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「桐谷雪路、桐谷雪路に清き一票をよろしくお願いします!」
吹っ切れた。別に私が生徒会長になるわけでもないんだし、やるからには徹底的にやろうと私は張り切って応援する事にした。
タスキはするしハチマキもしたし、すれ違う生徒に宣伝も欠かせない。…若干、桐谷先輩や他生徒との温度差があるような気もしなくはないけど。
猿河氏はあの一件以来、まったくもって無視をきめこんでいる。
出くわして声をかけてもツーーーーーンとそっぽを向いて、私の事を存在しないものとして扱っている。あんなに頻繁に流れてきた自撮り写メもメッセージも電話も全くない。セクハラまがいにべたべたくっ付いていた日々が嘘のようだ。もう猿河氏とはこのままなのかもしれない。
「哀、あんた桐谷先輩の推薦人って…。一体なにやったの」
教室で沙耶ちゃんが訝しげに聞いてきた。今日の昼休みも放送室で全校生徒向けに演説会を行う予定だ。
「な、何って…。桐谷先輩とはなんていうか、友達なんだよ」
「は?」
信じられないものを見るような顔で私を見られたので、ヘーイ!!とハイテンションで沙耶ちゃんに軽くタックルをかますが、「割とマジでウザい」と一蹴されてしまった。
「桐谷先輩はめちゃくちゃ良い人だよ。猫好きだし〜笑顔が下手っぴだったり〜あと、すっごく優し…」
そこで我に返った。
…もしかして、私、今絆されている?なんか限りなく以前の状態に近付いている気がする。あんなに盛大に無理ですとか言っておきながら、ころりと桐谷先輩の応援しながら普通に接してしまっている。私って流されやすすぎでは…いや、今に限った事じゃないけども。
私は何のために桐谷先輩から距離を取ったのか。思い出せ。こんな様子ならいつかまた自分で自分の首をしめる事になる。
「ま、まぁ、そんな訳でめちゃくちゃ良い人だから、ぜひ桐谷先輩に清き一票をヨロシク★」
「?そりゃ、実績あるから桐谷先輩に票入れるつもりだったけどさぁ」
よし、一票ゲット!
私がリサーチした所、桐谷先輩の予想得票率は高い。やはりこれまで二期通して生徒会長を立派にこなしてきただけある。しかし、支持しない層があるのも確かに存在する。先輩の恐怖政治(誤解)なんてもう沢山だという生徒や前例に従わないやり方を好ましく思わない生徒もいる。そして桐谷先輩は決してやる気がない訳ではなさそうだけれど、イメージ払拭には積極的ではない。
『無理に生徒全員に票を入れて貰わなくてもいいんじゃないか?彼らの意思は尊重するべきだと思うし、今彼らに見えている僕の姿こそ真実だろう。それを変える事は彼らに嘘をつくという事だろう』
桐谷先輩は涼しい顔で私の報告に答えた。
そういえば、生徒会と放送局の確執は有名で校内新聞では生徒会長選挙がまるで二人の因縁の争いみたいな書き方をしており大変盛り上がりをみせていた。私も写真にばっちり写っており、ちゃっかりインタビューなんかも受けてしまった。二人の事情は直接的には知らないから大した事は話さなかったけど。
花巻先輩も謎だ。
なんで自分も生徒会長に立候補しておきながら、桐谷先輩を対抗馬に推すのかよく分からない。生徒会長に本気でなりたいのなら、その気のない桐谷先輩がいないほうが絶対いいはずなのだ。だけど、私にけしかけさせてまで桐谷先輩を立候補させて一体何がしたかったのか。
(桐谷先輩が好きだから…?)
