悪役令嬢と町娘の輪舞曲《ロンド》
仕事着のイメチェンという名目で行われた、あのキャミソール&ミニスカート爆死事件から数日後。
季節外れのセクシーコーデもとい、ただの痴女スタイルで、東雲の荷物持ちという大義名分のもと、肩と下半身をスウスウさせながら連れ回された喜劇……いや惨劇が、ようやく記憶の片隅で黒歴史化した頃。世間では初夏を予感させる五月晴れのある日、僕は朝から都内某所のオフィスビルに訪問していた。
「──ええ、ご説明は以上となります。こちらが企画書ですので、ご確認を」
ガラスドアがオシャレなミーティングスペース。ブランドスーツを完璧に着こなした壮年の男性が、テーブルの上にずらりと資料を並べる。
「あ、はい。……拝見します」
対し、ナチュラルメイクにハイネックのトップス、淡いマキシ丈フレアスカートという、結局お決まりの文化系女子大生コーデで落ち着いた僕──橙華は、口にしていた紙コップをあたふたとテーブルの脇に置き、恐る恐るそれら一枚一枚を手に取った。
本日は、以前から話に上がっていた東雲綾乃のCDデビュー、および、ついでに決まった僕の歌デビューについて、初の本格的な打ち合わせが行われていた。
……だというのに、この広い室内にいるのは、僕と見知らぬダンディなオジ様の二人きり。当事者の東雲でさえ同席しておらず。
インテリ眼鏡のブリッジをクイと押し上げるその所作から、あの腹黒マネージャーと同じ食えない大人の匂いがプンプンするこの方は、某音楽配信会社の偉い人……らしいのだが、なぜこんな大物が底辺声優の僕とサシで向き合っているのか、もはや意味が分からない。
「──では、何かご質問はございますか?」
「へ? あ、ええっと、そう、ですね──」
ここまで話を聞いた限り、ツッコミどころは満載なのだが、まずは一番、嫌でも目に付く箇所を指差した。
「この、二人で並ぶジャケット写真のデザイン案なんですけど……この真っ赤なドレスの女性は、ええっと、その……東雲綾乃さん、ですよね?」
「ええ。中世ヨーロッパの令嬢をイメージしたデザインとなっています。辛辣な……いえ、上品な彼女のイメージに適切かと」
……うん、流石はプロのお仕事。よくわかっている。この無駄にゴージャスな衣装は、スレンダーなモデル体型、かつ、悪役令嬢ヅラの東雲が着れば、これ以上なく映えるだろう。
ってことで、問題はこっち、だよな。
「……たしかに東雲さんのは、ビジュアル的にハマり役だと思います。けど、こっちの……隣のキャラは、当然、ボク……私になりますよね?」
「はい。こちらは同じく中世ヨーロッパの『町娘』をイメージしたデザインとなっております」
町娘か。……うん。たしかにそう見えないこともない。一部を除き、アルプスの少女が大人になった感じの衣装……だけれど。
「──作品のテーマはこうです。悪役令嬢と、彼女に虐げられる町娘。この身分格差を超えるツインボーカル、およびユニットダンス。今回はネット配信が主軸ですので、我が社としては特にMVに心血を注ぐつもりです」
この人、結局は東雲のこと悪役令嬢って断言しちゃったよ。というか、僕が虐げられる町娘ってどういうこと? 配役がリアルすぎて笑えないんだが。
「──ええっと、コンセプトは分かります……分かりましたけど、私が着る衣装、あからさまにスカートが短すぎませんか? これだと歌うにしろ踊るにしろ、ちょっと動いただけで中身が見えちゃうというか……」
提示された町娘の衣装は、膝丈どころか太ももが大胆に露出したミニスカート仕様。どうしてどいつもこいつも僕に短い布を履かせたがる。そもそも中世の町娘がこんなミニスカ履いているわけないだろ。時代考証どこ行った。
「いえ、そのへんは心配なさらず。あとの編集でどうとでもなりますから」
涼しい顔で言い切る、配信会社の偉い人……いや、中島さんは、手元のタブレット端末をゴソゴソと操作し始めた。
「──こちらは我が社が急遽作成したイメージ動画です。まずは、こちらをご覧ください」
いまいち腑に落ちないが、促されるままに画面を覗き込む。同時に、スピーカーから弾けるようなアップテンポのイントロが流れ出した。
なるほど。メタルな曲調が案外いい。SFアニメの主題歌にでも合いそうな雰囲気だ。もっともそれが、中島さんが言う悪役令嬢と町娘のコンセプトに合致しているかは、全く別の話だが。
そんなことを思いながら画面を凝視していると、画面の端から二人の3Dキャラが踊りながら飛び出してきた。
ゲームキャラ調にモデリングされた、ゴージャスなドレス姿のドきつい悪役令嬢(東雲)と、幸薄そうなフリフリミニスカ姿の町娘(橙華)。
……って、いきなり僕、悪役令嬢に扇子ではたき倒されてるんだけど!?
