村、到着しました。
村は長閑な田舎という雰囲気だった。
小さな石垣で囲まれた土地には、世界法則が働いている気配を感じた。
うん、お約束の力と呼ぼう。
『街中に魔物は入ってきません』ってやつだ。
この石垣が大きく崩れたりしたら、解けてしまいそうな代物だが。
村の入り口から、まっすぐ行くと大きな建物が一つだけ頭を出していた。
「あれは?」
「教会です、聖域の近くなので、立派な建物なんです。神父さんは管理が大変そうですけど。貴重な時を知らせる魔法具があって、日のあるうちは一時間ごとに鐘がなってカラクリ人形が踊るので、この村唯一の観光建造物です」
「ああ…」
…うん、大手百貨店みたいなんて言っても通じないだろうけど、時間の概念は共通のようだ。
まぁ、アーサーさんの創造した世界だし、共通点は普通に多々あるだろう。
現在は二時十八分くらい…
「あっちの建物がギルドです」
手を引かれ、教会周辺の建物群の一つへと向かう。
微妙な時間帯のせいか、あんまり村人を見かけなかったが、ギルドの建物内は小さな居酒屋も兼用しているみたいで、いくつかのテーブルがありその二つには人が座っていた。
四人のグループと、パイプ煙草をふかしている老人一人。
飲食とはカウンターが違うのだろう、出入り口近くの方にあるカウンターでは眼鏡をかけた緑色の髪をしたお姉さんが、こっくりこっくりと居眠りをしていた。
奥のカウンターの中は調理場のように見え、動いている人影も二つ見えた。
「ミアリスさん…」
少々呆れたようなリージの表情に、これはいつものことなのだろうなというのが雰囲気で分かった。
「おーい、ミアリスちゃんっ、リージが帰ってきたぞっ、お客さんつれてっ」
テーブルの一つを塞いでいた四人のうち、リーダーっぽい青年が声を上げて…ミアリスと呼ばれたお姉さんはビクッと震えあがって、顔を上げた。
「いらっしゃいませっ、本日はご依頼ですか?クエストですか?」
…うん、残念な美女だ。
スタイルよく顔立ちだって美人なのに、色気ゼロな天然系。
彼女の目も髪と同じ緑だった。
「ミアリスさん……」
「あれ、リージくん、今日は帰ってくるの早かったわね。採取は上手くいった?あれ?何だか行く前と服装が変わっちゃってるけど?」
リージの表情が強張る。
これは、私が言った方がいいだろうか?
「実はその、襲われて」
「えっ、襲われって、盗賊でも出たの?この辺の魔物相手なら、リージくんは問題なく対処出来るレベルだしっ、怪我、怪我はっ?」
私が口を出す前に、リージは青ざめながらも説明を始めた。
ぎゅうっと握っていた手に力が入る。
そして受付の女性は、軽く混乱してしまう。…少し落ち着け。
「いえ、彼の話では冒険者らしいですよ、背後から殴りかかられたそうです」
「え、あれ?あなたは?」
…うん、天然さん。ずっとリージの隣に立っていたのに、今やっと気づくって……
「私の名前はヒイラギ、彼が襲われていた所を助けた者です」
「ありがとうございますっ、ヒイラギさんっ、リージくんを助けてくれてっ」
身を乗り出してお礼を言う彼女に、ちょっと引く。
「あっ、私の名前はミアリスです。よろしくお願いしますね」
「…はぁ、はい」
「それでは。いらっしゃいませ、本日はご依頼ですか?クエストですか?」
にこっと再びなセリフを口にした彼女に、少し頭痛を感じた。
「…森の中に彼を襲った冒険者達を、縛りあげて転がしてきたんですが、放置したままでもいいですか?」
「え?」
「私は島出身で、大陸は初めてなので一般的な大陸の常識を知りません。今回伸した相手達がギルドの冒険者らしいので、聞きにきました。責任問題とか発生しませんか?」
「え、えーと?」
「ミアリス、私が警備兵呼んできてあげる。リージくんに危害を与えるなんて、いい度胸してるじゃない」
さっき声をかけてきた男性のいるテーブルから、今度は赤毛にネコ耳の女性が拳を手のひらにスパーン、スパーンと叩きつけながら立ち上がった。
うん。受付のお姉さんの反応からいっても予想していた。
実はリージ、このギルドのアイドルだね?
リージはきょとんとしていて、私の手を引いた。
「あの、ギルドの登録をするんじゃ…」
「うん、それは後でも出来るからね。別にあいつら放置しといて、魔物の餌にするなら、それはそれでいいかもしれないけど」
「いっ、いえ、そんなわけにはっ」
「あ、ねぇ、そこのあんた、縛り上げた奴らのとこまで道案内してよ」
ネコ耳女性が戻ってきて言うのに、私は「あ、はい」と返した…が。
「いえ、僕が行きます」
と、リージが手を上げた。
「リージ」
私は思わず、咎めるように彼の名を呼んだ。
「だって僕のことで、これ以上ヒイラギさんの手を煩わせるわけには…っ」
私はリージの頭を撫で、身をかがめて彼の顔を覗き込んだ。
「リージ、君はポーションで治したといっても、酷い怪我をしていた。それに疲れているだろう。無理をしちゃダメだ。私の言っていることが分かるね?」
目を合わせて、真剣な表情で言う。
リージは分かってくれたようで、…でも心苦しいのか、ギクシャクと頷いた。
ん?
なんで皆、こっちを見て赤くなってるんだろうか?