堕天使襲来
◇
──その後、東雲は去りゆき、小倉もも、ももちゃんも何処かに消え──結局、残された僕は、宇佐美健太、そして唯川雫さんと七月のプールをエンジョイすることに。
わー楽しいなぁ、わーいわーい……、
……って、さっきから唯川さんの恍惚とした視線が怖い。つうか宇佐美、お前もだ。なぜ僕の太ももをそんなに直視する。
というか、そもそも僕はなぜビキニなんて着てるんだろう。普通に海パンで良かったような?
……今さらすぎる後悔に、夏の日差しがじりじりと突き刺さった。
──そして、ようやく、長い一日が終わろうとする深夜。
精神的にも体力的にもボロ雑巾のようになりながら、どうにかアパートに戻った僕は、ヨレヨレになった水着を中性洗剤で丁寧に手洗い、窓の外……に干すのは事案なので浴室に吊るし、やっとここで大きな溜め息を一つ。
重い指先でスマホを叩く。
『東雲センパイ 今日はごめん』
『ももちゃん 今日はごめん』
長文だとなんか言い訳じみる。ここはシンプルに誠意を込めた。
今回の件は、剣崎──宇佐美を誘った僕が全面的に悪い。奴さえ呼ばなければ、唯川さんだって来なかったはず。……マジで選択をミスった。
両名とも返信はない。既読スルー。でもしょうがない、これ以上は相手の神経(逆鱗)を刺激するだけだ。
「寝よう、もう……」
鏡の前で前髪をちょんまげに結い、いそいそとメイクを落とし始めた、その時。
ピコン。
ももちゃんだ。
『今度いつ会えますか?』
なるほど、そう来たか。短い文面だが、逃げ道を塞ぐ即死効果は抜群だ。ええっと……『しばらく収録が詰まっているから、すぐに難しいかな』。これでやんわりと──
ピコン。
『早急に面談を希望します。なお拒否権はありません』
いや、そう言われても……。
ピコン、ピコン、ピコン、ピコン、ピコン
ピコン──!
『もしかして既読スルーですか?』『いいですよ、ならこちらにも考えがあります』『今からそっちへ伺っても?』『ええ 覚悟はできています』『たとえ身を汚されても、わたしの心は綾乃さんのものですから』
ってか、こっちが条例で逮捕されるわ! つうか絶対確信犯だろ!?
ピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコ──
(……とりあえず、玄関の鍵、もう一回確認しとくか──)
ちなみに、東雲からの返信は、夜が明けても届かなかった。
(……そう言えば、あいつには、絶交されたんだったな──)
──てなわけで翌日、週明け。
本日は午前中から、「終末アオハル」の収録だ。
あれから少々寝不足気味だが、僕は朝から手慣れた手つきでナチュラルな女子メイクを施す。服装は、比較的大人しめなガーリー系をチョイスした。──色々と試行錯誤したが、結局、自分にはこういう「ゆるふわ」な格好が似合う気がする。
……認めたくはないけれど。
首元の絆創膏を剥がすと、まだくっきりと歯型が残っていた。とりあえずチョーカーで隠す。まったく、女吸血鬼かよ……マジで血を抜かれたかと思ったわ。アイツならやりかねないのが怖い。
一通り支度(女装)を終え、いざ出陣。アパートの前で、今日も暑くなりそうだな、と日傘を差したところで──ふと、肌を刺すような視線を感じた。
……気のせい? いや、これでも一応は芸能人だ。周囲を警戒しつつ、駅へと歩を進める。
そうこうしているうちに最寄りの駅に到着。
改札口の前で、フェミニンなトートバッグから交通ICカードを取り出していると、突然背後から声をかけられた。
「せ、センパイ……」
心臓が跳ねた。恐る恐る振り返ると、そこには儚げに佇む黒髪ショートボブの──《《堕》》天使がいた。
漆黒のシースルーミニワンピースを身に纏った彼女は、とってもホラー……じゃなくて、控えめな微笑を浮かべている。
ええっと……誰だったけ?
「え、えへへ……きょ、今日は、し、東雲センパイと一緒……じゃないんですね」
「へ? あ、うん……」
「だ、だったら……す、スタジオまで、ご、ご一緒しません、か?」
顔立ちは文句なしに美少女。だが、笑い方がマジ怖い……
(──って、こいつの存在をすっかり忘れてたぁああ! い、いや、いい子なんだよ? ただ、ちょっとだけ……いや、かなりの地雷……)
「……ぁ、いや、あの、そのぉ……」
本能が警鐘を鳴らし、無意識に一歩後ずさる。だが。
「くふっ、センパイ……今日は思い切り女の子してて、か、かわいい、です……へ、へへっ」
「ちょ、ちょっと待って……ッ!?」
逃げようとした瞬間、ガシッと二の腕を掴まれた。
少々……いや、相当に難アリな後輩声優──榊美琴。その指先は、驚くほど熱かった。