「ちょ、ちょっと一回止めてもらっていいですか!」
「おや、どうかなさいましたか?」
「どうもこうも、出だし早々、僕のキャラ(町娘)が全力でぶっ飛ばされましたけど 」
いくら虐げられる役とはいえ、これはあんまりだ。
「いえいえ、あくまでも演出上の〝フリ〟ですから、実際に扇子で殴打するわけではありません」
……いや、あの東雲ならガチで殺りにくる。
「ちなみに、その扇子の材質は?」
「プラスチック製です」
(──それなら、まあ……って、全然良くねーよ!? プラスチックだってフルスイングされりゃ痛えわ!)
思わずテーブルに突っ伏して悶絶する僕をよそに、中島さんは淡々と続きを再生した。
画面の中の僕(町娘)は、踊りながら東雲(悪役令嬢)に足蹴にされたかと思えば、唐突にサビで「聖女」として覚醒。闇堕ちした悪役令嬢とガチバトルを繰り広げ、最後はなぜか和解したらしく、二人で仲睦まじく抱き合って終わった。……というかこれ、MVじゃなくてただのコントだろ。
(っていうか、僕のキャラ、やっぱり動くたびスカートの中身(白)が丸見えなんだが? 編集でこれ、どうにかしてくれるのだろうか?)
「──以上となります。問題なければ、来月から早速ダンスとボイストレーニングに入りますが……いかがでしょう?」
「あ、ええっと、その……」
「橙華さんが所属する『ノエル声優プロダクション』は、全面的に協力してくださるそうです。東雲綾乃さんも快く承諾されました。あとはあなたの返事次第ですが」
「……マジですか」
事務所はともかく、東雲までが既に了承済みだとは……解せぬ。
「──あの、踊りはいいとして、やっぱり歌まではちょっと……すでにご存知かと思いますが、自分は、その……」
今さらだが、中身が男の僕が「女性」アイドル声優として歌手デビューはムリゲーが過ぎる。 容姿や声は誤魔化せても、歌声の音域まで騙し通せるはずがない。
「それについては懸念に及びません。デモテープで拝聴しましたが、そのルックスは勿論のこと、あなたの歌唱力、特に高音域は女性アーティストとの差異を全く感じさせませんでした。……正直なところ、今回は東雲さんの人気にあやかる形での起用でしたが、今後はアイドル声優、橙華としての話題性も十分に狙えると踏んでいます」
「へ……? あ、はい」
プロにそこまで断言されると、何だか俄然やる気が──
「──ですから、今後は『女装』アイドル声優としての本懐を、ぜひ我が社のMVで存分に発揮していただきたく。多少の放送事故など、お気になさらず」
「って、全然気にするわ!」
──で、この後、二時間に及ぶ交渉の末、僕が着る羽目になる衣装のスカート丈は、泣く泣く妥協して、激しく動いても中身が見えないギリギリのライン……つまり、十センチだけ伸ばしてもらうことで、無事(?)に決着した。




