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花唄のオベイロン  作者: losedog
Chapter 1:〝ハミングウェイ〟
3/6

〝妖精の徒〟

「――クランクハイト? 次の戦場は国境にそんなに近いのか?」


 彼女が情報に疑問の声を上げる。死体漁り達にもコミュニティは存在する。戦場跡という死の蔓延する場所は当然忌避されるべき場所だ。

 死体はやがて腐臭を放ち、腐臭は新たな死を生んでいく。そうやって土地が荒れないように、死体を啄ばむ烏のように死体を漁って生きながらえる存在もまた必要とされるのだ。

 だから非公式の使者が騎士隊などから遣わされることは珍しくはなかった。


「我が国もずっと兵国と戦っているわけではない。ヤツらを我々の領土から追いやることなど造作もない」

「ハッ。あたしらが知ってるずぅっと前から戦っておいてさ。なんとか追い出したの間違いじゃないの?」


 穂兵戦争と呼ばれる出来事が二十年ほど続いていた。宗教が絡んだ民族弾圧から始まった国内の混乱は、隣国のヘイヴォーグの介入を許し治安は荒れに荒れたと聞く。

 一時は首都カーリッジまで迫った兵国軍を背水の陣の体で押し返すも、時の穂国王アドルフ三世の崩御により穂国軍の足並みは再び乱れ、泥沼の戦争と化したという。二、三年の後にアドルフ五世の手腕により勝利を目前にした穂国軍だったが、彼が病没し短期間で二人もの国主を失ったホマレリアに、独力でヘイヴォーグを押し返す力はないと言われていた。

 これが、五年前に穂国内を駆け巡った風聞だった。


「言葉を慎めよ。貴様らのように薄汚い者を手に掛けたとしても、我々――ホマレリアには一切の損害はないのだからな」

「頼んでおいて良く言うね。薄汚れさせるような生活しかできないのは誰の所為かな?」


 脅しを恨み言で返されて、国の使者とやらは彼女に舌打ちをして帰って行った。


「……クランクハイトか。どうやら本当に兵国軍を国外へ追い出すようだね」


 大陸の西端に位置するホマレリアは東にヘイヴォーグと接する。この二国を分かつのは見晴らしのいい平原でありながら、常に死が蔓延する「病の平原」クランクハイト。

 進軍のしやすい地形であるにもかかわらず二国が明確に分かれることが出来たのは、クランクハイトが長時間滞在するほど衰弱する、呪われた土地だからだ。


「あたしもこの仕事から足を洗って、表の世界へ出る時が来たってことかなぁ……」


 地べたを這いずって舐めてきた苦汁を噛みしめるように呟いた彼女の言葉が耳にこびり付いた。眉尻を下げて弱々しく微笑んだ疲れ切った表情と合わさって、彼女の存在をとても希薄に感じたことに何も慮ることもなく、彼女に縋るだけだった自分は本当にバカだ。


     †


 クランクハイトは何もない場所だった。

 地面には草の一つも見当たらず、風に舞う灰色の砂が息をするには煩わしい。平原で見晴らしがいいという話であったが、森などの遮蔽物が多い場所と比べての話だったらしく舞う灰色の砂は多少なりとも視界を遮る。


「兵国軍との戦闘は三日前だという話だったけど……変だな」


 彼女の言うとおり今まで渡り歩いてきた戦場跡とは違って足りないものがある。



 血臭だ。



 鉄臭く、生臭いあの独特の匂いがしない。まだ戦場跡にたどり着いていないにしてもクランクハイトという土地に踏み入れている以上、何かしらの異変があってもいいはずだと彼女は言う。

 ほかにも多くの死体漁りが訪れているが、皆の顔にも疑念が浮かび始めていた。

 本当に戦闘はあったのか?


