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第四話 勇者出撃

 鉛色に輝く廊下を二人の人影が進んでいく。ライラとセナだ。カツカツと硬質な足音を響かせながら、彼女たちは早足で廊下を突き進んでいく。そうしてしばらくの間、迷路のように入り組んだ廊下を歩いて行くと『第一装備室』と書かれた巨大な扉が現れた。ライラはその扉の前で立ち止まると、わきにあるインターフォンのような装置に呼び掛ける。


「ドクター、ステイードです。勇者を連れてきたので扉を開けてください」


「了解。ちょっと待っておれ」


 扉の奥からピッピッという無機質な操作音が響く。直後、モーターの駆動音が響き始めた。厚さ十センチはあろうかという金属の塊が、ゆっくりとだが開き始める。周囲の扉がビリビリと震えて、セナは緊張の色を深めた。すると中から、白衣を着た老人が現れる。髪の毛の色が完全に抜けてしまっていて、顔には深い皺。かなり高齢のようだ。


「やあ、よく来たな」


「お久しぶりです、ドクター」


「うむ。で、そちらの女の子が勇者かな?」


 セナはコクッとうなずいた。それに続いてライラも首を縦に振る。老人は得心したように顔をほころばせた。彼はヨタヨタとセナの方に近づいて行くと、その皺だらけの手を差し出す。


「そうか。私はネロ、ここの技術部の部長を務めて居る。気軽にドクターと呼んでくれ」


「私はセナよ。よろしく」


 二人は軽く握手を交わすと、扉の中へと入った。それにライラも続いて行く。三人は、扉の中の薄暗闇へと消えた。


 室内は雑多な様相だった。コードや機械が乱雑に置かれていて、注意していないと何かに足を引っ掛けてしまいそうなほど。それに慣れていないセナとライラは手間取りながら室内を進んでいく。すると、彼女たちの目の前に蛍光グリーンの液体で満たされた怪しげな水槽が現れた。大きさは人がすっぽり入って余りあるほどか。その異様な存在感に、二人は思わず目を奪われる。


「これは?」


「聖石を保管しておる水槽だよ。聖石は大気に触れさせておくと膨大なエネルギーを発生させてしまうのでな。だからこうして特殊溶液の中で保存しておる」


「なるほど。で、その聖石というのが私に埋め込まれるのね?」


 ネロはふっと不敵な笑みを浮かべた。彼はセナの方に振り向くと、おもむろに口を開く。


「誰から聞いたのかね?」


「副長官が言ってたわ。聖石を埋め込んだ勇者でしか悪魔には対抗できないって」


「なるほど、賢い子だ。だが、聖石を埋め込むといっても君たちの体にじかに埋め込むわけではない。これを見たまえ」


 ネロは手近なところにある端末のようなものを弄った。奥の壁が轟音とともに開かれて、中から黒い人影のようなものが現れる。セナが目を凝らすとそれは、人型のロボットのようなものだった。磔にされたように固定されたそれは、禍々しいフォルムをしている。無数の装甲板やその間をつなぐコードのようなものが組み合わさって、まるで機械の化け物のようだった。


「これは甲一種特殊外骨格といってね。このスーツに付けられた疑似神経回路を通じて君の脳を聖石と間接的に接続する。これにより君の肉体への負荷が抑えられ、聖石を安全に取り扱うことが可能だ」


「そう、じゃあさっそくこれを着けましょう。敵はすぐ近くまで来ているわ」


「まあ待ってくれ。その前に君と相性の良い聖石を見つけねばならん。聖石といっても何種類かあるのでね」


 ネロは首からぶら下げていた聴診器のような器具を端末に接続した。そしてセナの頭に反対側を押し付ける。端末のディスプレイに次々とグラフや数値が表示され、ネロはそれを険しい表情で読み取っていった。


「ふむ、あの騎士タイプを扱えるとは……実に興味深い。どれちょっと調査を……」


 ネロは目を怪しく光らせると、セナの方へと手を伸ばした。だがその手がセナの方に届く直前、床が大きく揺れた。三人はバランスを崩して倒れかける。すると揺れる三人の耳に、けたたましい警報音が飛び込んできた。


