薬草と、死。
「ヒイラギさんっ」
訓練室にノックして入ると、丁度一段落ついた所だったのか猫神父様はお茶を入れ、リージはテーブルの上を片付けていた。
「こんにちは、」
「おお、これはお久しぶりですなヒイラギ殿」
「お久しぶりです。神父様」
ほんわりと笑い合っている間に、リージはどこからかもう一脚椅子を持ってきてくれた。
「ヒイラギさん、今日はどうしたんですか?」
「うん、ちょっと面白いのが出来てね。リージにプレゼント」
ハンカチに包んでズボンのポケットに突っ込んでいただけの腕輪を、取り出して差し出した。
「えっ、そんな貰えませんよっ」
「貰って。リージを思って作った物だから」
「おや、魔道具かね?」
猫神父様の言葉に、リージはぎょっとしたようだった。
「ええ、分かりますか?」
「見せてもらっても?」
まぁ、この効果を見てもらえば神父様もリージに進めてくれるだろうと、私は頷いて渡した。
「ほう…素晴らしい」
そして私の予想通り、猫神父様は腕輪をリージに差し出してくれた。
「リージ、天然魔道具の法則は知っておろう?これはお主のために作られた物だ。受け取りなさい」
「で、でも…」
「沈静効果があるらしいんだ。ね、リージ受け取って?」
私がリージの顔を覗き込んで言うと、リージは凄く恥ずかしそうな顔になって…でも猫神父様から腕輪を受け取ってくれた。
うん、もしかしたら男の子だもんね。装飾品恥ずかしかったか…まぁ、リージの役に立つアイテムだし我慢してほしい。
「ヒイラギさん…ありがとうございます」
顔を赤くしながらも腕輪を装着してくれたリージに、私はうんやっぱり似合うと満足して微笑んだ。
さて、今日は終わりとリージと一緒に帰ることになり、教会を出る時にはすでにアイリーフの姿はなかった。
リージは周囲を見回して、不思議そうな顔になり…それから、はっと私を見上げた。
「…あの、アイリーフに何か言われましたか?」
「うん。でも私も言ったからね」
「え」
「リージは冒険者として薬草採取、何か拘りをもって真剣にやってるでしょう?」
出会って間もない私でも分かることだ。
「それを軽視しているような子と、組む日なんて訪れないよってね」
リージは私の言葉に、何だか泣きそうな顔になった。
悲しそうで、どこか嬉しそうな。
「父さんと母さん、病気で死んだんです。聖域近くの村なら、簡単に手に入るはずの薬草で治る病気でした」
教会の出入り口の階段に腰掛けて、リージは力なく笑った。
「でも、あの時期…一つの聖域が、魔に浸食されたんです」
私は猫神父様の話を思い出していた。そう…神聖石と
「西の魔都区?」
「はい…とは言っても、神聖石のことは知りませんでしたけど、当時もどうしてこんな事態になったのか原因は分かりませんでした。西の聖域の一つが魔に浸食されたせいだと知ったのは…両親が死んだ後でした」
あっという間でしたと、どこか遠い目をしてリージは当時の様子を語った。
草木は枯れ、水は濁り、病が流行り…魔物は増え力を増しました………と。
「この村にも沢山の冒険者が押しかけました。聖域近くの村でも、大変な状態だったんです。他の所なんか、余計に悲惨だったらしいです。食べ物や薬草の値段は高騰しました」
「なるほど、買い占めとかが起こった?」
それならば、アイリーフが根底で冒険者を憎んでいるらしいことも、分かるかもしれない。
リージは頷いて、更に話を続けた。
「それどころか、村人から脅して取り上げたり、盗んだりするような輩もいました。殺されかけた人もいて、母さんが怒って犯人を突き止めて、火柱を上げたこともありました」
懐かしそうにリージは上空を仰ぎ見た。うん、それって火柱の高さへの目線だよね?
「病人だったのに、変な話ですが…死ぬ直前まで元気でした。僕に心配かけないように振る舞ってもいたのでしょうが」
「リージ」
私はリージの家で暮らしている。両親の部屋も、魔法使いの研究室も見せてもらっている。
そして、前々からあったはずの庭の薬草園も。
「リージの家に薬草はあったね?」
「…はい。でも以前の村では…薬草は簡単に手に入る物と……ほとんどの家庭には……無かったんです。そして変化はあまりにも急激でした。両親は薬草を村に配りました。当初はまだ家にも余裕があって…でも、両親が発病した時には…手元にも勿論村にも薬草はありませんでした」
リージは苦笑した。
「今、薬草採取の依頼を出している人達は、その頃のことが焼きついてしまっている人や、乾燥させただけじゃなくて…それ以上の長期間の保存法を研究している人や、少量でも効力を高める研究をしている人達なんです」
「なるほど…」
アイリーフには薬草採取が…両親を失った過去に囚われ、すでに意味がないようなことをしているように思えたんだろう。
リージは両親の死を無駄にしないため、前を向いて進んでいるのに…
たぶん彼女こそが、過去と憎しみに囚われているのだ。