動の仕方をしていて、痛いし苦しい。
私たちに気付いたかはわからないが、ハギっちはそのまま走り去ってしまった。
私は、今から必死にこの状況の言い訳を考えていた。




