第9話「武術大会、あるいは全員が手を挙げた日」
武術大会の告知が出たのは、入学から六週目の朝だった。
掲示板の前に人だかりができていた。今回は試験の時より多かった。
レオンは後ろから内容を確認した。
王立アルカディア魔法学院第十二回武術大会。全学年対象。剣術部門、魔法部門、総合部門の三種目。総合部門は剣術と魔法と体術を組み合わせた実戦形式。参加は任意、一人複数部門への参加可。観覧は全校生徒および来賓。来賓の中に王族の名前があった。
レオンは来賓の欄を二度読んだ。
国王陛下および王妃陛下、臨席予定。
レオンは隣のエルフィーナを見た。
エルフィーナは総合部門の説明を読んでいた。目が輝いていた。
「姉上」
「総合部門は面白そうだ」
「来賓に国王陛下がいらっしゃいますが」
「強い相手と戦えるか」
「それどころじゃないです、殿下のご両親ですよ」
「関係あるか」
レオンは額に手を当てた。
---
その日の昼、参加申し込みが始まった。
エルフィーナは三部門全てに申し込んだ。
迷いが一切なかった。
レオンは申し込み用紙を見ながら言った。
「姉上、三部門全部ですか」
「全部出る」
「体力的に」
「問題ない」
「国王陛下の前でということを、もう少し」
「強さを見せる機会だ。むしろよい」
レオンは申し込み用紙を見た。
エルフィーナの名前の下に、カイの名前があった。総合部門だけだったが、申し込んでいた。
「カイさん、申し込んだんですね」
「ああ、申し込むよう言った」
「姉上が?」
「今の実力を試す機会だ。出ない理由がない」
カイが隣でうなずいた。顔が少し青かったが、目は輝いていた。
「……出ます。絶対に出ます」
「よし」
エルフィーナは満足そうな顔をした。
---
ミレーユが申し込み用紙を持ってエルフィーナの前に来た。
「エルフィーナ様」
「ミレーユか。どの部門に出る」
「魔法部門に申し込もうと思っています」
「よし。最近の魔力操作の精度は上がっている。戦えるはずだ」
ミレーユの顔が赤くなった。
「エルフィーナ様に見ていていただけますか、私の試合」
「当然だ。弟子の試合は師が見る」
ミレーユはしばらく固まった。
それからレオンに小声で言った。
「弟子、と言ってもらえました」
「よかったですね」
「……だめだ」
「ミレーユ様」
「わかってます。でも弟子って言われると」
レオンは申し込み用紙に視線を落とした。
自分の名前はまだ書いていなかった。
「レオン様は出ないんですか」
「……剣術部門だけ、出ようかと思っています」
「エルフィーナ様に稽古をつけてもらっているんですから、出るべきですよ」
「姉上と同じ大会に出るのは複雑な気持ちがありますが」
「なぜですか」
「結果が全然違うので」
ミレーユは笑った。
「それはみんな同じです」
---
午後、掲示板に参加者一覧が貼り出された。
総合部門の参加者の中に、アロイス・フォン・クロイツェルの名前があった。
レオンはその名前を見て、嫌な予感がした。
エルフィーナの名前と同じ部門に、同じ学年として並んでいた。
「姉上、アロイスが総合部門に出ます」
「そうか」
「先日の件がありますから、あの人は姉上に対して」
「戦いたいのだろう」
「そういう意味ではなく」
「よかった。強い相手が増える」
レオンは黙った。
エルフィーナにとってアロイスは「強い相手かもしれない対戦候補」であり、それ以上でも以下でもなかった。
---
夕方、シグルトが参加申し込みをした、という話がすぐに広まった。
総合部門だった。
レオンはそれを聞いて、複雑な気持ちになった。シグルトが出るとなれば、エルフィーナとの対戦が組まれる可能性が高い。それは間違いなく大会最大の見どころになる。国王陛下の前で。
その夜、シグルトがレオンを廊下に呼び出した。
「エルフィーナは三部門全部に申し込んだと聞いた」
「はい」
「止めなかったのか」
「止められると思いますか、姉上を」
シグルトは少し間を置いた。
「……そうだな」
「殿下が総合部門に出ると聞きました」
「ああ」
「エルフィーナ様との対戦が組まれるかもしれません」
「それを期待している」
「国王陛下の前ですよ」
「知っている」
「父君の前でご令嬢に負けるかもしれませんが」
「エルフィーナに負けることは恥ではない」
シグルトは静かに言った。
「あの人の強さは本物だ。それを父上に見せることは、むしろ誇りだと思っている」
レオンはしばらく黙った。
「……殿下は本当に」
「何だ」
「エルフィーナ様のことを、真剣に見ているんですね」
「最初からそうだ」
シグルトは歩き出した。
「レオン、大会まで二週間ある。エルフィーナの稽古の邪魔をしないように気をつけてくれ」
「邪魔をするつもりはありませんが」
「あの人は稽古以外のことを全部後回しにするから、食事と睡眠だけは確保してやってくれ」
「……それは私の仕事ではないんですが」
「お前にしかできない仕事だ」
シグルトは振り返らずに言った。
レオンは廊下に一人残った。
――仕方ない。
それが自分の役目だということは、わかっていた。
---
その夜、談話室にレオン、ミレーユ、カイの三人が集まった。
「大会まで二週間か」カイが言った。「正直、怖いです」
「怖いのは当然です」レオンが言った。「ただし出ると決めた以上はやるしかない」
「エルフィーナさんと同じ大会に出るなんて、場違いすぎる気がして」
「場違いかどうかは結果が決めます。カイさんはこの一ヶ月で相当伸びた」
「レオン様も出るんですよね」
「剣術部門だけ」
「一緒に頑張りましょう」
ミレーユが言った。
「私も魔法部門に出ます。エルフィーナ様に見ていていただけるので」
「それが動機ですか」レオンが言った。
「それが一番の動機です」
カイがミレーユを見た。
「ミレーユ様、エルフィーナさんのために強くなりたいって思いますか」
「思います。ずっと思っています」
「俺も同じです」
二人は顔を見合わせた。
レオンは窓の外を見た。
中庭からエルフィーナの素振りの音が聞こえた。
大会まで二週間。エルフィーナは今夜も、誰よりも早く、誰よりも遅くまで稽古をするだろう。
そしてそれを誰かに見せるためではなく、ただ強くなりたいからやっているのだということを、レオンは知っていた。
---
翌朝、アロイスがレオンの前に現れた。
一人だった。周囲に取り巻きはいなかった。
「アルカディアの弟」
「レオン・フォン・アルカディアです」
「一つ聞きたい」
アロイスの顔は、いつもの高慢な表情ではなかった。何か別のものが混ざっていた。
「あの令嬢の武術は、どこで習得した。魔法の名家の出身なのに、なぜあれほどの剣術と体術が使える」
「……詳しくは姉上本人に聞いていただくしかありません。ただ、幼い頃から独自に修めたものです」
「魔法の名家が、なぜ武術を」
「姉上が望んだからです」
アロイスはしばらく黙った。
「大会で当たるかもしれない」
「そうですね」
「……楽しみにしている」
アロイスは歩き去った。
レオンはその背中を見た。
先日と何かが違った。敵意ではなく、別の何かが混ざっていた。
純粋な、武人としての興味だった。
レオンは少し考えた。
アロイスはエルフィーナに地面に沈められた。その瞬間から何かが変わったのかもしれない。強さを目の当たりにして、貴族としての矜持より別の何かが動いた。
エルフィーナはまたやってしまったのだろう。
本人は全く気づかないまま、また一人を変えてしまった。




