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【新装版】オレンジボイス 〜女装してアイドル声優になった結果、周りが地雷だらけで詰んだ件〜  作者: 乙希々


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まさかの壁ドン!?

 希望という名の旅路たびじの果てで


 まだ行先が見えなくて


 大空に羽ばたく、鳥たちの群れに


 誘われるように導かれる私たち


 でもね──、




『──後悔なんてしたくない〜♪』


『そう〜、私たちは〜今を生きてるの〜♪』


『『だからほら〜♪』』


『『──ルルル〜♪ 戦いましょう〜♪』』


『──〜〜ルル♪ ふんスっ!』


『♪……って!? お、おい、東雲ぇ──ちょ、ちょちょちょっと……うぉおっ!』



「ノエル声優プロダクション」通称「ノエルプロ」。


 そんな看板が掲げられている雑居ビルの最上階──もとい、ただの三階にある防音レッスン室でのことだ。


 セミロングの髪をポニーテールにし、真っ赤なスポーツウェアに身に包んだ我が相方にして、女装男子絞殺未遂という物騒な肩書きを持つ東雲綾乃。


 あろうことか、曲に合わせて優雅に扇ぐと見せかけ──まさかの横薙ぎ。ぶち込まれたヨーロピアンな扇子の一撃を、顔面スレスレ、紙一重で躱した僕……いや、現代メイクの魔力で美少女アイドル声優にTS転生させられた橙華は、その場で尻もちをつきながらも、ジタバタと四つん這いで一面ガラス張りの壁際に緊急退避した。


「──ハア、ハア……お、おいっ東雲、危ねーだろ。マジで顔面に当たったらどうすんだよ」

「あら、ごめんなさい。ついうっかり手が滑ってしまったわ。……チッ」

「今、思い切り舌打ちしたよな……?」


 ズレかけた黒髪ロングのウィッグを定位置に戻しながら問い詰めるも、当の本人は全く悪びれる様子がない。絶対わざとだろ、これ。


 今日は、僕と東雲による抱き合わせ声優ユニットのCDデビューに向けた仮レッスン。


 歌やダンスの振り付けが入ったデモテープが届いたから、「本格的にレッスンが始まる前に軽く二人で合わせよう」なんて言ったのが運の尽きだった。そもそも、協調性皆無のコイツと組まされた時点で、この音楽企画は詰んでいる。


「──でもまあ、とりあえずここらで休戦……じゃなくて、休憩にしない?」

「そうね。貴方がどうしてもって言うなら、休んであげてもいいわ。感謝なさい」


 そう言い放つなり、壁に寄りかかるとペットボトルのいちごオレを豪快に一気飲み……って、なんでお前が逆ギレしてんだよ、むしろこっちがキレたいわ。


 僕は僕で、冷たい床に座り込み、持参した水筒のお茶で喉を潤していると、ふいに東雲がこっちを見て嘲笑。


「黒パン」

「──ぶっ! 違ぇよ! これは見せパン……っていうか、黒スパッツだ!」


 そう、今の僕は、上こそ小汚いジャージだが、下はプリーツスカート(姉のお古)を着用。誤解しないで欲しいが、趣味で生足を晒しているわけじゃない。本番の衣装に合わせ、仕方なく……あくまでも仕事のためだ。


 振り付けによるスカートの広がり、インナーといえどパンモロしないよう、見え方を鏡に向かってひたすら練習……つうか、何のムリゲーだよ、ちなみに僕の衣装がミニスカで東雲はロングスカート。普通は逆だろ。


 って、今はそんな些細なことよりも、いや由々しき問題だが、この機会に一度確認すべきことがある。


「……あ、あのさ、東雲センパイ。もしかして……お姉さんと仲が悪かったりする?」


 タイミングを見計らい、唯川ゆいかわしずくさん──実の姉との関係を恐る恐る尋ねてみた。


 すると。


「そうね」


 ただ一言。そっぽ向いたまま、ぶっきらぼうに吐き捨てられる。


 薄々そうじゃないかな、とは思っていたが、これは想像以上に姉妹の溝は深そうだ。これ以上の詮索は野暮か、と口を噤んだのだが。


「──あれは、私が小四の時だったわ」


 東雲はしんみりと、どこか遠くを見つめながら、ぽつりぽつりと語り出す。


「その日、十歳の誕生日を迎えた私のために、ママ……こほん。母が誕生日会を開いてくれたわ、綾子のお友達をたくさん家に呼んでお祝いしましょう、って」

「そ、そうなんだ……いいお母さんだよな」


 適当に相づちを打ちながら、いかに地雷を避けて劇薬ヒロインの回想を消化するべきかと、脳内エロゲデータベースを模索するが、該当なし。……これは、闇ルート不回避か。


「でも、幼い頃から《《超絶美少女》》だったこの私には、誕生会に呼べるような釣り合う友達が一人もいなかったわ」


 超絶美少女ってとこは一旦スルーし……ま、小学生のボッチは辛いよな、と経験者は語りつつ、


「そ、そんなの今さら気にするなよ、誰だって黒歴史の一つや二つあるだろ?」


 小刻みに震えるその細い肩にそっと手を置く。幼女バージョンの東雲を想像しながら。


「な、なのにあの女は……っ」

「あの女? もしかしてお姉さんが、唯川さんがそれをバカにしたとか……」


 もしそうなら、相当なトラウマだ。姉妹仲が冷え込むのも無理がない。


「己のコミュ力、自分の女友達を大勢呼んできて、わた、私の誕生日会をめちゃくちゃにしやがった……」


 え……? お姉さんはたぶん、良かれと思ってやってるのでは? 現実、計算高そうでいて、案外天然なとこもあるし。


「──ああもう、思い出すだけでも腹が立つ、それにあの女は……。まあいいわ、今の私には関係ないことだわ。……ねえ橙華さん。貴方もそう思わない?」

「へ……?」


 突如、カッと見開かれた東雲の眼球が、まさに闇堕ちしたヒロインのそれで、本能的に身の危険を察知した僕は、背後の壁へとじりじりと後退した。


「ふふふ……」


 だが、逃げられない。東雲は空間を侵食する深淵の闇のごとく、ズイ、ズイと距離を詰めてくる。


「ぁ、あの……って、ちょ、ちょっと待て──」


 抵抗も虚しく、ガンッ! と鈍い音が響く。背中が壁に。目の前には細い腕──いわゆる、壁ドン。


「ふふ……橙華さんと私は、ふ、フフ。お、と、も、だ、ち、かしら?」

「あ、はい……。友達です……」

「そう。良かったわ、ふフふ──」


 三日月形に吊り上がった禍々しい口角を見て。


「あはは……」


 ……僕は笑い返すことしかできない──

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