或る紅葉
「 Ein Ahorn 」
赤々(あかあか)と彩る紅葉の林。呉山美術大学の裏にあるその場所は、険しい斜面や生き生きと伸びた木々が道を遮る。林は奥深く広がっていて、まるで山のような傾斜が存在している。そのため、大学側から危険だからという理由で、入らないように言われている場所だった。その林の事を、生徒たちは裏山と呼んでいる。
そんな、立ち入り禁止区域に足を踏み入れて十五分。朱祢は息を切らせながら、更に奥を目指していた。
「なんでっ、私がこんなことに……。」
今にも転びそうになりながらも、朱祢は恨み言を口にした。彼女が現在険しい道を歩いているのは、もとはと言えば高須葉月という男に原因がある。
思い返すこと二時間前、朱祢は実習のある講義に出ていた。
「今日から一ヵ月以内に、ペアで風景画を描いて提出するように。誰と組むかはこっちで予め決めてある。」
そうして発表された朱祢のペアは、高須葉月という男子生徒だった。朱祢は発表されてから、葉月の姿を探してみた。だが、それらしい人物を見つける事はできない。
それぞれがすぐに課題に取り組む中、朱祢は一人風景画の構成を練っていた。
だが、居てもたってもいられなくなり、講師の元へ歩み寄る。
「先生、高須君は今日休みでしょうか。」
「さぁな、学校には来てるらしいが。」
その言葉に、朱祢の中の不安は更に膨らんだ。
**
講師の言葉を聞いてからというもの、不安が脳裏から離れる事は無かった。
どうしようかと思いあぐねていると、朱祢は良い案を思いついた。それは、本人に会って直接課題の話し合いをしたらいいのでは、というもの。
講義が終わるとすぐ、朱祢は教室を後にした。課題のラフ絵を、講義の最中いくつも描いた。そのスケッチブックを胸に抱え、廊下を行き交う生徒の横をすり抜け、階段を駆け降り、食堂を通り抜け、中庭を突き進む。
だが、校内のどこを探しても高須葉月は見つけられなかった。
「どこにいるのっ、高須葉月……。」
なかなか本人を見つける事が出来ず、半ば諦めを含んだため息をこぼしながら、朱祢の足は自然と校門へと向かっていた。
近くには朱祢と同じように、校門を目指す生徒がちらほらいた。偶然朱祢の耳、に近くを歩く男子生徒二人の話が入ってきた
「さっき裏山の方向かってたのって高須だよな。」
「あぁ、あいつ今日来てたんだな。」
彼らの会話に、朱祢は何かの希望を見つけた様な気持になった。自分でも、何を急いでいるかもわからない。だが朱祢の足は、裏山に向かって駆けていた。
そして現在。裏山などという場所へ踏みいった事を、朱祢はとても後悔していた。
裏山に入る前に、もっと冷静に考えるべきだった。裏山は入ってはいけない場所だというのに、高須葉月が居るはずもないのだ。
何やってるんだろう。冷静になった心は、そんな言葉を呟いていた。
いくら進んでも、人らしい影など見受けられない。諦めて帰ろうかと考え始めた頃、目の前が開けるのが分かった。
「……、すごい。」
目の前に広がったのは、町やビルが建ち並び、遠くに太陽が沈む風景。
朱祢が立っていた場所は、高台になっていた。危険だからという理由だろう、緑の真新しいフェンスが設置されていたが、街を遠くまで見通す事が出来た。
そこから見える風景は、平凡な日常を送っていたただの町並みを、今まで見たこともないほどに、オレンジ色に染めていた。
とても美しく素晴らしいこの風景を、普通の人が見たら写真に収めてしまいたいと思うほど感動するだろう。けれど朱祢の眼は、その風景を普通の人のように美しく鮮やかに捉えることはなかった。
背後からガサガサと草木をかき分ける音がして、朱祢は勢いよく後ろを振り返る。
「……っ!?」
そこには、体中にイチョウやモミジの葉、草や枯葉等を見に纏わり付かせた一人の青年が立っていた。朱祢ですら大変ではあったけれど、彼ほど葉っぱが体にくっつくという事はなかった。
「……。」
唖然と立ちつくしていると、朱祢に気付いた青年が少し眠そうな目でこちらを見た。
「まさかこの場所で人と会うなんて、意外過ぎて驚きすら感じない。」
その淡々(たんたん)とした意味の分からない言葉からは、言葉通り驚きなど感じていないようだった。ただ、予想外だと言いたい事だけは伝わる。
この場所へ居ると言う事は、もしかしたらこの人が高須葉月なのではないだろうか。そう思うと、いてもたってもいられず、朱祢は無意識のうちに口を開いていた。
「あの、もしかして高須葉月君ですか?」
朱祢の言葉に青年は、しばらく何かを考える様に朱祢を見つめた。眉ひとつ動かさないその無表情に、人違いだっただろうかと、朱祢は不安を覚えた。
「その人を探して、どうするの?」
青年から出た言葉は、質問を質問で返されると言う、一番困るものだった。
「え、課題でペアになったんだけど、早速講義をサボられて打ち合わせできなかったから……。」
だから探している。そう言いたかったのに、彼は興味の無さそうな表情で、朱祢から視線を外す。一体なんなのだろうかと苛立ちを覚えた。だが、ふと彼の視線の先が、自分の持っているスケッチブックに注がれている事に気づく。
「それ、何?」
「これは、今回の課題の構成案です。」
「見せて」
「えっ、ちょっと!?」
無理やり奪い取ったスケッチブックを、青年は淡々と何も言わずに眺めていく。
「ここまで完成度が高いなら、もう色とか見えてるでしょう。どんな色?」
「それは……。」
朱祢が何かを言いかけ時だ。それを遮るように、木々がガサガサと擦り合う音がして、朱祢は音がした方をみた。
「お~い葉月~、下校時刻過ぎるぞ。」
そこに現れたのは、朱祢が最近仲良くなった蒼樹啓乃という青年だった。
「啓乃、また居残り?」
二人の砕けた口調から、仲が良いのは想像がついた。二人が自然な会話をし始める中、朱祢は先ほどの啓乃が何気に発した言葉に、驚愕を覚えてる。
「えっ、葉月?葉月って、高須葉月?」
「知らなかった?こいつが高須葉月。そういや課題のペアになったんだっけ?」
朱祢の呟きに啓乃は、だから一緒にいたんじゃないのか、と聞きたげな表情をした。
「ご、ごめんなさい。今日は、もう帰ります。」
朱祢は困惑した頭で、その場から逃げるように走り去った。
その光景を、葉月はしばらく見送っていた。何か物言いたげた横顔の葉月だったが、朱祢を呼びとめる事はしなかった。
それを横から見て居た啓乃は、ふいに葉月が手に持っていたスケッチブックに気付き、声もかけずに啓乃は葉月からそれを奪い取った。
「……。」
突然手から奪われたスケッチブックを思い、葉月は啓乃を睨みつける。
「そんな恨みがましい目で見んなよ、朱祢ちゃんのだろう。知ってるよ、講義中必死になって構成案を考えてたからね。」
だが、そんな攻撃は境内には蚊に刺されたようなもの。悪びれも無く、啓乃はスケッチブックのページをぱらぱらと捲って行く、
