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家デー

作者: ディライト

今からちょうど3年前くらいに書いた小説をかなり直してあげたものです。

言わずもがなフィクションです。

「ホタテ〜、お前は明日どこ行くよ?」

 放課後の到来を告げるチャイムと同時に、親友の鱒川達二ますかわたつじことマスジが黒髪短髪を揺らしながら真っ先に俺の下へと飛んできて、人懐っこい笑顔と一緒になんの脈絡もなく一つの質問をくれた。

 ちなみにホタテというのは俺の事で、苗字が保立ほたてなのでそのままそう呼ばれている。

「明日? これといって用事はないな。折角の休日だしのんびりするさ」

 俺がそう答えると、マスジは信じられないというように顔を引き攣らせる。

「おまえ正気か? 明日は『全国一斉子供家出日』だろうが。授業中爆睡だったからってまーだ寝ぼけてんのか?」

「……ん? 今なんて?」

「『全国一斉子供家出日』! 通称『家デー』だろ。……お前まさかなんの用意もしてないのか?」

 全国一斉子供……家出日? なにその予備校で使われてそうな行事名。大体通称家デーって……軽く洒落入ってるじゃん。

 俺は訝しむようにマスジの眼をじっと睨む。普段はおちゃらけているヤツだが、今日に限っては嘘を言っているような眼ではなかった。

 だが、俺はそんな日を聞いたことがない。

 前の黒板に書いてある日付に眼を移す。どうやらエイプリルフールでもないらしい。そりゃ今の季節は夏だからな。

 なんだ? マスジの奴、この暑さで頭がどうにかなっちまったのか?

 まぁ、今は夏休み前で気が滅入る。

 今年は特に記録的猛暑と書いてあったのも新聞で見かけたしなぁ。

「用意どころか、その意味の分からん日が明日に迫ってるってこと自体、初めて知ったぞ」

「はあ? んじゃお前毎年どうしてたんだよ?」

「今年だけじゃないのかその家デーってのは?」

 するとマスジは大きくため息をついて、憐れむように眼を細める。

「……流石に呆れるぜ。それにしても、家デーの存在を知らないなんて……お前ちゃんと生きてる?」

「失礼な。この通り元気ハツラツだよ」

 何が可笑しいのか、俺の言葉にマスジは吹き出した。

「ははっ、違いねえ。お前って相当運がいいのかもな」

 その後マスジから簡単に家デーの概要を聞いた。そして最後には「今年もグッドラック」と後ろ姿のままグッドサインを見せて、マスジは珍しく一緒に帰ろうとも言わずに教室を後にした。


 学校からの帰り道。

 均等に区画された閑静な住宅街の真ん中を歩きながら、俺は頭を悩ませていた。

 無論、家デーのことである。

 マスジが言うには、何でもその日は全国の子供達が一斉に家出をする日なのだという。ってそんなもんは字を見れば解るわ!

 対象年齢は小学生以上で両親と同居している家族世帯限定。

 まぁ家出というくらいだから、一人暮らしに該当しないのはごもっともだな。ただマスジから聞き出せたのはここまでで、その後は「準備があるから」と逃げるように帰っていった。まさか今日が午前中授業だったことも関係あるのだろうか。


