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【新装版】オレンジボイス 〜女装してアイドル声優になった結果、周りが地雷だらけで詰んだ件〜  作者: 乙希々


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決意の初収録。

 ──あれやこれやと日は流れ、いよいよ『ヴァルキリーレコード』の初収録当日。


 僕は何度も繰り返し練習した台本を再度入念にチェックし、アパートの部屋をぐるぐる徘徊したりと、朝から準備に余念がない。


「……、慎也、貴方を愛している。だからお願い……私の傍にいて、永遠に──」


 自分が演じることになる「八城雛月やしろひなづき」、『ゔぁるれこ』のメインヒロイン。


 もう何度目か分からない彼女の台詞を反復して、ふと思った。


(──いや、これって、本当に地声のままでお芝居、してもいいんだよな?)


 多かれ少なかれ演じる声に抑揚をつけたりキャラの喜怒哀楽をオーバーにしたりするのはOKだが、基本となる地声のキーを無理に上げたり下げたりするのは一切NGとのこと。それが演者に対して製作側の要望だったりする。


 つまり。


 下手に女声を作らず、普段と変わらない《《男》》の地声のままで《《ヒロイン》》を演じろ──


 ってことだ。


 流石にそれは無理があるような……。



 ──そして、刻一刻と時間が経過し、丁度お昼を過ぎた頃。


「そろそろ行く準備でもするか……」と、重い腰を上げたときだ。


 ピンポーン、とドアのチャイムが鳴り、続けて「神坂君、いる?」と、柏木マネージャーの声。本日はアフレコ初日ということで、彼がスタジオに送迎してくれるらしい、とのこと。


 でもちょっと早くない? と思いつつもドアを開ける。


「やあ、神坂君、お疲れ様」


 白い歯とメガネをキラリと光らす柏木さん。


「やっほー」


 んで、何故か例のスタイリスト、相葉実乃梨さんが、そんな彼の背中からひょっこり顔を出す。


「ハァ……」


 そして僕は、マリアナ海溝よりも深いため息を吐く。



 ◇


 その後、柏木さんの運転するワゴン車に揺られ、僕は都内のスタジオに向かっていた。車窓を流れる景色を眺めながら、これからの人生について黄昏れる。悪徳貴族に身売りされる薄幸な少女Aの心境ともいう。


「そんなに緊張しないでください。たかが深夜アニメのアフレコです。普段通りでいいんですよ」


 ハンドルを握る柏木さんがミラー越しに微笑む。……って、これのどこが 「普段通り」だよ、と思い切り異を唱えたい。


「…………」


 だが結局、僕は黙り込む。何を言っても無駄だと分かっている。こうなったら腹をくくるしかないだろう。台本の最終チェックでもするか。



 ──とはいえ、覚悟は決めたつもりでも、いざ現場に到着すれば、すぐに逃げ出したくなるのが人の業。


 意外にもオシャレなスタジオビルのロビー、その壁一面に貼られた巨大な鏡の前で、僕の決意は跡形なく崩れ去った。


 隙のないスーツを着こなす超絶イケメン。そしてその隣には、プロの手で魔改造を施された僕の姿。


 緩やかに巻かれた艷やかな黒髪。平たい顔面を欺く特殊加工されたメイク。鏡の向こうから、見知らぬ美少女が儚げにこちらを見つめ返してくる。


 ギンガムチェック柄の清楚なワンピースから伸びる脚はストッキングに包まれ、男のものとは思えない、驚くほど頼りないラインを描いていて──


「か、柏木さん……やっぱり僕──」

「何を怖気づいているんです? 本当に綺麗きれいですよ。……神坂君」

「ぐぐっ……」


 もはや、逃走経路を探して視線を泳がせた、その時だ。遠くからでも分かるほど、禍々しいオーラを放つ人物が、明らかにこちらを視界に捉えていた。


 東雲綾乃しののめあやの


 魔王軍の女幹部とエンカウントした冒険者A……いや、TS転生し、無理やり乙女ゲーの聖女として担ぎ上げられた男主人公の宿命か。


 鮮血のような高級ブラウス、漆黒のタイトミニを揺らし、まさに現代版の悪役令嬢が、闇のオーラを増幅させながら、最短距離で僕へと迫りくる。


(……っ、そんなことよりも、逃げなきゃ、今すぐここから──)


「東雲さん、お疲れ様です」


 秒で逃走を選択した僕の右手を、柏木さんがガッチリと掴む。あろうことか、今まさに人から魔のものと変貌した東雲に向かって、呑気に手を振っていたりする。


「ふふ、柏木マネージャーこそお疲れ様。大変ね。そんな下賎げせんな女、いいえ、TSくずれのマネージメントなんて……そうね、貴方もそう思うでしょう? 《《橙華》》さん」

「うっ……」


 魔のもの……いや、東雲は柏木さんのスマイルを完全に無視し、即死チート級の邪眼で僕を射抜く。


「いやー、相変わらず東雲さんは手厳しいですね、はっはっはっ」

「あら、柏木マネージャーこそ、私なんて足元にも及びませんわ。ふふふ……」

「え、えへ、へ……」


 もう、わらうしか……。


 今回初収録となるアフレコは、それこそ始まる前から、もう嫌な予感しかしないのだが?