葉月は、啓乃の目が朱祢の絵を見る度に、眩しそうに細められている事に気付いた。
一方、逃げるようにあの高台から離れた朱祢は、途中でスケッチブックを取り返し忘れたことに気づき、足を止めた。
「どうしよう……。」
来た道を引き返そうかと後ろを振り返るが、あの場所に戻りたくないと心が叫ぶ。どうしようか思いあぐねて居ると、ポケットに入れていた携帯が鳴りだした。
「あ…」
携帯を取り出し、画面を開く。メールが一通届いているのを確認して、受信フォルダを開く。すると、そこには啓乃からのメールがあった。
『スケッチブックは明日返すよ。』
どうやら、スケッチブックを忘れてしまったことに気づいた啓乃が、朱祢に連絡をくれたようだ。その内容に安堵して、朱祢はありがとうと一言返信を送ると、携帯を閉じた。そして問題のなくなった瞬間、忘れていた問題が脳裏に戻る。
「まさか、本当にあの人が高須葉月だったとは……。」
**
翌日、大学に登校した朱祢は、下駄箱で啓乃と居合わせた。
「おはよう、朱祢ちゃん。俺と居合わせるとは、さては寝坊したか。」
「あはは、そんな感じかな。」
本当は、寝坊したわけではない。いつも通り起きはしたが、昨日のことを思い出すと時間がかかってしまったのだ。
だが、そのことを葉月と仲の良い啓乃に言えるわけもなく。
「スケッチブックだけど、あれは葉月が持ってるんだ。」
「えっ……」
申し訳なさそうに言う啓乃の言葉に、朱祢は戸惑いを覚えていた。昨日から葉月という単語に心臓が跳ねる。高須葉月の存在が、朱祢の中で一番の恐怖と化していた。
「そんな心配しなくても大丈夫だよ、今日中に手元に戻るはずだから。」
朱祢の表情が硬くなったのに気付いて、啓乃は何を誤解したのか、そんな言葉を優しく口にした。それに対して、朱祢は苦笑を返す事しかできなかった。
「朱祢ちゃん、一時間目ってなんだっけ?」
「澄川教授の授業。」
「ホント? 俺もあの人の講義に出るんだ。ついでだし、一緒に行こう。」
「うん、いいよ。」
それから、二人は一緒に教室へ向かった。
二人が教室につく頃には、はすでにその教室は生徒で賑わっていた。
「あそこ空いてるよ。」
啓乃に促されるまま、彼が座った窓際の席へと腰を下ろす。よく席が隣になることはあったので、違和感などはなかった。
そろそろ講義が始まるといったとき、ふいに朱祢の上に影が落ちた。
「君もこの講義なの?」
同時に聞こえてきた声は、ごく最近聞き覚えのある声で。脳裏に浮かんだ人物と同一人物だと分かった瞬間、朱祢は硬直した。
「あれ、葉月じゃん。珍しいな、お前が朝から大学に居るなんて。」
「お前だってそうだろう。」
言いながら、何故か葉月は朱祢の隣に腰かけた。そのことに気まずさを覚えているうちに、澄川教授が教室へ入って来て、そのまま講義が開始されてしまう。葉月と啓乃に挟まれる形になった朱祢は、心の中で静かにこの状況を呪った。
講義中、ふいに葉月が朱祢に声をかけた。
「朱祢は、ノートをとるのに色使わないんだね。勉強できる?」
「これは……」
朱祢が口ごもり、何かを言いかけた時だ。その言葉を、啓乃が遮った。
「俺だって色使ってないけど、勉強は普通にできるよ?勉強にはその人のスタイルがあるんだから、葉月はそういうのは気にしなくていいんだよ。」
「へぇ。」
啓乃の言葉に、葉月は何か納得したようにノートを写す作業に戻った。そのことに胸を撫で下ろした朱祢は、ふと啓乃の方へ視線を向ける。その視線に気づいているのかいないのか、啓乃は口元に小さな笑みを浮かべ、黒板をじっと見つめていた。
**
昼休みになり、朱祢は葉月に連れられて中庭へやって来ていた。
「あの、スケッチブックを返していただけませんか。」
一限目の講義が終わってから、葉月に小声で昼休みにスケッチブックを返してあげると言われたのだ。そのことを、啓乃は知らない。葉月と二人きりというこの状況が嫌で、朱祢は早くスケッチブクを返してもらおうと考えていた。
「その前に、これを見てほしいんだ。」
徐に葉月が鞄から取り出したのは、一枚の風景画だった。
「これ、は……」
一瞬、朱祢は息をすることさえ忘れ、その絵を凝視した。
そこに描かれていたのは、昨日スケッチブックに書き上げた自分の構成を元に、アレンジされたものが細かな線で完璧に描かれていた。
生き生きとした木々に囲まれた湖の畔に、可愛い建物が建っている風景。それは、自分が書き上げた構成よりも、クオリティーが更に上がってとても素晴らしいものに仕上がっていた。
「まだ完成とは言えないけど、色もつけてみたんだ。」
突然目の前に突き付けられた現実が、胸を締め付ける。
「どう思う?」
彼の表情は、自信満々だと言わんばかりに笑みをたたえている。
だが葉月の言葉は、朱祢には届いていなかった。ただ目の前に広がる白黒の風景画だけが、目に焼き付いて離れない。
「俺としては、ここの緑はもう少し鮮やかな色を使いたいと思う。何か無い?」
「え、あっ……。そうだね、でもそのままでも素敵だと思う。」
朱祢の言葉に、葉月は首を傾げた。彼女の様子がおかしい。笑っていたのに、その笑顔には喜びなど感じられなかった。
むしろ今にも泣いてしまうのではないかと、葉月には思えた。
「……、携帯出して。」
「え?」
一瞬、朱祢は何を言われたのか理解できなかった。突然そんな事を言われても、警戒してしまう。
少しためらっていると、葉月はしびれを切らせたのか、強引に携帯を奪い取り、勝手に連絡先を交換してしまった。出だしからうまくいかない事ばかりで、朱祢は今回の課題を提出期限以内に提出できるのか、とても不安になってきた。
**
少し肌寒い程度の涼しい夜風が窓から部屋へ入り込み、前髪を揺らす。その事にも気づかない素振りで、その人物はひたすら筆を動かしていた。
「雅兄…、夕食置いとくね。」
「んー、……。 朱祢? 帰ったのか?」
部屋の扉が閉まる音に、雅飛はハッとして声をかける。だが、会話の相手はすでにそこにはおらず、虚しいものがそこに残った。
雅飛は再び、目の前にある大きなキャンパスへと視線を向ける。そこには光り輝く白い服に包まれた、美しい女性の絵が描かれていた。それを眺め、雅飛は一つため息をこぼすと、扉の横に置かれた夕食を持ってリビングへと降りた。
「朱祢、母さんたちまたしばらく帰れないって。」
「うん、知ってる。仕事してる時の雅兄の食生活、すごく心配してたよ。」
母からの言伝を簡単に伝え、ふと脳裏にその時の電話の事を思い出した。
雅飛の仕事の邪魔だけはしないで、大人しくしなさい。
そう言って、義理の母は電話越しに朱祢を拒絶して、早々に通話を切った。
相変わらず義母には忌み嫌われて居るが、父と義兄が自分に好意を抱いてくれている事はわかっていて、あまり悲しくは無い。願わくば、義母とも仲良くしたいけれど。
「あぁ、絵に没頭すると食事忘れるからな…。」
苦笑を浮かべる雅飛の目の下には、クマが出来ていた。またしばらく寝ていないのかもしれない。
