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第二話 基地

 修とセナは揃って足をとめた。二人はこちらにむかって叫んでいる女の姿をよく確認する。紅の髪と蒼い瞳をした、吊り目がちの目がいかにもきつそうな女だった。加えて闇色の軍服のような服を着ている上に、武器らしき杖のようなものを手に携えていた。修とセナは彼女が何者なのかとても気になったが、迷っている暇など残念ながらなかった。また触手が復活したのだ。


「さあ早く! ライトリールが追ってくるぞ!」


 女は近づいてきた修とセナを、有無を言わせず止めてあったスポーツカーのような車に乗せた。その後、彼女自身も急いで車に乗り込むとアクセルを一気に踏み込む。エンジンが唸り、弾丸のような勢いで車が走りだした。


 修とセナがほっとして体を寄せ合う中、車は軽快に街を疾走した。女がハンドルを切るたびに、けたたましいブレーキ音を響かせながら右へ左へと走っていく。ビルの谷間をすり抜けて、たちまちのうちに白い車体は触手の追撃から脱した。


 そうしていると通りのずっと前方に、なにやらトンネルの入口のようなものが見えてきた。道はそこから地下へと潜っている。どうやら地下施設への入口のようだ。女はアクセルを一層踏み込むと、勢いよくその入口へと車を滑り込ませる。直後、金庫扉のような分厚い金属の扉が下された。女はここでようやく後ろを振り返り、修たちの様子を確認した。


「なんとか大丈夫だったな。少々飛ばしたが、大丈夫だったか?」


「ええ、まあ。それよりあなた何者なんですか」


「おっとすまない。申し遅れたが私はライラ・ステイード。対悪魔機関ゲルニカで主任作戦官を務めている。……といっても、君たちにはよくわからんだろう。説明は副長官殿と神子さまからされる予定だから、とりあえずついて来てくれ」


 ライラはそういうと車から降りて、おいでおいでをした。修たちもすぐに降りると、彼女のあとについて行く。薄暗いコンクリート製の廊下に、三人のコツコツとまばらな足音が響いて行った。


 施設は入り組んで迷路のようになっていた。だが、修はその構造と造りにどこか既視感を覚える。どう考えても初めてきた施設なのに、だ。彼は隣を歩くセナの方へ身体を寄せると、ライラに聞こえないようにそっと耳打ちをした。


「この建物、なんか見覚えがあるんだけど……。セナはここがなんだかわかる?」


「私にもここがどういう所なのかはよくわからないわ。でも、どうして見覚えがあるのかはわかるわよ。おそらく、この施設は地下鉄か何かを改造して作られている」


 修は意外そうに目を見開いた。彼はそのまま、先ほどより少し大きな声でセナに尋ねる。


「どうしてわかるの?」


「カーブの造り方とかが、明らかに電車のようなものを通行させること前提に造られているみたいだもの。こうやって人間が通るだけなら、こんな造りにする必要はないはずよ」


 確かに、通路のカーブの部分などはかなり緩やかに造られていた。しかしそれだけのことから地下鉄を元にしているなどと導き出せるものだろうか? 修はセナの洞察に舌を巻いた。


「へえ、すごい推理力と観察力だ。まあ昔っから、セナはそういうことによく気がついたけどね」


「私はただのセナ。最初から言っているけれど、あなたの言う氷雨瀬名ではないわ」


「……どうして氷雨瀬名だってわかったの? 僕は瀬名としか言ってない」


 セナは思わずあっという顔をした。彼女は慌てたように顔をうつむけにすると、重い声で言う。


「私と氷雨瀬名は他人ではないってことよ。……これ以上は聞かないで」


 セナの声は物悲しいものだった。とっさに修は聞いてはいけないことを聞いたと思い、黙る。二人の間を重苦しい沈黙が覆った。暗い通路の雰囲気がより一層暗くなる。


 その後、三人は入り組んだ通路をスタスタと歩いて行った。碌に照明すらついていない通路を歩くのは何となく心細かったが、修はただ無言で歩く。だが、そんな通路がとある角を曲がるや否やその趣を変えた。白い照明の灯る、どこか生活感を感じさせるようなものとなったのだ。


「ライラさん、これは?」


「中枢区画に入ったんだ。もうすぐ目的地につくぞ」


 ライラがそう言ってすぐに、三人は巨大な扉の前へと差しかかった。分厚い鉄の塊のようで、ずいぶんと威圧的な扉だ。ライラはその扉のわきにある機械にカードキーを通す。空気が抜けるような音がして、重い扉がゆっくりとスライドした。