 ◇


 ──あれから、悪役令嬢ムーブの東雲(天然)に対し、大人の対応を崩さない柏木さん(養殖)は、なんやかんや連れ立って本日の収録現場のスタジオに入っていった。で、根っからのモブ気質の僕は腰を低くし、後を追う。


 音響機材に囲まれたブースには、監督やミキサー、演出といったアニメ制作陣が詰めかけていた。


 柏木さんは早速、スタッフたちに挨拶をして回っている。僕も出遅れちゃいけないと長椅子から立ち上がろうとした時、隣の東雲が無言で押し留めた。


「あの……東雲さん、僕も挨拶に行きたいんだけど……できればその、怖い顔でスカートをつかむのはやめてくれます?」

「…………」


 促しても、東雲は頑として裾を離さない。もう何なのコイツ。


 まあ、直ぐに全体ミーティングが始まるのだから、その時きちんと自己紹介をすればいい話だ。


 決して東雲の無言の圧力に屈した訳でない……ウソです、思いっきり屈しました。



 その後、収録の時間が近づくにつれ、主役を演じる人気男性声優の妻夫木渡つまぶきわたるさんを筆頭に、他の声優陣が続々と集まってきた。それと同時に僕の緊張がどんどん高まっていく。


 東雲は──無言。


 こうなると、彼女なりに緊張してるのか、それともこの僕に対して、未だに逆ギレ状態なのかが判断しかねる。


 しきりに台本をチェックし直している僕に対し、隣で大層余裕ぶっ放しておみ足を組んでいる様子から、大方緊張してるように見えないけどな。


「全員、集まりました」


 女性スタッフさんが声を上げると、初老の男性がブースの中心に周りを集めた。


「えー、本日は、『ヴァルキリーレコード』の記念すべき第一話のアフレコになります。どうぞ皆さんよろしくお願いします」


 初老の男性、青木音響監督の挨拶のもと、各配役の声優紹介が始まる。


「アフターマイン所属、片瀬慎也かたせしんや役の妻夫木渡です。本日はよろしくお願いします」

「ノエルプロ所属、水口穂香みなぐちほのか役の東雲綾乃です。よろしくお願いします」


 爽やかに笑顔を浮かべるベテラン妻夫木さんに対し、淡々とした態度の東雲。もう何も言うまい。周りが次々と挨拶をしているうち、いよいよ僕の番が回ってきた。


「の、ノエルプロ所属、や、八城雛月やしろひなづき役のかみさ……いえ、橙華とうかです! ほ、本日はどうぞよろしくお願いします」


 緊張の余りにしどろもどろになってしまったが、どうにか無難に挨拶をし終えた。


「「「「…………」」」」


 ……が、周りが一斉にシーンとなってしまった。せめて拍手の一つでもして欲しい。


「で、ではこれよりオープニングパートの、て、テスト行きます」 


 そうこうするうちに、青木音響監督の一声で各々が台本片手にマイクの前に立ち、並べられた三本のマイクのうち、真ん中に妻夫木さん、左が東雲、右が僕という配置でそれぞれスタンバイする。


 うー、今更ながら心臓がバクバクだ。


 これまで僕が演じてたキャラは、ネーム無しのモブな役柄ばかり。声優三年目にして実質これが本当のアフレコデビューともいえる。それも最初で最後のチャンスかも知れない。


『──もう、慎也なんて知らない!』


 東雲の熱演。冒頭シーンは、唐突に現れた謎の美少女に翻弄される主人公を幼馴染おさななじみである穂香が嫉妬する場面だ。流石に上手い。何の迷いもなく役をこなしている。


『おい、待てよ! 穂香……くそっ、一体誰なんだよお前は……』


 妻夫木さんが主人公の慎也を演じ、いよいよ僕の演じる雛月の出番だ。大丈夫……この日のために血反吐を吐くほど練習した。後は己を信じるのみ。音響監督の指導のもと、あえて声色こわいろは変えず、地声のままでいく。


『……私、私は貴方の恋人』

『こ、恋人? な、何を言っている』

『まだ、分からないの?』


 画面一杯に映し出された雛月の魅惑的な口元に、台詞を合わせる。


 か細く。


 はかなく。


 それでいて、スタジオ全体に響き渡るような声を意識して、


『──っ』

『慎也……』


 その時、モニター越しに映る未完成な白塗りの背景をバックに、その場から逃げるように立ち去ろうとする慎也の腕をつかみ、そのまま彼の背中に顔をうずめる雛月。この場面は原作の挿絵にもなっている名シーンの一つだ。「このときの雛月はこうであって欲しい」と自分なりの解釈に沿ったお芝居──


 ……いや、これはきっと、僕の、神坂登輝の理想、物語だけのヒロイン像。


 ただの、アニオタ──声オタの妄想に沿った、演技だ。



 ……そう。貴方は私から逃げられない、これからもずっと、永遠に、一緒だから──



 そして、ここから二人のいびつな物語が始まる、ってところでオープニングパートが終了する──



「お、OK、です……。では、これより本番行きます」



 って、何だかブースの空気がピリついている……というか、ざわついている気もするが、とりあえずリハ(予行練習)はクリア。音響監督からのダメ出しも──特にナシ。


 つうか、さっきから僕を見る(睨む)東雲の視線が……うーん、まるでシリアルキラー(殺人鬼)のそれだ。それに妻夫木さんなんて、ボォーと天井を眺めているし。


 ……まぁ、何にしても僕は、これから一人の声優として、橙華として、この役に魂を売ったのだから、後は、なるように祈るのみ。


 この際、周りの目なんか気にしてる場合じゃない……とはいうものの、周りからしてみれば、やっぱり僕は異端な存在なんだろな、と思わなくもないけど。


 ああ、スカートの中がスウスウして気持ちいい──

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