朱祢の義兄、雅飛は画家をしていて、最近注目され始めて忙しい時期だった。それ故に仕事に追われ、食事はおろか、睡眠すらも忘れてひたすら彼はキャンパスに向き合う日々にいる。もとより作品に取り掛かると周りが見えなくなる人だったためか、尚更生活が不規則になっていた。
「学校の方は、どうだ?」
「それが、葉月君とペアで風景画描いて提出するとかいう課題が出たの。」
「風景画って色つけるのに大丈夫か? 色覚異常者の中でも、お前は特別……。」
言いかけて、雅飛は言葉を切った。
気まずそうにする雅飛の表情を見て、朱祢は苦笑を浮かべる。
「大丈夫、そこはなんとか誤魔化すから。」
それだけ言い残し、朱祢はさっさとリビングを出て行ってしまった。その後ろ姿を、雅飛は心配そうな表情で見つめる。
部屋に戻った朱祢は、ベッドへと倒れこんだ。
「……。」
しばらくそうしていると、ふいに朱祢はベットの脇に無造作に投げ捨てられていた鞄の存在を思い出す。あの中にはスケッチブックが入っていた。
朱祢はベッドにうつ伏せになりながら、腕だけを動かして鞄からスケッチブックを取り出した。
中をぱらぱらと開いてみると、真っ白な紙に描かれた白黒の風景画があった。それらを眺めているうちに、ページは白紙のページを残して終わる。
スケッチブックを閉じて、朱祢は再びベッドへ突っ伏した。
「高須葉月…。」
呟いて、朱祢の脳裏には昼に魅せられた葉月の風景画の事が浮かんだ。あの絵は、朱祢の心を捕まえて離さない。ついあの絵の事を思い出し、完成した姿をみたいと思ってしまう。だが、それは彼だけの作業ではなく、自分も関わらなければならない。それがどういう意味か、朱祢は考えることを放棄した。
「朱祢、入るぞ。」
突然扉の向こうから雅飛の声が聞こえ、朱祢は寝ていた体を起こした。
「なに?」
返事をすると、すぐに雅飛が部屋へと入ってきた。口元には、先程夕食に用意した豚カツの食べカスが口の周りについている。それをみて、朱祢はまた変な食べ方をしたのか、と心の中でため息をついた。
「一個完成したんだけど、見に来る?」
「……、う~ん。うん、みる。」
朱祢の歯切れの悪い返事に、雅飛は首を傾げた。
前までの朱祢であれば、新しい絵が完成するとすっ飛んできたものだ。だというのに、今日はどうしたのだろう。
「どうかしたのか?」
聞くと、朱祢は少し表情を暗くしながら、おずおずと口を開いた。
「もし雅兄がやりたい事を見つけて、それにはすごい犠牲が必要だとしたら、雅兄はどうする?」
朱祢の質問に、一瞬だけ雅飛は意外そうな表情を浮かべた。前向きな朱祢が、珍しく何かに悩んでいるのが意外だったのだ。
雅飛は小さな笑みを浮かべると、朱祢の頭をなでながら口を開いた。
「そういうのはな……―――――。」
雅飛の言葉を聞いて、朱祢の目に光が戻ったように見えた。何かを期待するような、希望を含んだその瞳が、雅飛は大好きだった。
「ごめん雅兄、宿題があったの忘れてた! 絵は今度見せてもらうね!!」
そう言って、朱祢は雅飛を部屋から追い出すと、携帯を取り出した。電話帳を開いて、今日追加されたばかりの番号に電話を掛ける。緊張はあったけれど、それよりも胸の高鳴りが朱祢を動かした。
「あ、あの! 葉月君、お話があるんだけど。 」
『……明日の放課後、裏の林に来て。』
「え?あ、はい。」
淡々とした短い会話で、通話は切られてしまった。朱祢は出鼻をくじかれたような、複雑な喪失感を覚えた。
**
日付が変更するまで、約三時間を残すかどうかの時刻。啓乃は葉月に呼び出され、公園にやってきていた。
秋も深まり、夜も結構な寒さになっている時期だ。こんな時期の夜中に一人で公園に待たされていると、秋の寒さが身にしみた。なのに、待ち人は今だ姿を現さない。
「ごめん、遅れた。」
待ち合わせから十五分ほど遅れて、そいつはやってきた。
「遅い。」
「ごめんって、ちょっと出かけに時間取られて。」
言いながら、葉月は悪びれもせずに啓乃の隣に腰を下ろした。
そもそも時間をとられたというのは、朱祢との電話が原因だった。ただでさえ遅刻間際だったと言うのに、電話がかかってきたら遅れるのも無理は無い。
「そういや、今回の課題さ。教授に頼んで朱祢ちゃんと組ませてもらったんだって?」
考え事をしていた葉月の耳に、そんな言葉が届いた。みると、啓乃は小さな笑みを浮かべている。なにやら苛立ちを覚えてるようで、葉月は少し応えるのを躊躇った。
「……誰に聞いたの、それ?」
「テキト~に、あてずっぽう。」
「……。」
何を企んでいるか分からない啓乃の様子に、葉月は不信感を抱くほかない。
だが、葉月はふとあることに気付いた。それを確かめるように、啓乃をみる。
「そういえば啓乃、朱祢が好きなんでしょう?」
葉月の言葉に、啓乃は一瞬だけ素っ頓狂な表情を浮かべた。どうやら啓乃は、葉月の言葉をうまく理解できなかったようだ。だが見守っているうちに、だんだんと彼の顔色が赤くなるのに気付いた。それにより、葉月の言葉が図星を指したということが明らかになった。
「隠せてないからね。」
「待って、ちょっと待って! なに、隠せてないってなに!?」
「顔赤いけど、それはどういう反応?」
この時初めて、葉月は友人の恋愛がここまで面白いものなのだと知った。
そして啓乃も、恋愛がまさかここまで恥ずかしいものだったということを、この時初めて知ったのだ。
「そういえば啓乃、まだあの子の事探してるの?」
思い出したように話題を変えた葉月に対して、啓乃は苦笑を浮かべた。
「あぁ、みつけたよ。」
「ふ~ん。」
葉月は呟いて、青黒い夜空を見上げる。秋の夜は肌寒く、空では星が散りばめられていた。木々が北風に揺らされて、その音に耳を澄ませていた。
「そういえば。」
一瞬の間、葉月が自分の世界に入り込みそうになったときだ。ふいに啓乃の声が聞こえ、葉月は現実に連れ戻された。
「葉月は色覚異常って、知ってる?」
啓乃の言葉に、葉月は素直に首を振った。
その言葉は、生まれて初めて耳にした言葉だった。
「色の味方が違ったり、その色がわからなかったりする病気。葉月にだって、聞いたことくらいあるだろ。」
「あぁ、うん。それは知ってる。名前は初めて聞いたけど、そういう名前だったんだ。」
意外そうに、少し楽しそうに葉月は呟いた。それを横目に、啓乃は静かに口を開く。
「ペアになったんだ、いずれぶち当たる壁だと思うから、一応言っとく。朱祢ちゃんは、その病気を持ってるんだ。」
「………ねぇ、啓乃。何で啓乃がそんな事知ってるの?」
葉月のもっともな疑問に、啓乃はまっすぐに言葉を返した。
「それは彼女が、……―――――。」
啓乃の言葉は、秋夜の冷たい空気に溶けていく。サワサワと冷たい秋風に吹かれながら、木々は気持ちよさそうに揺れていた。
