【閑話】 とある深夜のカフェにて。
──今夜0時、指定の場所に来なさい。
来なければ、一生後悔させてあげる。
◇
午前零時過ぎ。
客足が途絶え、ひっそりと静まり返った真夜中のカフェ。
薄暗い店内の片隅、人目を避けるように座る端正な男女がいた。
傍目には、訳アリな夜の密会を重ねる若いカップルに見えるが、果たして──
「──確か『タッキュウ!』の舞台にアンタがゲストとしてしゃしゃり出た時以来だろ、顔合わせんのは」
「ええ。あの時は発情期の鶏どもに囲まれて、無性にフライドチキンが食べたくなったわ」
「相変わらず言うねぇ。んで、その鶏頭になんか用? まさかオレに恋でもしちゃった? 悪いけど他を当たってくれ。三次元の女ってのはタイパもコスパも最悪で、色々とメンドーだしな」
「あら、勝手に貴方の脳内ハーレムに私を登場させないでほしいわ。本当に、救いようのない雄鶏だこと。一度、公然わいせつ罪で訴えられなさい」
「ふーん。ま、アンタみたいな性悪女がアイドル声優してんのも立派な詐欺罪だろ。とりあえず全国の善良な声オタに土下座して詫びろよ」
「ふ、ふふ……」
「くっ、くっくっ……」
一触即発。
ふとした弾みで殴り合い──いや、凄惨な殺し合いさえ始まりかねない殺気が、テーブルの上で火花を散らす。冷や水を注ぎに来たアルバイト店員は、その殺伐とした空気を察し、お盆を盾に慌てて店の奥に逃げ帰った。
「──そうね、この私が、わざわざこんなチンケな店に貴方を呼び出した理由。少しはその足りない鶏頭で想像ついたかしら?」
「知らねーよ。つーか、ここはオレの馴染みの店だ。それより、どうやってオレのプライベートIDを突き止めた? そっちの方がよっぽど気になるんだが」
「ふふ……知らないほうが、きっと貴方のためよ」
女は超デラックスジャンボパフェを突っつきながら不気味に微笑む。
「……お前、顔が怖ぇよ。ってか、唇にクリーム付いてんぞ?」
「──んで、結局どうなんだ? わざわざ脅迫まがいのメールで呼び出したからには、それなりの理由があるんだろ? ほら、さっさと要求を言え」
苛つきを隠さず男が吐き捨てる。女は、シロップとミルクでドロドロに濁ったコーヒーとは名ばかりの液体を手に、不敵に口角を吊り上げた。
「ふっ、そうね。貴方は以前ここで《《橙華》》さんと──」
「って、おい! あんた、なんでそれを──」
「単刀直入に言うわ。今後は一切、《《彼女》》とは関わらないでいただけるかしら?」
「彼女って……。いや、別にいいだろ、オレは純粋に橙華ちゃんが好きだし、アンタに口出しされる筋合いはねぇよ」
「好き? 滑稽だわ。果たしてそれは、ただの《《異性》》としての感情かしら。ふふ……」
「くっ……」
「貴方の性癖なんて興味ないわ。でも、これ以上は諦めなさい。これが私からの要望。……それとも脅迫かしら」
女は冷ややかな手つきで、一枚の写真をテーブルに滑らせた。
「──ふふ。今夜は楽しめたわ。その写真は煮るなり焼くなり、何なら頬ずりでも構わないわ。好きになさい」
「お、おい、アンタ、これ……。やり方が汚えぞ」
「あ、そうそう。今後、SNSの発言には気をつけなさい。じゃないと、貴方の性癖がネットの海に放流されることになるわ」
嗜虐的な笑みを浮かべ、わなわなと震える男を見下ろす。女は勝ち誇ったように背を向けると、ヒールの音を軽やかに響かせて店を去っていった。
「あの女。ふざけやがって……。くそっ、くそっ、くそっ!」
残された男は、毒づき、受け取った写真を両手で引き裂こうとする。だが、直前で思い留まり、冷え切ったコーヒーを無理やり喉に流し込む。
「──ったく、堂々とたかりやがって……」
テーブルの伝票を乱暴に引ったくると、頭を掻きながら、重い溜息を漏らす。
「なーにが、諦めろだ。そんなの、認めるわけねーだろ」
写真を──《《彼》》本来の姿を、執拗に指先でなぞる。
「……しかし、よく撮れてるよな。あとで拡大しとくか──」