「すごい……!」


 目の前に広がる大パノラマ。幅五メートルはあろうかという全天候型のビジョンが、外の風景や様々なデータを三次元的に映し出している。そのもとで数え切れないほどの人々がせわしく働いていた。映画館のような奥行きのある空間にはキーボードをたたくカタカタという音と、人々の声が響き、ある種異様な熱気が漂っていた。そのまさに秘密基地という雰囲気に、修は興奮したようにあたりを見回す。ライラはそんな修の様子に苦笑して、早く来いといわんばかりに彼の手を引いた。


 修とセナはライラに、この空間の中でもひときわ高い位置にある壇の方へと連れて行かれた。そこには二人の人間が立っていた。一人はライラのものと同じ軍服を着崩し、煙草をふかしている飄々とした雰囲気の男。もう一人は白い清楚なドレスを着たまじめそうな雰囲気の少女。修たち三人がそんな二人に近づいて行くと、二人はこちらをみてほうっと息をついた。


「ステイード主任作戦官、ただいま戻りました」


「おお、ご苦労さん。そっちの二人が勇者か?」


「はッ、その通りです」


 男は値踏みするような目で修たちを一瞥すると、壇から降りてきた。少女の方もそれに続いて降りてくる。修たちの前にやってきた彼らは丁重な態度で頭を下げた。


「こんにちは、勇者さん。俺はゲルニカ副長官のカイム・フォン・ドレインだ」


「同じく、ゲルニカ次元召喚部専属神子のエリス・ラ・スティーニアです」


 二人の挨拶に、修は戸惑ったような顔をした。その一方で、セナは胡散臭いものでも見るような顔をする。が、彼女はすぐさまその表情をおしこめたように無表情になると、二人に頭を下げた。


「私はセナ。家名に当たるものはないわ。セナって呼び捨てで構わない」


 セナはスッと修の方に視線を振った。ぼんやりとあたりを眺めていた修は、それに気づいて慌てて挨拶を始める。


「僕は式原修です。修って呼んでください」


「セナと修君だね? よろしく」


「あッ、よろしくお願いします」


 カイムの差し出した手を戸惑いながらも握った修。こんな場所でも、こういうマナーは同じようだった。続いて、カイムはセナの方に向かって手を差し出した。だが、セナはそれを握らない。代わりに彼女は鋭い視線をカイムに返す。


「挨拶はいいわ。それより、あなたたちは何者なのかしら?」


「これは手厳しい。ステイードからは何も聞いてないのかい?」


「ええ、ステイードさんは副長官のあなたとそこにいる神子さんから説明があるって言ってたわ」


「おいおい、ステイード、お前は何にも知らせずに二人をここまで引っ張ってきたのか?」


 カイムは呆れたような声を出した。ライラの肩がぴくっと震える。彼女は頬を紅くすると、恥ずかしげに顔を下に向けた。


「わ、私が説明下手なのは副長官殿とて御存じだろう。それにまずは副長官殿や神子様が説明するのが筋かと思って、その……」


「確かにお前の説明下手は凄いもんな。飲み屋への道を説明するのに三十分もかかるやつはお前だけだ」


「余計なことを言ないで下さい! それより説明を!」


「わかった、では説明しよう」


 カイムはごほんと咳払いをした。彼の表情が引き締まって幾分か真剣なものになる。すぐ隣に立っていたエリスも若干顔をこわばらせた。


「まず、聞いておきたいんだが君たちはさっきから外で大暴れしてる化け物のことを知ってるか?」


「たしか悪魔って言うんですよね。名前ぐらいしか知りませんけど」


 修はそっとセナの方を見た。セナはもっとほかに悪魔のことを知っていそうではある。しかし、彼女は何も言わずカイムの話を聞くようであった。


「ああ、その通りだ。俺たち人類の天敵で、五百年前にも一度来襲している恐るべき奴らだ。さっきも見ただろう? 軍隊の連中が壊滅する様を」


「見ました……」


「ならわかるはずだ。連中は軍隊では倒せない。奴らを倒せる存在はこの世界でただ一つ、聖石を身体に埋め込んだ勇者だけだ。だが、残念ながら我々の世界ユーフラテスには勇者はいない。そこで召喚の儀式を執り行い呼びだしたのが……君たちというわけだ」


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