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侯爵令嬢は恋を知らぬまま最強である 〜最強なのに、恋だけがわからない〜  作者: N


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第7話「定期試験、あるいは全員が何かを悟った日」

 入学から一ヶ月が経った。


 定期試験の告知が出たのは、その翌朝だった。


---


 掲示板の前に人だかりができていた。


 レオンは後ろから内容を確認した。魔法実技、魔法理論、剣術実技、歴史、語学、魔法陣構築。六科目、三日間。順位は全校に掲示される。


 隣でエルフィーナが掲示を読んでいた。


「全科目か」


「はい」


「剣術実技はグラハム教官が審査するのか」


「そう書いてあります」


「楽しみだ」


 レオンは人だかりを見渡した。緊張した顔、青ざめた顔、覚悟を決めた顔。様々だった。


「姉上は勉強の準備はしていますか」


「している」


「いつ」


「稽古の後と、朝食の前と、就寝前」


「……睡眠は取れていますか」


「六刻は取っている」


 レオンは少し安堵した。


「姉上、歴史だけは気をつけてください。シグルト殿下が得意科目のはずです」


「そうか。では歴史を重点的にやる」


「勝負事ではないんですが」


「試験は実力を測るものだ。全力でやる」


 レオンは何も言わなかった。


---


 試験初日、魔法実技だった。


 ファウルは試験用の指示書を持ちながら言った。


「火属性の魔法で、的を狙え。精度と出力を見る」


 エルフィーナの番が来た。


「はい」


 エルフィーナは手を向けた。


 的が消えた。


 正確には、的とその台座と、その後ろの壁の一部が消えた。


 ファウルは眼鏡を外した。レンズを拭いた。もう一度かけた。


「……加減を」


「十分の一です」


「それで壁が」


「申し訳ありません。的の素材が予想より脆かったようです」


 ファウルは深呼吸をした。


「精度の評価が難しい。的が残らないので」


「では次は残します」


「お願いします」


 二回目、的の中心に親指大の穴が開いた。周囲は無傷だった。


 ファウルは何かを書き留めた。手が震えていた。


---


 二日目、剣術実技だった。


 レオンは標準的な評価をもらった。「基礎が丁寧、実戦経験を積め」という短評だった。


 カイの番が来た。


 グラハムと向き合ったカイは、先月とは別人だった。エルフィーナに毎日魔力操作と体捌きを教わった結果、動きの質が上がっていた。


 五合打ち合った。


 グラハムが木刀を止めた。


「……一ヶ月でこれだけ伸びたか」


「はい」


「誰に習った」


「エルフィーナ様です」


 グラハムは何も言わなかった。ただ短く「よし」と言った。


 カイが席に戻ってきた。顔が赤かった。


「グラハム教官に『よし』って言ってもらえた」


「先月まで基礎もままならなかったのに」ミレーユが言った。「本当に伸びましたね」


「エルフィーナさんのおかげです」


「それはそうですけど、カイさんが努力したからです」


 カイはミレーユを見た。それからエルフィーナを見た。エルフィーナは次の生徒の審査を真剣な顔で見ていた。


「……絶対に強くなります」


 小声だったが、レオンには聞こえた。


---


 エルフィーナの番が来た。


 グラハムが構えた。試験だということを忘れたような顔だった。


 始まった。


 先月の手合わせより、エルフィーナの動きが洗練されていた。一ヶ月でさらに上がっていた。グラハムとシグルトを相手に毎日稽古を続けた結果だった。


 二十合で決着がついた。


 グラハムは参った後、しばらく沈黙した。それから採点表に何かを書いた。


 後から聞いた話では、採点欄に「評価不能、別途記録」と書いてあったらしかった。


---


 三日目、座学三科目が終わって試験が終了した。


 翌日、掲示板に順位が出た。


 全科目総合一位、エルフィーナ・フォン・アルカディア。


 魔法実技一位。剣術実技、評価別途。魔法理論一位。歴史二位。語学一位。魔法陣構築一位。


「姉上」


「何だ」


「歴史が二位でした」


「悔しい。次は一位を取る」


「一位は殿下ですよ」


「知っている。だから悔しい」


 レオンは掲示板を見た。


 全科目一位を取った令嬢が、歴史の二位だけを気にしていた。


 それがエルフィーナだった。


---


 試験結果が出た夜、ゴドフリーからの手紙が届いた。


 エルフィーナ宛だったが、差出人はゴドフリーだった。談話室でエルフィーナが声に出して読んだ。


「『エルフィーナお嬢様。その後、お健やかにお過ごしのことと存じます。こちらは皆、変わりなく過ごしております。ソフィアは毎朝の稽古を欠かさず、ルカは先週ようやく基礎の型を完成させました。ハインツ副長は最近、お嬢様が以前見せた足捌きの模倣を試みており、騎士団の面々も研究に余念がありません。私は覚書の四冊目に入りました。お嬢様が学院でいかなる武術の展開をされているか、詳細なご報告をお待ちしております。なお、本日の稽古でカルロス門番が初めて私から一本取りました。記念すべき日です。しかし私はまだまだ未熟です。お嬢様の教えを胸に、精進いたします。敬具 ゴドフリー・ハルト』」