『第七魔力結界崩壊! 第七魔力結界崩壊! 繰り返す、第七魔力結界崩壊!』


「まずい、悪魔が来るぞ」


「しかたあるまい、今すぐ出撃準備だ。ステイードくん、指令室と連絡を取りたまえ」







 一方、揺れが始まる少し前。指令室では修が無力感にうち震えていた。彼は床の方に顔を伏せたまま、一向に起き上ろうとしない。だがそんな彼の方に、ふっと細い手がかけられた。修の視線が、はたと後ろを向く。するとそこには紅い瞳を心配の色に染めた少女が立っていた。その揺れる蒼髪と真紅の瞳は、エリスだ。


「心配なさらなくとも大丈夫です。セナさんはきっと戻ってきます」


「うるさい、君たちに何がわかるんだよ! 僕の気持ちの何がわかるって言うんだよ!」


「わかりますよ、今のあなたと私は似ている」


「似てる……? どこが?」


 修はいらだたしげな顔でいった。その眼光は鋭く、頬がひきつっている。だが、エリスは至極穏やかな顔で言葉を返した。


「何もできなかったりとか、そういったところが私たちによく似ているんです」


「……!」


 修の頭が悔しさでいっぱいになった。その通りであった。このままでは、彼はここにいる人間たちとなんら変わらない。無力で、何もできない存在だ。修は四肢に力を込めて床から立ち上がる。


――セナのところへ行こう――


 彼はそう決意すると、一歩を踏み出そうとした。しかしその時、激しく地面が揺れた。


「うわあッ!」


 よろけて尻もちをついてしまう修。目の前の巨大モニターの映像がたちまち切り替わり、悪魔の映像が映し出された。先ほどまでとは違い、真正面からのアップ映像だ。そこに映し出された凄惨極まる悪魔の瞳に、修は生理的嫌悪を催す。


 小さな勇気が萎んでいく。修は立てなかった。動けなかった。悲鳴を上げるので精いっぱいだった。


 警報が鳴り響く中、震える足をなんとか抑えつけようとする修。彼には戦闘意欲などほとんど残されていない。悪魔というものはそれほどまでに圧倒的な存在であった。土台、ただの学生であった彼に立ち向かえる相手ではなかったのだ。彼の頭はまっさらになり、口からは力なく吐息が漏れる。その時だった。


『副長官、外骨格の適合が完了しました。外骨格、聖石ともにシステムはすべてオールグリーンです。第九出撃孔を使用できるようにしてください』


 警告メッセージに彩られていたモニターの画面が再び切り替わり、ネロの姿が映し出された。その後ろでは、彼より一回り大きなロボットのようなものがカタパルトに乗せられている。その妙に人間的なフォルムを見て、修ははっとした。あれはセナだとわかったのだ。だが、そうして彼が驚いている間にも出撃準備は着々と進められていく。


「よし、第九出撃孔を開口。勇者出撃だ」


「はッ!」


 司令室のあわただしさに一層磨きがかかった。職員たちは次々とキーボードを叩き、モニターには次から次へと映像が流れていく。


「第一、第二防護壁オープン!」


「第八魔力結界限定解除! 第九出撃孔、全システムオールクリア!」


「魔粒子回線接続完了! 副長官、勇者との回線がつながりました」


「よし。さっそく話をさせてくれ」


「了解!」


 カイムの下にいた職員は、早速彼に受話器のような物を手渡した。カイムはそれを手にすると、低い声で告げる。


「いきなりで悪いが、俺たちの運命はこの戦いにすべてがかかっている。悪魔は強大だ。だが、君の体は六十層からなる特殊装甲板とアルカナ結晶体で守られている。だから恐れずに戦えばきっと勝てる」


「もとより勝つつもりです」


「そうか、なら俺も安心だぜ」


 カイムは軽い調子でそういうと、ヒュウと口笛を吹いた。だがその直後、険しい顔に戻った彼は雷鳴のごとき勢いで叫ぶ。


「勇者、発進ッ!!!!」



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