ぶっちゃけそれは傍から見てバレバレなのだ。口ではつっけんどんだしツンツンしているように見えるけれども、本当は誰より桐谷先輩の事を理解しているし心配しているのだ。ただ素直になれないだけで。桐谷先輩は桐谷先輩で最初から花巻先輩には嫌われていると思い込んでいるようだし。一体どこからこじれてしまったのか。折角お似合いなのに勿体無い。
「あーい?どうしちゃったのよ、ぼーっとしちゃって」
「え…ああ、ゴメンゴメン!そーだ、私行かなきゃ!じゃ、沙耶ちゃんまた明日!!」
放課後すぐ明日の選挙のリハーサルがある。
そう、もう明日なのだ。なんかもうあっとういう間だった。未だにどこか心と頭がついて行っていないのを空元気でごまかしている気がするけど、だんだん緊張してきた。
リハーサルは体育館の会場設営から始まって、全体を軽く一通り通してひとまず終了した。
桐谷先輩はいつも通りで特に力んでいるとかいうのは感じない。いつも通りマイペースで、何気なく私のパーソナルスペースに入ってくる。
「そうだ、もう遅いし今日は家まで送る」
「え!?いいですよ、別に私バスだし」
「ではどこかでお茶でもしないか」
「いやいやもうなんだかんだで六時まわってますよ。明日の事もあるし、早めに休んだほうがいいですよ」
「…そうだな。悪かったな」
だからそんな簡単にしゅんとしないで下さいよ。本当に困る。なんだかすごく私が冷血みたいじゃないですか。
本当に桐谷先輩は…。折角私が変な事にならないように距離感を保っているのに、それをなんのてらいもなくそれを飛び越えてくるから対処に困る。そして、それを拒否するのもなんだかいちいち心が痛くなるので厄介だ。
「なら、せめて校門まで一緒に…」
そんな事を話しながら玄関を一緒に出て、見慣れた後ろ姿を発見した。すらりと手足の長くて少しの捩れもないストレートヘアとカチューシャが印象的な彼女は花巻先輩だ。
「ハラマキ先輩!」
「誰がハラマキよ!!花巻ね、ハ・ナ・マ・キ!…って、あんたたちかよ…うっわ」
ノリよく振り返った花巻先輩だが、私と桐谷先輩だと確認するとかなり嫌そうに顔を歪めた。私は桐谷先輩との気まずいムードを打破するチャンスだと思い、彼女に向かって軽くタックルをしかけた。
「花巻先輩~とうとう明日じゃないですかぁ。決戦は金曜日!!」
「あー、鬱陶しい!絡むな!!なんなのよ、あんたは。相変わらず鬱陶しい…ほら、じゃれんならあの鉄仮面ツラで無言で微妙に両手を広げてるメガネにしなさいよ!見てるこっちが痛々しいくらいだから」
予想通りにキレられ振り払われた。それでも、めげずにあははは~と薄ら笑いながらじゃれつく。置いてきぼりになっている桐谷先輩をなるべく見ないようにして。
「花巻、ずるいぞ…」
「私のせいじゃないわよ、このジャリ丸が勝手に…。ちょっと!羨ましいのは分かるけど、こっちに寄ってこないでよ!セクハラだからね!」
桐谷先輩を突っぱねようと頑張る花巻先輩をぎゅっと抱き込んでそのまま全力で桐谷先輩と私でサンドした。
ぷしゅ〜と花巻先輩は頭から蒸気が出そうなくらい顔が真っ赤だ。
「はい、ドーーーーン!桐谷鬼丸サンドプレスじゃーい!ハッハッハッ、先手討ったりィ!」
「…っ、この…」
まんまと手駒にされた恨みも高笑いをしてスッキリしたから、そろそろ解放してあげようと思ったら両手をぎゅっと握られた。桐谷先輩だった。離れかけた3人の体がまた密着する。
「やっと捕まえた」
そうして淡々とした声色でそんな事を宣う。花巻先輩はおろか私まで瞬時にガチガチにしてしまう桐谷先輩は只者ではない。
「やっ、ちょ…桐谷先輩」
私はまだいい。まだ密着してはいないから。けれど花巻先輩はやばい。側から見て今まで決して桐谷先輩とは安全な距離を保ちながら絶対気持ちを気付かれないように努めていた花巻先輩は、ぷるぷる震えていた。
「……っ」
「あ、えーと?花巻先輩?」
やりすぎたとは思う。花巻先輩は赤ら顔ですっかり縮こまってぶつぶつと小声で何かつぶやいている。もう手遅れなのかもしれない。
かと、思いきや。
「なんなのよ!!あんたらは!」
突然両手を横に広げて、私と桐谷先輩を同時に突き飛ばした。花巻先輩は激しく声を張り上げる。びっくりした下校中の生徒が振り返ってもおかまいなしだ。