 談話室が静かだった。


 カイが口を開いた。


「……覚書の四冊目」


「ええ」レオンが言った。


「お屋敷の人たちも稽古を続けているんですね」


「ゴドフリーは元王国騎士団団長です。その人が一本取られて記念日と書いています」


「門番に」


「はい」


 エルフィーナは手紙を丁寧に折り畳んだ。


「ゴドフリーは相変わらずだな」


「返事は書きますか」


「ああ。試験が終わったから今夜書く」


「何を書くんですか」


「学院での稽古の報告と、カイの魔力操作が伸びていること、グラハム教官とシグルト殿下が良い稽古相手であること」


 カイが固まった。


「俺のこと、報告するんですか」


「当然だ。弟子の成長は師が記録する」


「弟子……」


 カイの目が光った。


 ミレーユが小声でレオンに言った。


「カイさん、また落ちましたね」


「先週落ちていました」


「私より重症かもしれません」


「ミレーユ様もかなり重症です」


「知ってます」


---


 試験結果が出た夜、シグルトが中庭に現れた。


 エルフィーナが一人で涼んでいるところだった。レオンは縁側から見ていた。


「総合一位、おめでとう」


「ありがとうございます。殿下は歴史が一位でしたね。私の負けです」


「……そこだけか、気にしているのは」


「他に何がありますか」


 シグルトは空を見た。星が出ていた。


「エルフィーナ、少し話せるか」


「はい」


 シグルトは隣に立った。エルフィーナも立ったまま、同じ方向を見た。


「君と婚約してから八年経つ」


「そうですね」


「学院に来て一ヶ月が経った」


「はい」


「この一ヶ月で、君のことがよくわかった」


 エルフィーナはシグルトを見た。真剣な顔だった。


「どのようなことが」


「君は強さを愛している。身分を問わず人を見る。約束を守る。稽古を欠かさない。食事と睡眠を削らない」


「……よく見ていらっしゃいますね」


「見ていたいと思っている」


 間があった。


 エルフィーナは少し考えた。


「殿下は観察眼が鋭い。それは強さの一つだと思います」


「……そういう意味で言ったわけではないが」


「どういう意味ですか」


 シグルトは小さく息を吐いた。


「……いや、いい。今日はそれだけだ」


「そうですか。では私は素振りに戻ります」


「ああ」


 エルフィーナが歩き出した。


 シグルトはその背中を見ていた。


 レオンは縁側から、シグルトの横顔を見た。


 困ったような、しかしどこか嬉しそうな顔だった。


 負けを楽しんでいる人間の顔だった。


---


 深夜、レオンは自室でゴドフリーへの返信を書くエルフィーナの横に座っていた。


「何を書いているんですか」


「試験の報告と、カイの成長、グラハム教官とシグルト殿下との稽古の記録」


「殿下のことも報告するんですか」


「よい稽古相手だと書いている」


「……それだけですか」


「他に何がある」


 レオンは少し考えた。


「婚約者として、何か」


「婚約者として?」


「殿下は姉上のことを」


「よい稽古相手だ。それ以上でも以下でもない」


 レオンは天井を見た。


 エルフィーナはすらすらと手紙を書き続けた。


「ゴドフリーは喜ぶだろうな」


「何がですか」


「学院でも弟子が増えたと書いたら」


「弟子というのはカイのことですか」


「ああ。あとミレーユも最近伸びている」


「ミレーユ様を弟子と思っていたんですか」


「違うのか」


 レオンは答えなかった。


 ミレーユが聞いたら泣くか笑うか、どちらかだと思いながら。


---


 手紙を書き終えたエルフィーナが言った。


「レオン」


「はい」


「この一ヶ月、よくやっている」


「はあ」


「お前がいると助かる」


「……何かしましたか、私」


「色々と」


「具体的に」


「気づいていないのか」


「はい」


 エルフィーナはレオンを見た。


「毎日、私が見落としていることを補っている。授業の連絡、食事の確認、周囲との調整。全部お前がやっている」


「……それは」


「感謝している」


 真っ直ぐな言葉だった。


 レオンは視線を逸らした。


 耳が少し熱かった。


「……仕方ないでしょう。姉上は気が向いたら全部忘れますから」


「そうだな」


「それが私の役目です」


「ああ」


 エルフィーナは手紙を封筒に入れた。


「よい弟だ」


 レオンは返事をしなかった。


 できなかった。


 窓の外の星が、静かだった。


 明日からも、この学院では何かが起きる。


 それだけは確実だった。

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