「……もう少し進んでみよう」


 そして変化を求めて歩きを再開する。何も変わらない状況に不安を感じるというのは初めてだった。

 やがて、求めていた変化はあった。


「――烏だ」


 空に、不吉を呼ぶと忌み嫌われている黒い鳥が群れで旋回している。ぎゃあぎゃと言う鳴き声は確かに耳に心地よいとは言えない。

 あの黒の下にはさぞ多くの死体があるだろう。


「どうやら到着できそうだね。あそこまでもうひと踏ん張りだ」


 どこかホッとしたように彼女が発破をかける。残りの死体漁り達もぞろぞろと目印が出来た目的地へと向かい、その彼らの背中を見ながら最後尾を付いて行った。

 辿り着いた黒の下で見た光景は、いつも通りのものではなかった。

 ただ、多くの死体があることには変わりはなかった。


「なんだ、これは……」


 全員の心の声を代弁した誰かの呟き。

 それは戦場というより、処刑場だった。

 磔にされた、人、人、人。

 それを啄ばむ、烏、烏、烏。

 腹から出る臓物が地面に垂れる。灰の砂に染み込んだ血が影より昏く暗赤色に地を染める。

 眼窩よりぶら下がる眼球が風に揺れる。眼球を吊り下げるのは視神経だろうか。


「うっ……」


 死体を見慣れた筈の人間が吐き気を催す光景。戦場とは違う戦慄が空気に混じ

る。戦いから生まれた死体と違い、一方的に殺されただろうと分かる死体。

 死に抗うことすら許されずに一方的に殺されたという事実は、心に恐怖を容易く産み付ける。

 それは人生という己の歴史を、他者の意志のみで閉ざされることへの恐れ。


「おい……あそこの男、〝チョッパー〟じゃないか?」

「チョッパー? 〝裏通りの解体屋〟の異名で知られる連続殺人鬼?」


 その言葉で彼女を含む幾人かが磔にされた人の身元を看破した。

 犯罪者だ。何者かが見せしめとして犯罪者をこの場で処断したのだ。




 では、一体誰への見せしめに?




 決まってる。誘き出されたのは、誰だ?




「――――あたしたちを切り捨てるかッ! ホマレリア!!」




 全方位より、一目で正規軍とわかる装備に身を固めた集団が進みでた。


     †


 後から知った話だ。

 独力でヘイヴォーグとの戦争終結が望めないホマレリアは、大陸で中立を謳うアメイリスに仲介を依頼したのだという。中立を謳うということは他国の意向に左右されない武力を有するということだ。引き際を失い退くに引けなくなったヘイヴォーグもアメイリスの武力を無視できないだろうという判断だったらしい。

 雨国という第三国の目が有って初めて停戦に漕ぎつけられたのだ。

 中立を掲げるだけあって雨国はどちらの国にも肩入れをせず、ただ話し合いの場を設けたのだという。

 穂国は独力で兵国との戦闘を終結できなかったため賠償金を求めることはできなかった。兵国軍の国外退去のみが二国間で交わされた約束である。

 今回は兵国を退けたとはいえ、二十年前の民族問題から始まった国内の混乱は悪化しており、今後は国内の情勢を整えることが急務であることは穂国にとって自明の理であった。

 犯罪者はもちろんのこと、彼女たちのような決して合法ではない存在は治安を脅かすことが予測されており、表の世界の住人ではないことから武器の所持や荒事にも通じ独自のネットワークまで確認された。

 その事実は穂国にとって大変な脅威だったのだという。戦時徴税による困窮、徴兵兵たちへの報酬の未払いなどから国に対する不満が溜まっており、普通の生活にしがみ付けなかった結果が彼女たちである。

 反抗勢力の出現を恐れたのだ。

 故に穂国は国内の犯罪者や非合法の存在を直接的に排除する行動に出た。

 それは確かに必要な行為だったのかもしれない。

 応急的な措置としては有効だと感じる者がいたことも確かだ。逆らえば惨い死、という結果は恐怖という名の楔を人の心に打ち付けるのだから。



 怒りと憎しみという名の剣を、人の心に与えることを考慮しなければ。



 結局、この日の出来事が更なる国内の混乱を招きその後の〝蒼朱戦争〟にまで発展することになった。





 この日が〝妖精の(いたずら)〟と呼ばれることになるのは一年後のこと。





 言葉通り、無益な殺し合いの出来事だ。


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