「人が!折角潔く諦めてやろうとしてんのに、なんでそーゆう事をする!?ふざけんなよ!!私がどんな気持ちで、クソみたいな腐れ縁断ち切って、あとはもう普通の同級生に戻ってやろうとか考えたか分かる?どーせあんたには分かんないよね!どうせなら死ぬまでそいつにくっ付いて、私の事なんか忘れちまえバーカ!」
ひと息でそこまで言い切って、花巻先輩は肩で息をしていた。私も桐谷先輩も尻餅をついて呆然としている。
「それも、明日で全部終わらしてやるから」
いくらか勢いのなくなった声量で、それでもしっかりと言い放ってから踵を返して行ってしまう。呼び止める事なんか出来なかった。
◆
じゃあ、なにか。
花巻先輩はこの生徒会選挙を機に桐谷先輩を諦めようとしていたのだろうか。まだ桐谷先輩が何も気付いていない傷の浅いうちに。そしてパッと出の私に預けてしまおうという魂胆か。
そんなの、そんなの。
「…絶対に、だめだ…」
ハッ、とそこで我にかえった。私は体育館の壇上に立っていて、目の前には全校生徒が並んで椅子に座っている。…生徒会選挙演説中だった。
なんで私、こんな大事な時にボーッとしてしまったのか。いくら昨日の花巻先輩が気になりすぎて眠れなかったからっていって。記憶をたどってみてもどこまで話したかよく分からない。何をやっているんだろう。
「鬼丸君、大丈夫か?」
桐谷先輩が後ろの席から立ち上がり、私の肩を掴んだ。大丈夫です、とマイクに乗らないようにこたえて私は辛うじて「桐谷雪路さんに清き一票をよろしくおねがいします」とだけ辛うじてそれだけいって、手元の演説メモを握りつぶした。
まただ。
また、私のせいで変わってしまう。桐谷先輩と花巻先輩の二人の間に私が闖入してしまったせいで、壊れてしまう。私は馬鹿だ。考えなしに他人に関わるべきなんかじゃなかった。いいや…後悔なんて後からいくらでも出来る。私にはまだこの瞬間できる悪あがきがあるはずだ。
前を向いて私は引き攣りながら笑ってみせた。
「そしてっ、花巻縁先輩の事も応援よろしくお願いします!!」
私の発言に一瞬会場が静まり返った。
「この花巻先輩と桐谷先輩はライバルというか、険悪な関係として有名ですが、実はそんな事はなく!私もそのあたりは分かんないんですけど。何かがこんがらがっちゃって素直になれなくなっちゃって、本当は二人とも、もっと仲良くなれるべきなんです!」
後ろで「はぁ!?」と花巻先輩の怒声が聞こえた。
「残りの高校生活は、お二人が親交を深めるのに充てて欲しいと私は思います!しかし、自力や私の力では及ばないので、大変勝手ながらこの場で皆様のお力を貸していただけたらと思います」
私は手持ちマイクを奪ったまま横にスライドして、既に異常な状況に立ち上がっている二人をチラリと見やる。全くフォローする気もなく、大きく息を吸い込んだ。
「はい、皆さんご一緒に!仲直りっ!ハイ!仲直りっ!!」
とんだピエロだ。そしてこれで誰も乗ってこなければ全てがパァだ。ただただ響く私の声にだんだん涙目になってくる。
しかし、だ。私の掛け声に合わせて拍手の音が聞こえた。誰だと驚けばウチのクラスだ。列の最前列の男女は犬塚君と沙耶ちゃんだ。二人が手拍子をしていた。予想外な事にそこからどんどん手拍子がつられて増えていく。体育館中に手拍子と私の掛け声に満ちていた。
「なっ、なによコレ!生徒会長選挙でしょ!?何やってんのよ!」
花巻先輩は戸惑っている。うろたえて、涙声になっている。こんな花巻先輩を見るのは初めてかもしれない。
「花巻」
対して桐谷先輩はほぼ通常通りだった。そして、花巻先輩に右手を差し出した。
「なによ…あんたまで」
「鬼丸君がここまでしてくれたんだ、それを無下には出来ない。それに、花巻も前に言っていただろう。僕と友達になりたかったと」
「いいい言ってないわよ!!勝手に捏造すんな!」
「分かった。僕も君とはもっと親しくなりたいと思っていたんだ」
さすが桐谷先輩は強い。異性に向かって真顔でサラッとそんな事を言えるのは彼くらいしか思い当たらない。
花巻先輩は何も言えなくなり、1分くらいかけて桐谷先輩の手を取って握手をした。
◆
ちなみに生徒会長に当選したのは、桐谷先輩だった。