**
次の日、約束通り朱祢は裏山にやってきていた。相変わらずの風景に、朱祢が見入っていると、背後からガサガサと草木をかき分ける音が聞こえ、朱祢は振り返る。そこに立っていたのは、予想通り葉月の姿だった。
「じゃぁやろうか。」
突然姿を現した葉月の第一声は、垢根には理解しかねるものだった。主語がない。
「え?やるって、何を?」
首を傾げながら聞き返すと、葉月はあからさまに眉間にしわを浮かべた。
「課題、やりにきたんでしょう。時間ないから、さっさとやろう。」
「あ、うん!」
その元気の良い返事に、葉月は小さな満足感を覚えた。そして作業を始めようとカバンの中を漁りだし、ふいに彼の手が止まる。その様子を見守っていた朱祢は、何をしているのかわからず、首を傾げた。
「どうかした?」
聞くと葉月は、思い出した。と呟いて、鞄の中から何かを取り出して立ち上がる。
「朱寝、ここにカラーカードがあるから、好きな緑を取って。」
「え?う、うん。」
朱祢は言われた通り、適当にカードを選んだ。
「……。」
それを見ていた葉月は、しばらく朱祢が手にしたカードを見つめて黙り込んでしまった。それが、朱祢にはとても怖かった。
もしかして、何か間違えた・・・? そんな不安が、朱祢の脳裏を過ぎった時だ。
「あっ……。」
突然、葉月は何かを思い出したような声を出した。どうしたのかと葉月に視線を送ると、彼は胸元をみながら何か困ったような顔をしていた。
「ネックレス……、落とした。」
「ネックレス?葉月君って、アクセサリーつけてたっけ?」
予想外に聞きなれない言葉に、朱祢はつい聞き返してしまった。葉月がネックレスを付けて居たなんて、そういうものは身につけない人だと勝手に思っていた。
「うん、でもいいや。多分もう、必要ないものだし。」
葉月の諦めた様な言葉を耳にして、朱祢は葉月に詰め寄った。
「ダメです!そういうのはちゃんと探しておかないと、後で後悔しますよ。」
そう言って、朱祢は勝手に辺りを捜索し始める。止める葉月の声も聞かず、朱祢は紅葉の中を捜し歩いた。日が暮れて、辺りが赤く染まる頃になっても、朱祢は学校から裏山の間をずっと探し続けた。
「朱祢、今日はもういいよ、遅いし帰ろう。」
「葉月君は帰っていいよ、私もうちょっと探してみる。」
服が泥だらけになろうとも、葉月が諦めさせようとしても、何故か朱祢は探すのをやめようとしない。
「どうしてそんなに一生懸命なの?」
その言葉に、朱祢は草木をかき分けながら言葉を紡いだ。
「だって、葉月君の大切な物なんでしょ?だったら、探さないと。」
朱祢は、まるで自分のことのように必死に探していた。その姿を見て、葉月は何か不思議な気持ちになった。けれど、ふいに見せる彼女の横顔に見え隠れする悲しげな表情に、葉月は次第に気づいていった。
「顔色悪いけど、体調悪い?」
「えっ?いえ、大丈夫です。」
葉月の心配そうな言葉に、朱祢は苦笑を浮かべた。だが、体の様子がおかしいことは誰がどう見ても明らかで。彼女が嘘をついていることは、葉月にはすぐにわかった。
葉月は苛立ちを覚え、少し強い口調で朱祢を叱咤した。
「そんな状態で、大丈夫なわけないでしょう。ほら立って、帰るよ。」
無理やり葉月は腕を引っ張り、しゃがみ込むような体制だった朱祢を立たせる。
「イヤ。」
けれど彼女は葉月の腕を振り払うと、ふらつく足で葉月と距離をとる。
どうしてそこまで、他人のために自分の身も顧みずに躍起になっているのか、葉月には理解できなかった。それが表情に出て居たのだろう。
朱祢は一時的に手を停め、葉月にまっすぐ向き合った。
「私小さい頃、いじめられてたんだ。」
朱祢の突然の告白に、葉月は眉をひそめた。その様子を見た朱祢は、小さな苦笑を浮かべるが、聞いて、と言うと、葉月は黙って話を聞いてくれた。
「毎日がつらくて、人が怖くなって、学校がまるで地獄に感じられた。でもある日、泣いてる男の子に会ったの。」
その子はお母さんに貰った大切な物を無くしてしまったらしく、朱祢は一緒に探してあげることにした。とても長い時間、二人は街を歩き回り、やっとそれを見つけたときには、辺りは暗くなり始めていた。
別れ際に、その男の子は朱祢に笑顔を浮かべて、ありがとうとお礼を言ってくれた。その時の笑顔が忘れられなくて。朱祢はその時、初めて人を好きになれた。その日から、あまり人を怖いと感じなくなって、人を笑顔にさせられるような、そんなふうになりたいと思うようになった。
「その時まで私も、失くしたモノがあった。それまでずっと探さず、放置してたけど、それをずっと後悔してた。でも男の子が、私の大切な物を見つけてくれたの。
当時は捨てようとも思ったけど、今思うと、見つけてくれてよかったと思ってる。だから葉月君も、大切な物だったらちゃんと見つけないと。有難迷惑でも、私は譲らない。」
朱祢は少し恥ずかしそうに、けれど誇らしそうな表情を浮かべていた。その話を聞いた葉月の中には、何か靄がかかったような、そんな気持ちが渦巻いていた。
「あっ!これじゃない!?」
突然大きな声を出した朱祢に驚いて、葉月は一瞬大きく目を見開いた。だが、朱祢が持ち上げた銀色に輝くそれを見た瞬間、葉月はホッとしたような、安堵を浮かる。
「朱祢、ありがとう。」
言いながら、葉月は朱祢~そのペンダントを受け取った。それを見つめる葉月の眼が、小さく細められている事に気付き、朱祢の胸に暖かいものが広がるのを感じた。
「いいえ、葉月君も笑えるんですね。」
「どういう意味?」
「え、いえっ。深い意味はなく……」
ふと、朱祢は葉月に聞きたいことがあったような気がした。だがそれを思い出すことは出来ず、代わりに疑問に思うことが浮かんできた。
「そ、そう言えば、葉月君。さっき選んだ緑って、風景画の木々の色に使うんですか?」
朱祢は突然、話をそらすように話題を変えた。
葉月は少し動きを止め、何かを考えているように思える。どうやら、一瞬朱祢に何を言われたのか理解できていない様子だ。少し困ったように葉月を見つめていると、やっと思い出したのか、葉月はあぁ、と小さく呟き、手を打ち合わせた。
「君が色覚異常者だって聞いたから、カラーカードを使って確認したんだけだよ。」
「え…?」
葉月君は、今なんと言ったのだろうか…―――。
耳に届いた葉月の言葉に、信じられない気持ちと、問いただしたい気持ちがごちゃ混ぜになり、朱祢の頭の中を真っ白に染め上げた。
「誰に…、聞いたんですか?」
動揺する頭で、朱祢の口は無意識に動いていた。自分が何を言っているのかも、あまり理解していない。だが、朱祢の中で一番に聞きたかったことが、ちゃんと口から出ているのは確かだった。
「啓乃だよ。」
葉月の言葉に、朱祢の表情が真っ青になっている事に、葉月はやっと気付いた。それをみて、失敗した。と心の中で呟いた。けれど、もう遅いのではないか。ならば、もう隠す必要はないだろう。そう考えた葉月は、さらに言葉をつづけた。