「ただいま」

 帰宅してリビングの戸を開けると、ちょうど母親である保立唯子ほたてゆいこが昼食の準備のためか台所に立っていた。丁度包丁でキャベツを刻んでいたらしい。

「あら、お帰り。なによ今日は随分早かったわね」

「んー」

 俺は適当に返事をして、リビングのソファーに学校鞄を放り投げる。

 ついでに自分もソファーに横になる。

「こんなに早いなんて聞いてないから、あんたの分のお昼まで考えてなかったわよ」

「なんでもいいよなんでも」

「じゃあ今作ろうと思ってた焼きそばでいいわよね?」

「えー! 昨日の夜も焼きそばだったじゃんか!?」

 ついでに一昨日の夜も焼きそばだったぞ。

「しょうがないでしょ! 貰ったキャベツが余ってるんだし、この間タイムセールで焼きそばが安かったんだから! 文句言うなら食べなくていいわよ」

 俺の批難の声に子供のように頬を膨らませる母さん。

「わーったよ。んじゃせめてもうちょっと水を少なくしてくれよな。いっつもくたくたなんだよなー母さんの焼きそばはさー」

「はいはい注文が多いことね」

 まったくと俺に聞こえるようにため息をつく。

 毎日毎日同じもん食わされる身にもなれっつうのな。こっちがため息つきたいよ。

「それよりなんでこんな早かったのよ?」

「あー……なんか明日のために短縮授業なんだってさ。意味わからないよな、家デーなんてさ」

 そう返すと、突如キャベツを切る母さんの手が止まった。

「……そうよね。知らなくて当然だわ」

 そう呟くと、母さんは包丁の刃先をゆっくりと俺の方へ向けてにこりと氷のような笑顔を浮かべる。その眼は色も失っていてどこか虚ろだ。

「ちょ、なんだよ危ないな。刃先をこっちに向けるなよ……」

「…………あぁ、そうね。まだ早いわね」

 母さんのただならぬ雰囲気に慌ててそう言うと、母さんははっと我に帰ったように苦笑しながらまな板に包丁を置いた。

 ちょっと待て、早いって何がだよ。

「そうよね……。ちょうど家デーが三年前にできた頃、あんたは毎年部活の大会で事実上の家出になってたものね。知らないのも無理ないわ」

 大会……? そうか。俺は毎年この日は部活の用事で家を空けていた。

 だからこの日の存在を知らされてなかったし、知る必要もなかった。

 しかし今年は予定がない。

 高校に入学してからは部活に所属していないからだ。

 っていうか三年前からあるのかよこの意味のわからない日は。

「……母さん一つ聞いていいか? その日に家を出ないとどうなるんだ?」

 俺がそう問うと、母さんは表情を隠すように俯き、そして呟いた。

「それは大人だけの秘密。あなたはただ遠くに……ひたすら遠くに家出をすればいいのよ」

 その時の母さんの言葉は、夏の暖気など吹き飛ばしてしまうほどに、絶対零度に低く不気味な声色だった。


 何なんだ? 何なんだ一体?

 あの後一緒に昼食をとっていても何を聞いても無視するし、一切眼も合わせてくれなくなってしまった。

 夜に親父が帰ってきて話を聞いてみたが、「母さんの前では話せない」とやんわりと断られてしまった。その時もただ黙々と夕飯を口にしていた母さんはとても気味が悪かった。

 いつも煩わしい程に口うるさい母さんが一言も発しないなんてただ事ではない。不吉な事の前触れのように思えてくる。

 大体いまいち家出をする意味がよく分からない。

 大人だけの秘密って? 同じ日に『全国一斉大人飲み会日』でもあるのか?

 家事も仕事も家族の養いも全て忘れて、大人達が一つの場所に集まって日頃の愚痴をこぼしあいながら一日中飲み明かす……。

 家デーなんて訳のわからないものがあるくらいだ。そう考えるとありそうな気もしてくる。

 まぁ気にすることはないか。

 家から出ればいいのだから、昼過ぎくらいからは古本屋でも行くかね。



 ◇◇◇



「――…………ん」

 何か物音がして、俺は深い眠りから目覚めた。壁側を向いて横になっている俺の視線の先には、細く切り取ったような明かりが壁に映し出されている。

(……誰か入ってきたのか?)

 差し足でゆっくりと背後を進んでくる。漏れる明かりが人影で隠れた。寝起きの倦怠感があったが、いきなり部屋に闖入されては黙ってはいれず、俺はぐるりと身体を回転させて後ろを振り向いた。

 とほぼ同時だった。俺のすぐ背中越しで勢い良く何かが刺し込まれた。そこは寝返りをうつ前に正しく俺がいた場所だった。

「なっ……!?」

 突然の襲来に声が詰まる。身体が一気に硬直して、思考が強制的にストップする。それでも眠気は一瞬で吹き飛んだ。

 暗闇で顔までは見えないが、そいつは俺の背後でもぞもぞと刺し込まれたものを引き抜くと、それをもう一度俺に向ける。

(包丁!?)

