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【新装版】オレンジボイス 〜女装してアイドル声優になった結果、周りが地雷だらけで詰んだ件〜  作者: 乙希々


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VS2.5次元俳優 ①

 カランコロン──


 五月末日の昼下がり。


 原宿駅前の喧騒を避け、表参道から数本外れた裏通り。そこに影を潜めるように佇むカフェの扉をくぐった。


 まさに知る人ぞ知る、という感じの昭和レトロな純喫茶。


 セピア色の照明に、まばらな客。お世辞にもSNS映えとは無縁の店だが、これから始まるワケありな《《密会》》には、これ以上ないほど好都合の場所。


 入店と同時に、変装用の黒縁メガネを外し、この日のためにチョイスしたベレーを少し横にずらしてから、店内を見渡す。


(……って、いた。まあ、いるよな。わざわざ呼び出したわけだし)


 あくまでも見た目だけは、知的で上品な清楚系を装い、愛想も欠片もない女性店員さんに笑顔で「待ち合わせです」と告げてから、脇を引き締め内股で、コーヒーの香りが漂う店内を進む。奥のテーブル席へ。


 そこにいたのは、毛先をゆるく遊ばせた茶髪のウルフカットにサングラス姿の2.5次元俳優──剣崎けんざきしょう。地元の同級生だが、付き合いは皆無。当時のスクールカーストの壁は、それほどまでに高い。


 そんな陽キャの代表みたいな剣崎……いや、本名、宇佐美うさみ健太けんたは、スマホをポチりながら気怠そうにあくびなんかしている。まだこちらに気づいていない。


(まあ、今さら後には引けないよな……)


 シミュレーション通り、フェミニンなバッグを両手で抱えての前傾姿勢。宇佐美とのファーストコンタクトを仕掛けた。


「ええっとぉ〜、剣崎翔さん、ですよね?」


 まず手始めに、奴のイメージを覆す八城雛月ボイス(ゆるふわver)。加えてピンクルージュであざとく加工した唇で、渾身の橙華スマイルを披露。


 対する宇佐美は、こちらを見上げるなり、ポカン口を開ける。


 うん。いかにも頭空っぽのアホそうだし、状況がまるで把握できてないのだろう。


(……よしよし。たぶん奴は僕(神坂登輝)だと気づいてない。メイクや服、その他もろもろ。いつも以上に気合入れたしな。……ここまでは完璧の流れだ)


 僕は清楚な白ブラウスの襟元を正し、短めなフレアスカートが捲れないよう、しおらしく裾を整えてから向かいの席に腰を下ろす。


「もしかして、橙華とうかちゃん?」


 すると、慌ててファッショングラスを外し、寸時にアホ面から、いけ好かないイケメン顔にフォームチェンジした剣崎こと宇佐美は、芸能人特有のニヒルな笑みを浮かべ、要らぬセクシーな眼差しをこちらに向けてくる。


 内心の「うげっ……」という吐き気を、必死に平たい胸の奥へと押し込み、僕は内巻きにセットしたウィッグを上目遣いでもじもじと弄ってみせて。


「──あ、はい♡ 今日はそのぉ〜。ご迷惑かなって思ったんですけどぉ、来ちゃいましたぁ。あの剣崎翔くんが私のファンだって、《《神坂》》くんに教えてもらったからぁ……きゃ♡」


 当初の予定通り、奴がもっとも苦手とするであろう、甘ったるく間延びしたトーンで攻め立ててみる。


「おおー、マジかー! オレはてっきり、神坂本人が来るもんだと」

「あはは、そうだよね〜。裏切ってごめんなさーい」

「いやいや、全然オッケー、むしろウェルカムだし。あ、これ。オレのパフェだけど食う?」

「なにそれ〜、マジウケる! 剣崎さんって面白い〜」


 確か、ギャル口調も好まないはず。


 っていうか、何で食いかけを初対面の女子(中身は男だが)に勧めるんだよ。……それよりも、自分。今一つキャラの属性が定まっていない気がするが、まあいい。


 学生時代、モテモテのコイツの周りには、派手な女子が多かったが、コイツはいつも適当にあしらっていた気がする。たぶん苦手だったんだろう。根はただのアニオタで声オタだから。


 それにしても、宇佐美みたいなイケメンと会話するのは、女装中とはいえ、結構くるものがある。コイツ、無駄にいい匂いがするし。


(……ホント、さっさとこんな茶番劇をすませて、家に帰ろう)


 事の発端は二日前。何の前触れもなく掛かってきた、宇佐美からの電話。クラスの連絡網に携帯番号を載せてたのが運の尽きだった。


『──よお、神坂! 久しぶり〜』


 陽キャ特有の能天気でフレンドリーすぎるノリから始まり。


『──前にユキに聞いたけどさ、お前、声優やってるって本当か? え、マジで? すげえじゃん、有名人かよ!』


 ってか、ユキって誰だよ……という疑問は一旦置いとく。


『──実はさ、オレも舞台俳優やってて、いろいろ悩みとかあるわけ。あ、そうだ。お前、橙華って声優知ってるか? え、知ってる? おお、マジか! オレ、前から彼女のファンを公言してて』


 ……うん、知ってた。それでお前んとこのファンに散々目の敵にされているし。


『って、電話じゃなんだから、今度さ、直接会って語ろうぜ! 場所は──ああ、あとで地図送るわ』


 奴が一方的に喋るだけで会話もろくに弾んでもないくせに、あれやこれやと勝手に決められて、どうせ目的は「橙華ちゃんを紹介しろ」なんていうのは見え見えなので。


 ならいっそ、本人を拝ませてやろうと、僕は泣く泣く橙華として参上したわけだ。


(……さてと、ここからが本番だ。……悪いが宇佐美。お前が抱いている、アイドル声優、橙華の幻想は、今日この場で粉々に打ち砕いてもらう。二度とファンなんて公言したくないほどに──)

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