「君にさっき選ばせたカラーカードは、赤と緑と黄色の三種類あった。君は悩みもせずに緑ではなく黄色を選んでたよ。これで君に色が見えているのかを確認したんだ。」
「……。」
朱祢には、どうして葉月が知っていたのかも、どうして啓乃が知っていたのかも、もう今はどうでもよかった。この場から逃げ出して、今すぐ家に駆け込みたい。そんな思念ばかりが脳裏を埋め尽くしている中で、ふと朱祢は思った。逃げて、自分はどうするのだろうか。また家に閉じこもって、自分を守りに入るのだろうか。
「……、黙ってて、ごめんなさい。」
「いいよ、君の才能は認めてる。その環境でここまで描けるんだ、それだけで素晴らしいと思うよ。」
葉月から出てきた言葉は、朱祢にとって予想外のものだった。色覚異常を持つ身は、すべてから拒絶されると思っていたのに、彼から出てきた言葉は、朱祢の存在を肯定するものだったからだ。それが、朱祢には信じられなくて、嬉しくて。
「帰ろう、もう遅いから。」
葉月の優しい声に、朱祢は頷く事しかできなかった。
**
翌日から、葉月との共同作業が始まった。授業の合間や休日を利用して二人で課題に取り組んだ。たまに啓乃も混ざり、三人で居る時間が朱祢はとても楽しく思えた。この楽しい時間が、課題が終わっても続くと、朱祢は思っていた。
「……。」
ある日の放課後のことだ。たくさんある美術室の一室で、三人の影が長い沈黙を守っていた。それは繰り広げられた口論の末、二人が黙り込んでしまったための沈黙。
「……。葉月、朱祢ちゃんが困ってる。いったいどうしたんだよ。」
最初にその思い沈黙を破ったのは、つい先程やって来たばかりの啓乃だった。彼はいつも通り一緒に帰ろうと、放課後になり二人が行くと言っていた教室へやって来た。だが、教室に入った瞬間の沈黙に、彼はついていけていなかったのだ。
「どうもこうも…、朱祢が非協力的になっただけだよ。」
「非協力的って、聴力的だよ。でもカラーは葉月君にお願いする約束でしょう?」
「本格的協力は求めてないよ。でもこの課題は二人一組だ、1人で進めたんじゃ課題として認められない。」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。」
どうにか二人を落ち着かせようとフォローに入るが、啓乃では少し無理があった。朱祢と葉月は、啓乃を挟んで言い合いを続けている。二人ともそんなに攻撃的な性格ではない分、啓乃は対処法を心得ていなかったのだ。
「色覚異常というのは色が判別しにくいだけで、色自体は見えている。だったら色が分からないわけじゃないんだし、微量の協力はできるはず。調べてみたけど、治す手立てだってあるらしいよ。君はその病気を治そうとはしないの?中途半端な気持ちでここにいるなら、俺は認められない。」
一方的に言葉を続けて、葉月は間にも泣き出しそうになっている朱祢を一瞥した。次に啓乃に視線を向け、葉月は座っていたイスから立ち上がる。それを見た啓乃が、咄嗟に焦ったような声をあげる。
「葉月、どこ行くんだよ。」
「このままここに居ても時間の無駄だから、今日は帰る。」
淡々とそれだけ言い残すと、葉月は早々に荷物を持って、教室から出て行ってしまった。残された啓乃は、俯いて黙り込んだままの朱祢を見つめる。ふと、両太ももの上に置かれている両の手が、硬く拳を握りし、小刻みに震えているのに気付いた。
「啓乃君、私も今日はもう帰るね。」
そういうと、朱祢も鞄を持って教室を出て行ってしまった。残された啓乃は、二人が出て行った扉をしばらく眺めていた。
**
タバコの香りと、絵の具の臭いが部屋を満たす。床には大きな白い敷物があり、キャンパスと絵の具が散らばっている。そんな部屋の中央で、雅飛は黙々とキャンパスに向かっていた。
「……。」
無心で筆を走らせる雅飛の後ろ姿を、朱祢は無言で見つめていた。
朱祢が帰宅してから数時間。彼女は着替えもせずに、ずっと雅飛の仕事部屋で、その作業をみつめていた。
「そんな見られてると、作業に支障がでるんだが……。」
気まずそうに、背後にいる朱祢を振り返る。だが、朱祢は雅飛の言葉など聞こえていない様子で、キャンパスを見つめている。
その様はあまりにも奇妙で、どこか痛々(いたいた)しいものがあった。
「……なぁ、朱祢。お前にはこの絵、どう見えてるんだ?」
どうしてそんなことを聞いたのか、雅飛にもわからなかった。だが、ふと思う。色覚異常者が見ている世界を、見てみたいと。
朱祢はしばらく黙っていたが、徐に口を開いた。
「白と黒のグラデーションで描かれた、普通の絵。」
当たり前のように呟く彼女の様子から、雅飛は自分が見ている世界と彼女の見ている世界があまりにも違っているのだと思い知らされた。
通常、色覚異常者は二種類に分けられる。何らかの原因で目の病気にかかり、色の判別に不具合が出る後天色覚異常者。遺伝子的問題で、生まれた時から色の判別ができていない先天色覚異常者。前者の場合、理療法はあった。だが、後者はまだ治療法が発見されていない。朱祢は後者だった。
そして更に、彼女には特別な症状があった。一般的に多いのは赤・青・緑のいずれかが判別に困難が生じる者、珍しいケースで二色まで判別しにくい者までいる。だが、朱祢は非常に珍しい全色盲。全ての色が分からず、白黒の世界を見ているのと同じだった。
「そう、か…。」
心の中で雅飛は、先程の質問に対して後悔を覚えていた。どうしてこんなことを聞いてしまったのだろう。
帰ってきてからの朱祢の様子が、ずっと変だというのは気付いていた。
「どうして私の目には、色が映らないのかな。」
通常とは言わないまでも、生活に困らない程度だったら、絵描きとして致命的な事は無かった。自分の理解できない世界を否定される事も無く、クラスメイトにも義母にも、海嫌われることなど無かっただろう。色の判別に不具合がある程度の方が、まだましだったかもしれない。
「大学で何かあったのか?」
雅飛は心配するように朱祢の隣に腰掛けた。仕事はいいのかと聞くと、少し休憩するだけだからと、小さく笑って。そしていつも、黙って朱祢の話を聞いてくれるのだ。そんな彼に、朱祢はいつも甘えてしまう。
朱祢は、大学であった事を話した。色覚異常を葉月が知っている事、けれど誤解が笙じ、彼と喧嘩してしまった事。だから今、作業が停滞している事。
話を聞いて、雅飛は少し考え込むような仕草をして、朱祢の頭を優しくなでた。
部屋に染みついたほどよい絵具の香りと同じものが、頭をなでられた時に鼻をくすぐる。どうしてか、安心できた。
**
笑って。その言葉が、啓乃の脳裏から離れることはなかった。
「……。」
ベッドの上に仰向けに寝そべりながら、啓乃は鮮やかな紅葉模様の小物入れを目の前に持ち上げ、みつめていた。それは小さい頃の、きれいな思い出。
“どうして啓乃がそんなこと知ってるの?”ふいに浮かんだ、葉月の言葉。それに導かれるように、昔の記憶が呼び起される。
