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第三話 弱い心

 あたりに戦慄が流れる。修の顔は石化したように硬直して、虚ろな視線がカイムに突き刺さる。修の血の気の薄い唇が震えて、かすれた声を紡ぎだす。


「……それって、あなたたちが僕ら二人をこんな場所に呼び出したってこと? あの化け物を倒すために」


「その通り。悪魔を倒す最後の手段として、我々は君たちを召喚した。異世界からユーフラテスへとな」


 修は何となくカイムたちの言っていることが分かった。されど、理解したくない。非現実だと思いたい。ゆえに彼はもう一度カイムに尋ねてみる。


「召喚とか、よくわからないよ……。まさかよくある物語みたいに魔法陣を描いて『勇者様、来てください!』みたいなことでもやったというの?」


「ああ、大体そうだ。詳しいことはこのスティーニアから聞いてくれ」


 カイムは自分の隣にいるエリスの肩をポンポンと叩いた。修とセナの視線が彼女に集中する。彼女は一歩前に出てくると、口を押さえてこほんと息をついた。


「おおまかに言いますと、修さんのおっしゃった通りで正しいです。私が使用した召喚魔法は、異世界にいる勇者として適当な人物をランダムで作成した魔法陣の上にお呼びするという魔法でした。今回の場合は予期せぬ次元の乱れがありまして、かなり空間的なずれが生じてしまいましたが……」


 エリスは申し訳なさそうに言葉を終わらせた。直後、修の拳がにわかに震え始めた。蒼白だった顔にドンドンと赤みがさしていった。額に血管が浮かび上がって、歯がカタカタと音を立て始める。気持ちが沸騰し、頭の中が怒り一触に染め上げられていく。そして――。


「ふざけるな! そんなの誘拐と一緒だ!」


 修はエリスにつかみかかった。とっさのことで、エリスは何の抵抗もできない。だがそんな修の手を、カイムが払いのけた。


「責任者は俺だ。文句なら俺に言ってくれ」


「わかったよ。じゃあ言うけれど、どうしてこんな誘拐まがいのことをしたんだ! ひどいじゃないか!」


「我々にはどうしても勇者が必要だったんだ」


「ふざけるな! そんなのあんたたちの勝手じゃないか!」


「……その通りだ」


 カイムは淡白な口調で断言した。その目、表情、身体には一切の揺らぎがない。修の表情がほんの一瞬、あっけにとられたように固まる。だがすぐにその顔は赤みを増した。


「わかってるなら、なんで……!」


「人間、理解と行動は往々にして違うのだよ。……エルトラン、映像を切り替えてくれ」


「了解。メインモニター切り替えます」


 カイムの指示を受けたエルトランという女性は、素早く手元のキーボードを弄った。正面にある巨大なディスプレイがフラッシュアウトし、一瞬で画面が切り替わる。するとそこには、地面に向かって触手を打ち込んだ悪魔の姿が映し出された。悪魔は触手を螺旋状に束ねて、地面をドリルよろしく掘り進んでいる。地面と触手の間で散る火花。修はそれを愕然としたように見つめる。


「これは……」


「悪魔は人間の魂を喰うことしか頭にない。だから人間を求めて、この基地まで穴を掘ろうとしているのさ」


「それじゃあ、悪魔がまたここへやってきて僕らを食べるってこと?」


 修の声は小さく怖気づいたようであった。無理もない。彼は悪魔に魂を喰われた人間のなれの果てを、鮮明に覚えているのだ。彼の背中を冷たいものが走り抜ける。手足がにわかに震え始めて、戦慄で脳内が満たされた。その一方で、カイムは淡々と話を続けた。


「君たちや俺たちだけじゃない。悪魔は放っておけば世界中の人間を食い荒らす。しかも悪魔はあれ一匹じゃない。五百年前の記録によればまだまだ悪魔は現れる。これがどういう意味かわかるか?」


 答えは簡単だった。修はその残酷で絶望的極まる答えを、かみしめるかのようにゆっくりと口にする。


「……この世界の人間は、すべて悪魔に食われるってこと」


「そういうことだ。だから……」


 カイムは懐を漁ると黒光りする物を取り出した。その形を見た修は思わず息をのむ。修は実物を見たことはなかったが、彼にもとても見覚えのあるものだった。黒くてL字型、中央付近に蓮根のような穴のあいた膨らみ。さらに持ち手の部分には引き金がついている。それはどこからどう見ても拳銃だった。


