02 イベントと生徒会
ああ、またしてもこの時間がやってくる。
「愛留奈ちゃーん!」
とても可愛らしい声で私に話しかけてきたのは、主人公の三宅香里奈。この人懐っこさが最初は可愛かったのだが、今となってはかなり鬱陶しい。
休み時間になる度にこのように話しかけてきて、放課後も一緒に帰ろうと毎日声をかけてくる。
おかしい。ゲームの世界の三宅香里奈は佐渡山愛留奈に対して人懐こかったのは確かだ。
しかしここまで依存していると言ってもおかしくないくらい人懐っこい訳でもなかったはずだ。
色々な考えが浮かんできたが、今それを考えても仕方ない。ただ単に時間を無駄にするだけだ。
何故なら今日のこの時間は、主人公と攻略キャラが出会うイベントがあるのだから。
私達のクラスが移動教室なので目的の教室へと移動している時に、佐渡山愛留奈、つまり私がうっかり筆箱を落としてしまう。
それを拾おうとした主人公と、たまたまそこを通りかかった攻略キャラがそれを同時に拾おうとした時に出会う、というシチュエーションだ。
場所は大体階段を上りきった辺りだったはずだから、その辺に来れば攻略キャラの姿も現れるはずだ。
そこを狙って私は筆箱を落とせばいい。それだけで、恋愛のフラグが立つのだ。
香里奈と話しながら周りの様子を確認する。丁度その時、攻略キャラが私の眼中に現れた。
私は薄っすらと微笑み、ばれないようにこっそり筆箱を手から離す。
「あっ――」
「え? あ、落ち――」
その瞬間、それに気づいた主人公達が筆箱をとろうとして自然と目を合わせた。
二人は呆然と瞬きをしていたが、先に意識を戻した相手が筆箱を香里奈にはいっと渡す。
「次からは気をつけてね?」
「あ、はい……ありがとう、ございます。えっと、あの?」
香里奈は頭が混乱しているのか曖昧な返事をして、相手をチラチラ見た。
それに気づいた相手がああ、と言って自分の顔を指でさした。
「俺は藍原拓磨。確か三宅香里奈さんだよね? 同級生だから敬語じゃなくてタメ口で良いよ」
「あ、うん。よろしくね拓磨君。それで、この子が」
「佐渡山愛留奈さんでしょ? ちゃんと知ってるよ」
そう言って私に微笑みかける藍原拓磨。彼こそが、今回の出会いイベントで登場する攻略キャラの一人だ。
そして今回のイベントでは、もう一人攻略キャラが登場する。
「拓磨、何やってんだ? 早くしねーと遅れるぞ?」
藍原拓磨の後ろから現れたのは、彼と同じクラスで親友である美野原静悟。
美野原静悟は藍原拓磨と違って口や態度が悪くて皆から勘違いされやすいが、根は親しい人に限るが、優しくて意外にも頼りになる存在だ。
そんな彼らが所属するのは『光ノ原学園生徒会』という、単純に私達の学園の生徒会だ。
しかし生徒会は先生よりも権限を持っており、規則などの内容によっては職員会議の時に抗議するくらいだ。
勿論先生は文句も何一つ言わない。何故なら、彼らの主張が先生全員を納得させてしまうくらいの正論だからだ。
まぁ、正論と思わせる意見を彼らは主張しているだけであり、後々考えると正論なのか悩ましいところなのだが。
そんな彼らにはある秘密がある。勿論その秘密はごく数名の先生しか知らず、生徒が知っているはずもない。
しかしゲームでは、主人公がその秘密を知ってしまって生徒会役員になるように言われ、仲良くしている間に攻略キャラが主人公に惹かれていく、という内容だ。
つまり私は、そうなるように手を打たなければならない訳だが……なんか、自然と香里奈がイベントを発生してくれそうだ。この子の天然っぷりを見てると。
「え、と……あなたは?」
「あァ? 何で名乗らなきゃならないング!」
「はーい、ちょっと黙ろうねー。ごめんね、口が悪くて。こいつは美野原静悟。俺の親友だよ」
そう言って静悟の口を押さえる拓磨。
どうでもいい……いや、よくないか。とりあえず、静悟が苦しそうに呻いてるんだけど……言った方がいいか。今後のためにも。
「あの、藍原さん、美野原さんが苦しそうに呻いてるんですけど……離してあげたらどうですか?」
「へ? あ、ごめん! い、生きてる?」
「っ……拓磨テメェふざけんな! テメェは俺を殺す気か!」
「本当にごめんて!」
あーあ、なんか口喧嘩が始まった。
この間にとっとと逃げよう。一々止めるのも面倒だし。そう思った私は、香里奈の手を掴んでその場から去った。
この時の私は気づかない。
ゲームには、こんな会話などされていなかったことに。