啓乃がずっと探して求めていた子に会ったのは、啓乃がまだ小学生の時だった。
その日、小学校の教室で、母に作ってもらった小物入れをどこかに落としてしまった事に気づいた啓乃は、慌てた様子で学校を飛び出した。
探さなきゃ、お母さんに貰ったものなのにっ…。そればかりが頭の中を巡っていた。
だが、いくら探しても見つからず、啓乃はお母さんへの申し訳なさと、罪悪感、そして自分に対する怒りで涙がこみ上げた。
どうしていいかもわからずに、ただ公園の近くで立ち止まり、立ち尽くしたままひたすら泣き崩れていた。そんな時、暖かな優しい声が、啓乃の上に落ちてきた。
「どうしたの?」
その声に導かれるまま、啓乃は顔を上げる。そこにはキョトンとした顔のした同い年くらいの女の子が立っていた。
「お母さんに貰った小物入れ、なくしちゃった。」
その時のせい一杯でその子に話すと、その女の子は真剣に啓乃の話を聞いて、落としたものを一緒に探してくれると言ってくれた。それが、啓乃にはとても嬉しかった。
それから啓乃は、その女の子と一緒に小物入れを探し回った。草木をかき分け、道の隅々(すみずみ)まで見落とさないように万遍無く視線を送る。日が落ち始める頃、ようやく二人は駅の近くの公園にあるベンチの上で、それを見つけることができた。
「良かったね、みつかって。」
「ありがとう!」
啓乃はお礼を口にした。それは心からの言葉で、素直に喜びとともにその女の子に伝えたつもりだった。だが、その子は啓乃の言葉を聞いて、何故か目に涙を浮かべ、しゃがみ込んでしまった。啓乃は心配になり、どうにか笑わせてあげたいと思った。手近なものを話題にしようと思いつき、ふと手に持っていた小物入れに視線を向ける。
「この小物入れ、お母さんが作ってくれたんだ。いろんな色があってキレイでしょ。」
啓乃の言葉に、女の子は顔を上げて、目の前にぶらさげられた小物入れをみる。だが、その子は笑顔になるどころか、逆に涙をポロポロと流しだしてしまった。そのことに啓乃は、さらに動揺して、どうしたらいいのかわからなくなった。
女の子は涙を流しながら口を開いた。
「ごめんね、あかねにはみんなの見てる色がどんなものか、わからないの。」
その時の女の子の言葉の意味は、まだ小さかった啓乃には分からなかった。つられて自分も泣きたくなった。けれど、あと少しで涙が零れ落ちそうになったとき、女の子が少し怖い顔をしたのに気付いた。
「泣いちゃダメ!泣いてる子につられて泣くんじゃなくて、泣いてる子を笑わせられる子になりなさいってあかねのお母さんが言ってた!」
泣くのを我慢しながら、震える声でその子は言い放った。その様子を、啓乃は一瞬キョトンとした表情で見つめてしまう。この子がさっき怖い顔をしたのは、怒ったからではないのだろうか。そんなことを考えてしまっていた。だが、その子の言っている言葉は理解して、啓乃は何故か嬉しくなって笑ってしまった。そして、それから啓乃は人を笑わせられる人になろうとしたのだ。
それからどれだけ時間が過ぎ去っても、啓乃の中からその女の子の存在が消えることはなかった。そして、ずっと疑問に思っていた事を調べる知恵もついた。ようやく女の子の言っていた、色が分からない。という言葉の意味を知ったのは、中学三年生の時だった。ネットで調べ、出てきたものに目を見開いて驚いたことを覚えている。
「色覚異常者は、色がわからないわけではない。……、ん?」
突然、ヴーヴーっと机の上に置いてあった携帯がバイブ音を発した。
ベッドに寝転がっていた啓乃はのっそりと起き上がり、携帯を手に取って画面をみる。そこに表示された名前は、葉月だった。
「どうした?」
『この前公園で、ずっと探してた人は朱祢だって言ったよね。本人は知ってるの??』
葉月の問いに、啓乃が口を閉ざした。電話の向こうでは、葉月が黙って啓乃の答えを待っている。けれど啓乃は、押し黙るように何も言おうとはしなかった。言葉が、出てこなかったのだ。自分がどうするべきか、まだわからない自分がる。
『言わないと、伝わらないよ。 気持ちもね。』
その言葉を残して、葉月は啓乃の返事も待たずに通話を切った。ツーツーと耳元で鳴り続ける雑音が耳に痛くて、啓乃も切断ボタンを押す。
力なくベッドに腕を投げ出すようにして、啓乃は柔らかな布団の上に倒れこむ。視点の合わないまま天井を見つめ、啓乃はため息を吐いて、目を閉じた。
**
翌日、啓乃が学校へ行くと、突然朱祢に呼び出された。何か嫌な予感を胸に抱きながらも、啓乃は素直に朱祢の後について行く。
「どうしたの?」
中庭に到着してすぐ、啓乃は優しく声をかけた。目の前の少し俯いていた朱祢は、その声に誘われるように顔を上げて、そしてゆっくりと口を開いた。
「啓乃君、どうして私が色の判別ができないって知ってるの?」
その問いは、葉月が啓乃に朱祢が色覚異常だということを聞いたと言われた夜からずっと考えていたことだった。
昨日、色覚異常の事を葉月が口にした時、啓乃に驚きの色は見えなかった。大学で朱祢の事情を知っているのは世話になっている講師達だけだったのだ。その中の誰かが啓乃に教えたとも考えられない。
ならば、どうして啓乃が知っていたのだろう。葉月が朱祢とペアを組み始めてすぐに、葉月は啓乃にその話を聞いていたようだった。啓乃は、いつどこでその話を知ったのだろうか。その疑問が、朱祢の中から消えることはなかった。
「どうして?」
「それは……」
一瞬、啓乃は適当な事を言って誤魔化そうかと思った。けれど、彼女のまっすぐな疑いの目に、今の彼女に誤魔化しはきかないと思った。ふいに、啓乃の脳裏に昨夜の電話で聞いた葉月の言葉が、浮かんで消えた。啓乃は少し迷った後、横に下ろされていた拳を硬く握りしめる。
「それは…、俺がずっと、朱祢ちゃんを……。……探してた、から。」
「え?」
疑いの目が、一瞬にして崩れ去った。突然そんなことを言われれば、そういう反応になるのは仕方ないだろう。
「朱祢ちゃんは覚えてるか分からないけど、小さい頃に君に助けてもらったことがあったんだよ。母の形見だった紅葉模様の小物入れを無くして、泣いていた俺の前に君が現れて、一緒に探してくれた。」
ふと、彼女の様子に変化が見えた。明らかな動揺が、彼女の表情を硬くしている。目を見開いて、何かに驚いているようだった。
「やっぱり、覚えてないよね。」
「ちがっ、ちゃんと覚えてる!でも啓乃君だったって気づいてなかったから、驚いて。」
気付かれていなかった事に、啓乃は軽くショックを受けた。
だが、そんなことはもうどうでもよかった。彼女の世界に、ちゃんと蒼樹啓乃という存在があるのを、実感することができたのだから。
**
小鳥のさえずりが耳に心地よく届く朝、朱祢はボーっと窓の外を眺めていた。頭の中に浮かぶのは、昔の懐かしい記憶。啓乃が、あの時の子だとわかり、朱祢はとても嬉しかった。