 謎の闖入者は再度その暗闇で鈍く光る包丁を頭の上まで両手で持ち上げ、勢い良く振りかざしてきた。

「くっそ!」

 俺は咄嗟に横にあった枕を投げ付けると、視界が悪いお陰もあってか相手は弾かれるように怯んだ。

 その隙に俺は身を翻しながらベッドからはい出ると、すぐに部屋から脱出。そのまま転がるように階段を駆け降りて、スウェットのまま家の外へと飛び出した。


 俺はどこへ行くでもなく全速力で街中を走る。先程の襲撃を思い出すと、頭の中が恐怖と疑念で苛まれる。走っているせいもあるだろうが、酷く呼吸が困難だ。体力には自信があったのに、もう既にいっぱいいっぱいだ。

 なんだなんだなんだなんなんだ!? もう何がなんだかわからない。急に命を狙われる意味がわからないが、何より狙っているのが俺の母さん・・・・・だと言うことだ。

 先程部屋から抜け出すときに、ちらりと顔が見えたのだ。

 お仕置きにしたって度が過ぎるし、第一悪いことをした覚えだってない。きっと何かの間違いだ。そうに違いない。

 そう心に言い聞かせながら、ちらちらと街灯が照らす夜の街をひたすら駆け抜けた。


 暫く走りつづけてから、俺は一先ず近所の公園に身を潜めることにした。

 公園の時計に眼をやると、時刻は零時二十分を指していた。

 ここでようやくあることに気が付いた。


 家デーが始まったのだと。


 そして疑念は確信へと変わる。この日家出をしないと、親に命を狙われるのだと。

 理由はわからない。しかしどうやらこの一日だけは親の非情な躾から逃げつづけなければらしい。

 慌てて出てきたものだから携帯も財布部屋に忘れてきてしまった。そのため電車で遠方に逃げることも不可能だ。

 母さんは三年前にこの制度ができたと言っていた。ということは既に三回、全国の息子・娘たちは母親達から逃げ仰せていたということだ。

 馬鹿げている。全く理解できない。

 滝のような汗をシャツでの袖で拭いながら、俺はふらふらと夜の公園を歩いて行く。

 その時、暗がりの草むらで人の気配がした。

 弾かれたようにその場所に眼を移すと、そこから突然人が這い出てきた。

「マスジ!?」

 見覚えのある姿に眼を凝らすと、リュックサックを背負ったマスジの姿がそこにあった。

「なんだホタテか……驚かすなよ」

 そう言ったマスジの声は酷く震えていて、暗がりでもわかるほどに青ざめていた。

「お前、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

「大丈夫なもんか。夕方日付が変わるまではと思って昼寝をしちまったのが運の尽きだ。逃げ遅れて、駅に向かっても終電には間に合わねえ。結局お袋に追われて公園に身を隠してる。ざまぁねえよな……」

 マスジは眼を細めて、どこか諦めたような表情をしながら辺りを見回してる。そして「お前こそどうしてここに」と横目を向けてきた。

「本当に知らなかったんだ……。今日と言う日がどういう日なのかってことが」

「はぁ!? 俺は冗談で言ってるもんだとばかり思ってたぞ!? そうならそうと、ちゃんと説明してやったってのに!」

「だから知らないって言って――マスジ! 後ろ!」

 刹那、俺の声に反応したマスジが振り向いた。それとほぼ同時だっただろうか。まるで悪魔の噴水のように赤いアーチが目の前に広がった。そして操り人形のように力無く倒れていくマスジの奥には、血走った鋭い眼光の女性がだらりとした様子で立ち尽くしていた。

「達二、みーっつけた」

 その声色は、まるで心臓を捕まれているかのように狂気を孕んでいた。

「マ、マスジィィィィィィィ!!」

 俺は目の前に殺人鬼がいるにも関わらず、俺はマスジを介抱しに近づいた。

「あすっきりしたなぁ」

 倒れたマスジと俺を見下しながら、右手に持った赤色の包丁を恍惚に眺めながら怪しく笑う殺人鬼。

 何度もマスジの家に遊びに行ったから知っている。

 紛れも無い、マスジの母さんだ。

「――どうしてだよ。なんで……、なんでこんな日があるんだよ!?」

 俺は今にもつかみ掛かりそうな勢いで叫んだ。

「…………あなたたち子供には、私たち親の気持ちなんてわからないでしょうね」

 金属音を響かせて、マスジの母さんは包丁を地面に滑らせた。

「確かに俺達子供は、いつでも親に迷惑掛けてるかも知れない! 知らず知らずのうちに傷つけてることもあるかもしれない! でも……、でも死んだら帰ってこないんだぞ!? 掛け替えのない唯一血の繋がった肉親なんだぞ! そんな自分の唯一無二の子供を殺すなんて、絶対おかしいだろ!?」

