東雲綾乃、激怒する。
あの勝手気ままな東雲綾乃の実姉にして、人気女性アイドル声優──唯川雫(本名、年齢共に不明)との食事会。
その後、紆余曲折ありつつ、さらに二次会と称して強引に連れて行かれた高級居酒屋で、例によってタチの悪い酔っ払いと成り果てた挙げ句、とある界隈しか理解不能な言語を喚き散らす唯川さんを無理やりタクシーに放り込み……げふん。見送ったことで、貞操を……いや、無事に事なきを得た、僕こと神坂登輝──っていうか、偽りの女性アイドル声優、橙華。
──それこそ自分も、長距離タクシーで優雅に……というようなセレブティじゃないので、終電間際の駅にダッシュで駆け込み、心身共にぐったりとなりながらもアパート前まで辿り着き、カラカラに乾いた喉をペットボトルのお茶で潤し、階段を登り、部屋の前でほっと一息。何気に鍵をドアノブに差し込んだところで、またもや暗雲が立ち込めた。
「──は? ……ったく、ドアの鍵開いてるじゃん」
深いため息をつきながらも、ドアを開けて、
「──おい東雲、お前いい加減にしろよな、勝手に人様の部屋に不法侵入……ん? のわぁああああ!」
勢いのまま部屋の明かりをつけた瞬間、思わず玄関先で仰け反ってしまう。
狭いながらも、唯一無二の安らぎ場であるアパートの自室。それが今、部屋の隅っこで無言かつ無表情でうずくまり、ミニスカートの中身が見えるか見えないか絶妙なラインで体育座りをする女と思しき個体によって事故物件と化していた。
「ふフふ……お帰りなさい」
その時、どこぞのJホラー映画さながら、女──東雲がニンマリと口角を吊り上げた。
普段は内巻きにセットされている長い黒髪が無造作に顔面へと垂れ下がっていて……ガチで怖い。
「……あ、あのええっと……ははは、ししし、東雲来てたんだ、来るなら来るで、連絡をくれればよかったのにさ、ハハハは」
ブラウスの背中に冷たい汗を感じつつも、見て見ぬふりをし、着ていたアウターをハンガーに掛ける。
「あなたのスマホ……、通じなかったの」
そんな僕の背後に、スゥーと音もなく現れる人影。
「──ねえ、どうして……どうして、かな?」
ぁ……、たしかあの時、唯川さんにスマホの電源を切れとか言われて、あれからそのままだった。
「うフふふふ……」
つうか、さっきから東雲の口調が恨み節……というか、様子がおかしくね? 不気味な笑いといい、あれじゃまるで去年東雲が主役を演じていたホラーアニメ──第一話から作画崩壊が凄まじく挙げ句の果てに制作現場が飛んで結局全十二話のところ九話で強制打ち切りとなった今ではネットミーム化しある意味アニメ界隈で伝説のホラー番組となった『怨み女子高生みここちゃん』の幽木御心ちゃんみたいじゃんか。見た目は全然JKじゃないけど。
「……あハははは──ってほら、さっさと誰と会っていたか吐きなさい、事によっては覚悟することね」
「ぁああ、ちょちょちょっと待て──ぎぎぎ、ギブギブギ──うげっ!」
問答無用で、背後からヘッドロックを掛けられ、背中越しに柔らかいおPの感触……なんてものは幻想で、ただただジタバタと悶絶する僕。
ピンクルージュにロングヘアウィッグ、フェミニンなワンピといった紛うなく女装姿で、危なくこの世から逝ってしまうところだった。
ってか、何でコイツ、こんなにキレてんのっ、意味わかんねぇ──