「……、はぁ~。」
けれど、考えることは山積みで、朱祢は何をどうしたらいいかわからない。日が経つにつれ、課題の締め切りが徐々に近づいている。あれから、葉月とは連絡を取り合っていなかった。
ふと朱祢は、最近大学で葉月の姿を見ていないように思えた。それが妙に気にかかり、朱祢は学校へ行くと真っ直ぐ教授の部屋の方へ向かった。
「佐々本教授! 高須君は最近講義に参加してますか?」
佐々本教授のいる部屋に駆け込むと、教授は朝からコーヒーを飲みながら教材と睨めっこをしていた。彼の目の下には黒いクマがあり、どうやら徹夜明けのようにも見受けられる。
「ん?いや、この数週間はみないな。」
寝不足で少し不機嫌ではあったが、教授はあっさり答えてくれた。そして佐々本教授は、ついでと言わんばかりに言葉を続ける。
「お前ら、まだ課題提出してないだろう。そろそろ〆切近づいてるんだから、悠長に構えてると困るのはお前らだぞ。」
「大丈夫ですよ、ちゃんとやってますから。」
そう言って、朱祢は教授の部屋を出て行った。
廊下を歩きながら、朱祢はどうして啖呵を切ってしまったのかと、頭を抱える。
しばらく前から葉月と喧嘩をして、課題の進行状況を朱祢は把握していのに。このままでは、課題も提出できないのではないのだろうか。
不安がよぎった瞬間、朱祢は葉月に電話をしてみることにした。
「…………、出ない。」
何度電話を葉月の携帯にかけても、携帯から聞こえる音は、プルルルルプルルルルという可愛い音だけだった。そのことに、朱祢はどうしようもない不安を感じ、次に携帯を握りしめた時には、啓乃の携帯に電話をかけていた。
「最近、葉月君の姿が見えなくて。啓乃君、葉月君がどこに居るか知ってる?」
『……、あいつなら家に引きこもってるよ。今日行くけど、一緒に来る?』
「行く!」
啓乃の言葉に、朱祢は即答した。
そうして放課後になり、二人は一緒に葉月の家に向かった。葉月の家に到着したのは、時計の針が三時を指す少し前だった。
目の前の家が葉月の家だと啓乃に聞かされた時、朱祢はその家を呆然と、口を半開きにしながら見上げていた。横に広がる長く白い壁に覆われた家。そこは白塗りの壁に青い屋根の乗った、みるからに豪華な建物だった。
きっとこの家の庭は、緑が生き生きと生え、とても広々としているんだろう。そんな想像を、少しさめた様な自分が頭の隅っこで考えて、朱祢は呟いた。
「……ここが、葉月君の家ですか?」
「うん、そうだよ。」
隣にいる啓乃に問いかけると、彼はあっさり頷いた。
絶句している朱祢を横目に、啓乃は平然とインターホンを押す。当然そこから人の声が聞こえるかと、朱祢は想像していた。だが、現実は朱祢の想像をはるかに超える。
啓乃がインターホンを押してからしばらくして、どこからかガチャリと鍵の開く音がした。それを聞き逃すことなく、啓代は扉の方へ進んだ。
「さ、入るよ。」
「えっ? いいの?」
「あぁ、大丈夫だよ。鍵開けたのは葉月だから。」
そう言って、啓乃は遠慮することも無く扉を開いた。扉の奥へ足を踏み入れる啓乃を追って、朱祢も扉を潜る。
塀の中に入った瞬間、朱祢の目に飛び込んできたのは石造りの一本に伸びた道だった。左右には木々が立ち並び、太陽に反射して生き生きと空へ向かって伸びている。その手入れの生き届いた様子に、葉月はお金持ちなのだと今更考えた。
「……。」
家の中を境内について歩いていると、ふいに、啓乃が一つの扉の前で足を止めた。どうやら目的の場所へと到着したらしく、啓乃は扉を軽くノックして中へ声をかける。
「葉月~、生きてるか? 入るぞ~。」
返事が無いまま、啓乃は扉を開いた。扉が開くにつれ、部屋の中が見えるようになる。部屋の中を見た朱祢は、心の中で雅飛の仕事部屋に似ていると感じた。
「朱祢、ちょうどいいとこに来た。」
部屋に入ってきた二人を見るなり、葉月は朱祢を手招きした。それに導かれるように、朱祢は遠慮がちに油の香りのする部屋の中へと足を踏み入れる。
「課題、完成したよ。」
そうして見せられたのは、油絵だった。
「課題は風景画だろ?」
「風景なら、油絵でも大丈夫だって了承は得たよ。」
背後で、そんな会話をしているのが耳に届いた。けれど朱祢の目には、目の前にかけられたキャンパスだけが映って離れない。
「朱祢、この前はごめん。」
突然の、葉月からの謝罪の言葉。その言葉に驚いて、朱祢は後ろを振り返った。みると、彼は少し申し訳なさそうな、そんな表情を浮かべていた。
「聞いたよ、君は手術法が見つかって無いんだって、それから全部の色がわからないって。色覚異常の大まかな事しか知らないで、あんなこと言ってごめん。」
「葉月と飛田雅流の個展に行った時、君の兄って言う人に会って、話を聞かされた。」
二人の言葉に、朱祢は驚きを隠しきれなかった。
「雅兄に会ったの?」
まさか兄の個展に二人が足を運んでいた事を、朱祢は全く予想していなかった。
「その人のせいで、飛田雅流には会えなかったけど。」
「え? 飛田雅流は雅兄のことだよ。」
「え!?」
二人は同時に驚いた顔をして、朱祢に一歩近づいてきた。その近さに、朱祢は一瞬どきりとしてしまう。ふいに、つい先日まであった重い気持ちがどこかへ消え失せて居る事に、朱祢は気付いた。無事課題は完成し、葉月とも仲直りが出来たようだ。
もう何もないと思った瞬間、朱祢の脳裏には、啓乃の事が浮かんだ。
「朱祢、兄って事は一緒に住んでるんだろ?今から行っていい?」
「うん、いいよ。」
平然を装うふりをしても、朱祢はどうしていいかわからなくなっていた。
家へ向かう途中の記憶はなかった。家に着いた瞬間、兄のお出迎えに啓乃と葉月はテンションをあげ、仕事場を見学させてもらっていた。時間が時間だったので、朱祢は生き生きと話をしている三人を置いて、晩御飯を作ろうとキッチンへ降りて行った。
「朱祢。」
ふいに廊下で呼び止められ、振り返る。
そこには扉を半開きに顔を出している雅飛がいた。
「大丈夫か?」
「うん。」
雅飛の言葉に、朱祢は笑顔を浮かべて頷くと、階段を下りて行った。
残された雅飛は、数日前の事を思い出した。
仕事の都合で、少し前に雅飛は朱祢の大学へ行った。その時、朱祢と男が何かを話している姿を偶然目撃してしまったのだ。それがずっと気になっていて、聞くにも聞けずじまいだったのだが。今日朱祢と二人でいた男が家にやって来て、雅飛は正直なところ、酷く動揺していた。
部屋に戻ると、過去の雅飛の絵が描かれている、数十冊ものスケッチブックを、葉月と啓乃は維新フランに読みふけっている真っ最中だった。
「なぁ、啓乃君って言ったっけ。君、朱祢と付き合ってるの?」
突然の雅飛の言葉に、啓乃は持っていたスケッチブックをついとり落としてしまう。それを上手い事受け止めた葉月だが、少し面白そうに啓乃をみている。
「いえ、まだ・・・。」