 決死の俺の咆哮に、マスジの母さんは膝をついた。

「達二……達二ぃ…………何故もっと遠くに逃げなかったの……。ごめんね、ごめんね………っ!」

「涙を流せるなら、どうして殺すことができるんだよぉ……!」

 俺は身動き一つしないマスジの腕をぎゅっと握る。

「ごめんなさい……ごめんなさい……! でも、この国の取り決めで、三年前、ある薬を投与されてから、母親たちはこの日に必ず自分の子供を殺しに行く。そう遺伝子レベルでインプットされちゃったのよ……。私だって、私だって! ……達二を殺したいなんて思ったこと、ない。でもこの手が……この頭が……この身体が……言うことを聞かないのよ」

 マスジの母さんはぼろぼろと大粒の涙を流しながら、血染めの手で顔を覆った。


「もうダメなの……この手が次は弟を標的にしてる……」

 そう零すと、まるで操られているようにマスジの母さんの手が包丁を握った。

「もう行かなきゃ……。あなたも気をつけてね。保立さんも、もうすぐそこまで来ているわ」

 声が出なかった。

 まるでコルクを喉に詰められたようだ。息も絶え絶えに喘息の発作になってしまったみたいだ。熱帯夜なのに寒気を感じ、全身が粟立ち硬直する。

 マスジの母さんが背を向けて去っていく。その芝生を踏み締める音に、もう一つ同じ音が重なっている。その音はだんだんと入れ代わるように近付いてきて、俺の背後で最後の音を鳴らして……、


 そして消えた。


「みっけ」


 そうか、わかった。

 母親にとってこの日は『全国一斉母親ストレス発散日』であるということを。

 日頃、何かと文句ばかり垂れてる俺達こどもたち

 それをハイハイと嫌な顔をしながらも応えてくれる母親。

 きっと一年溜まりに溜まる家事への疲れや家庭を養うことへの苛立ち。その他にもしたいこと全て我慢していることもあるだろう。それら全てが今日この日に爆発するのかもしれない。

 これが国が設けた、主婦業への救済措置なのか?

 その後に必ずやって来る、子供を失った哀しみへの救済措置は?

 命は失ったら戻っては来ないのに。


「うわあああああああああああああああああああああ!」



 ◇◇◇



「はい。お疲れ様でした〜」

 バーチャルゴーグルが外され、俺達は現実に戻される。

 バーチャルアミューズメントパークの人気アトラクション、『家デー』である。二人用。

 母親とその子供が対象のアクションゲームである。

 仮想世界で母親が子供を殺しに行くという、なんとも物議を醸し出しそうな、というか実際テレビや新聞でとりだたされている、今話題沸騰のゲームだ。

 何でも三年前にこのゲームがクランクアップされてから、家庭内暴力件数が減っているんだとかなんとか。本当かよそれ。

「いやー何回やっても楽しいわねこれ!」

 俺達家族は今、この『家デー』目当てでこのアミューズメントパークに遊びに来ていた。

 とはいっても、他にも面白そうなバーチャルゲームもあるというのにもう三回目だ。

 二時間待ちに何回並ばせれば気が済むんだよ。

「母さん、他にもいいアトラクションあるぞ? ほら『ファミリーバイクレース』なんてどうだ?」

 流石に見兼ねたのか、父さんが苦笑いをしながら他アトラクションを指さす。

 小学生の妹はもう飽きたのか、退屈により深い眠りの中だ。

「いや、最短タイムでアンタを倒すわよ!」

 そう意気込んで、母さんは俺の手を引っ張って長蛇の列へと挑んでいく。

 振り返ると、もうかれこれ六時間以上ベンチに座らされている父さんは深い溜息をついていた。


 何をそんなにやる気になっているんだか。

 まぁ、日頃迷惑掛けてんだ。

 このぐらい付き合わないと、本当にこのゲームのように殺されちゃたまらないからな。

 それから考えれば安いものだろう。

「アンタ覚悟しなさいよ。いつも晩御飯まずいまずいって言ってんだから、バーチャルの世界ぐらいはおいしいって言わせてあげるからね!」

 次はたらふく口に飯を入れられて殺されるのだろうか?

 でもなぁ母さん。

 それじゃ俺を苦しませることはできないな。

「うわー絶対いわねーよそんなこと! あの飯じゃぁなぁ」

「ホントに失礼な息子ね」

 しょうがない。

 今晩だけは正直に言ってみるか。

 なんか恥ずいけどな。





 完


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