「僕たちを脅すつもり? どこまで汚いんだよ!」


「ふん、そんな小物臭いことはしないさ。ほらよッ!」


 ふわり、宙を舞った拳銃。あろうことかカイムは拳銃を投げた。銃は綺麗な放物線を描き、修の手のひらの上に収まる。修はそのずっしりと重い感触に、目を丸くした。


「……どういうつもりなのさ?」


「けじめをつけようってことさ。俺はいまこの組織の責任者だ。だからその銃で、好きなだけ俺を撃て。だが頼む、奴らを止めてくれ。それができるのは君たちしかいないんだ」


 重苦しい沈黙。集まった五人の間に緊張が走り抜けた。カイムの傍にいたエリスとライラは顔を蒼白にして、額に球のような汗を浮かべる。彼女たちはあわててカイムの前に立ちふさがろうとしたが、カイムの手がそれを制した。カイムは二人の方へと振り返ると首を横に振る。


 一方、修は手にしたもののあまりの重さに手を震わせた。彼はとっさにセナの方へと目配せをするが、彼女は無表情のまま。何も口にはしない。修は一人で考えなければならないようだった。


 ――僕が、人を撃つ……? この人は確かに憎い。憎いけれど……――。


 修の心が激しく波打った。憎しみと倫理感とカイムへの同情が激しくぶつかり合って、混沌としたうねりを生み出す。理路整然とした考えなどでてくるはずもなかった。彼は答えが出せず激しく息をするばかりだ。心臓が早鐘を打ち、修の身体が燃えるような熱さを帯びる。


「ほ、本気なのか?」


「ああ、撃つなら撃て」


「どうせ、撃てないとか思ってるんだろ!」


「そんなことはないさ」


 カイムの声に揺らぎはなかった。されど、身体がほんのわずかにだが震えている。おそらく彼は本気で、修が撃つと思っているのだ。ゆえにポーカーフェイスを装っても隠しきれない恐怖が、身体を揺らすのだ。修はそんな様子を見て、この男の覚悟を悟った。


 ゆっくりと銃口がカイムの頭に狙いを定める。凍えるように震える手で、修は銃を構えた。目標との距離はほんの二、三メートル。たとえ手が震えようとも撃てば必ず当たる距離だ。


「みんな、あんたたちが悪いんだ……。僕は悪くない……!」


 自分に言い聞かせるように、自分に暗示をかけるようにつぶやく修。彼の人差し指が、少しづつ引き金を引いて行く。這うような速度で進む指。だがその指はある程度のところで止まってしまった。引き金を引く、ほんのわずかな力が出せない。指がなくなってしまったように感覚がなく、またしびれている。彼は銃を構えたままの姿勢でしばし、硬直してしまった。


 沈黙する世界。計器が出す僅かな音と、荒い呼吸音だけが響く。辺りはまるでスローモーション。何もかもがゆっくりと動いているように見えた。


「…………撃てない」


 修の手から銃が滑り落ちた。カランと軽い音が響く。それと同時に修も床へと崩れ落ちて、ガタリと膝をついた。


 結局、修は銃を撃てなかった。カイムに同情した、撃つほどのことではないと思った。そんなことも修が撃たなかった理由には含まれるだろう。だが撃てなかった最大の原因は修の弱さだった。彼は非情に徹しきれず、人を撃てなかったのだ。


 ボロボロと修の目から涙が落ちる。泣き声はしない。ただボロボロと涙が滴る。情けなかった。自分が決めたわけでもないのに、ただ情に流されて撃てなかった自分がどうにも情けなかった。


「それでいい」


 後ろから優しげな声がかけられた。修が振り向くと、そこには決意したような顔をしたセナが立っている。彼女はそのまま茫然としているカイムの前に移動すると、淡々とした様子で口を開いた。


「この状態では修は戦えないわ。私が一人で戦うから準備をして。まさか、何の準備もしないまま悪魔と戦わせるわけではないでしょう?」


「……ああ、わかった。ステイード、セナを第一装備室に案内してやってくれ。他のものは急いで出撃態勢を整えろ! 悪魔が来ちまうぞ!」


「了解ッ!」


 カイムの号令のもと、にわかにあわただしくなった室内。モニターの画面が切り替わり、次々とデータのようなものが映し出されていく。沈黙は打ち破られ、キーを叩く音と人々の声が激しく響いた。そんな中、修の目の前でライラはセナの手を握った。


「さ、早く行くぞ」


「ええ……」


「ちょっと待ってくれ! 僕も戦わせて!」


 何も言わずに背中を見せたセナに、修は必死の形相で呼びかけた。するとセナは、その色素の薄い髪を揺らしていやにゆっくりと振り返る。なんともさびしげな笑顔が、修の前に現れた。


「それはできないわ。今のあなたはとても戦える状態ではないもの」


「でも……セナ一人だけで戦わせるなんて僕にはできないよ!」


「大丈夫、私には悪魔に喰わせる魂なんてないから」


 ――どういうこと?――。それを尋ねる間もなく、セナは出て行ってしまった。その様子はまるで、修から逃げるようだった。その場には一人、茫然とした修だけが取り残される。それはちょうど、瀬名が死んだ時のような状態だった――。


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