「まだってことは、やっぱりそういう気持ちはあるんだ?」
「すみません・・・。」
何を自分は謝っているのだろうかと、啓代は心の中で自分に突っ込みを入れた。だが、謝っても無理は無いと、考え直す。理由は、目の前に雅飛の顔が、少し怒っているように見えたからだ。
「朱祢と付き合うのは、覚悟が必要だよ。」
「覚悟はあります。」
はっきりと、啓乃は真っ直ぐに雅飛を見詰めて言葉を発した。その揺るぎない言葉が、雅飛を安心させる半面、不安にさせた。
「お兄さん、大丈夫ですよ。こいつ小学校の時から朱祢に一目ぼれしてますから。」
「君にお兄さんと呼ばれる筋合いはない。……、小学校?」
葉月の言葉に一瞬イラっとしたものの、気になる点を見つけて聞き返す。その頃、まだ雅飛は朱祢と出会ってはいなかった。
「おっ前は勝手に! 彼女にある事無い事ふきこむぞ!」
「やってみなよ、朱祢にある事無い事ふきこむよ。」
「何ふきこむの?」
「う わ あ あ ぁ ぁ ぁ ――――― …… !!」
突然背後から聞こえてきた高い声に、三人は驚いて叫び声をあげた。
「な、何?」
簡単な夕食を作って持ってきた朱祢は、彼らの驚きように吃驚して一歩後去る。
「な、なんでもないよ。」
雅飛の苦笑気味な言葉に、朱祢は少し納得できない様子だったが、あまり気にもしていないようで、夕食をテーブルに並べ出した。
「そういえばさっき聞こえてきたけど、葉月君彼女居るんだ。」
「そうそう、こいつがいつもつけてるネックレス。その彼女に貰ったんだよな。」
満面の笑顔で話しだす啓乃に、葉月はとても気まずそうな表情をした。それを見た朱祢は、葉月が落としたネックレスを思い出す。
あれは彼女から貰った物だったのか。と、心の中で呟き、大切そうにしていた事を思い出して小さく納得した。けれど、彼は彼女からの大切な贈り物を、あの時要らないと、そう言ったのだ。その事について、朱祢はあまり深く考えなかった。
夜になり、葉月と啓乃は朱祢の家に泊まる事となった。雅飛の監視の下、葉月と啓乃は床についた。
だが、夜中に啓乃は布団の上で頭を抱えて居た。理由は、単に喉が渇いたから。寝ればどうにかなると何度か寝ようとしたものの、どういうわけか寝つきが悪い。
ふいに啓乃は、扉の向こうに明かりがついたのに気付いた。廊下を通り抜ける影を見つけ、啓乃は朱祢がトイレにでも起きたのだろうと思った。
「……、朱祢に水もらえないかな。」
そう考えた啓乃は、葉月と雅飛を起こさない様に、ゆっくりと部屋を出た。
朱祢を追おうとして、階段をの前に立っていた朱祢をと目があった。
「どうしたの?」
「喉乾いて寝付けなくて、ずうずうしいんだけど水貰える?」
啓乃がキョトンとしている朱祢に、申し訳なさそうにそう告げると、朱祢は小さな笑みを浮かべて快く了承してくれた。
リビングへ降りて、二人で暖かいハチミツレモンを口にする。水でよかったのだけれど、最近寒いからと、わざわざ朱祢が淹れてくれたのだ。
「あ、そういえば。これの事、覚えてる?」
ふいに、朱祢は持っていた本から紅葉の葉を押し花にして作られた栞を啓乃に見せる。けれど啓乃には、ただに栞にしか見えなかった。彼の様子から、その事を読み取ったのだろう。朱祢は小さく笑うと、言葉を続けた。
「むかし小物入れを一緒に探した時、お礼だって言って紅葉の葉をくれたんだよ。」
その事を、啓乃は全く覚えていなかった。けれど、そんな昔に自分があげた物を、今も大切にしてくれている事に、啓乃は心の中に暖かいものが広がるのを感じた。
「今の私が居るのは、啓乃君のおかげだよ。ありがとう。」
そう言って、朱祢は頬を染めながらも、笑顔で啓乃にお礼を告げた。
それはずっと昔から言いたかった言葉。その言葉を告げた時、朱祢の心にはやっと言う事ができた安堵がこみ上げ、また逆に、何か物足りなさがぽつりと残った。
この気持ちは何なのだろうかと思っていると、ふいに啓乃が真剣な顔で朱祢を見て居る事に気付いた。その視線に、朱祢の心臓はドキリと跳ねる。
「朱祢ちゃん、突然ごめん。でも俺も、君に伝えたい気持ちがあるんだ。」
「俺は、朱祢ちゃんが好きです。あの日、君に会った日から、ずっと想ってた。」
少しばかりの沈黙が、二人を包んだ。けれど啓乃は、その沈黙に耐えられなかったのだろう。ハチミツレモンを一気に飲み干すと、席を立った。
「ごめん、もう寝るね。返事は別の機会に。」
それだけ言い残し、啓乃は騒ぎ出す心臓を抑え込みながらその場から逃げ出した。
「……。」
残された朱祢は、顔を真っ赤にしたまま、冷えたハチミツレモンの入ったマグカップを包み込むように持っていた。
**
紅葉が彩る秋の季節。世界が色づき、鮮やかに染まる。そんな世界を見れない彼女は、今何を思っているのだろう。そんな事ばかりを考えて、啓乃は彼女が泣いていないか、悲しい顔をしていないだろうかと、不安でたまらない。
「葉月、早くしないと飛行が来ちゃうだろ!」
「久しぶりに朱祢に会うからって、そのテンションはうざいよ。」
大学を卒業して二年。葉月と啓乃は、それぞれ絵の仕事に勤めていた。けれど彼らの傍らに、朱祢の姿は無い。彼女は色覚異常を直すために、日本を離れて居たのだ。
今日は、そんな彼女が日本へ帰って来る日。葉月も嬉しかったが、啓乃の方はそうとうだった。
「朱祢に会ったら何て言う?」
「プロポーズ!」
啓乃の発言に、葉月はいつまでこの男の頭の中はお花畑なのだろうかと、本気で心配してしまった。けれど、そんな親友と、とても大切な友人の関係を、葉月は仄々(ほのぼの)と見守っていたいと願う、今日この頃。
――― END ―――
** あとがき **
えぇ~っと、意味不明な物語でごめんなさい(泣)いわゆる主人公誰?状態。
そして男だらけ! 最初は女もっと出そうと思ってたんだよ、ホントだよ!
朱祢の友人とか葉月君の彼女も登場させようと思ってたんだよ!
最初の設定では、佐々本教授女の人でした! いつの間にか男になったった・・・。
で、物語の要である色覚異常ですが、単純に書きたかっただけなんですわ~。
日常的に考えてみてくださいよ、色がわからない。 大事件じゃないですか。
モノクロの世界で生きてる人はホントに少ないらしいけどね、本当の色覚異常の方は日常的にはあまり困らないそうで。色の判別に不具合があるくらいだそうよ。
でもネットで調べただけじゃ当人の気持ちなんてわからないもの。
自分で想像してみたい、色覚異常について考えたいがための物語がこの物語。
最終的に何を伝えたいかと言うと、小説書くのが好きです。キリッ ← (笑)
あ、忘れるとこだった。えっと、なんだっけ。この物語の題名?
Ein Ahorn ← ドイツ語の「もみじ」ってんですよ。
「ってことで、また来年に読んでみそ♪」
――― SETU ―――
(あとがきって、こんな感じで大丈夫? 久しぶりに書いて書き方忘れた・・・。)