キャミソールとミニスカート。
:は? トウカってダレ(・・? マジありえないんだけど
:翔くん、ダマされないで(`Д´)ノプンプン
:(●`ε´●)
:その女 特定しました
◇
(──と、特定ってなに!? てか、思い切りコメント荒れてね?)
年季の入った都内某所、スタジオビルのロビーにて。
自販機横の長椅子で、僕……いや、盛り盛りメイクに黒髪ロングのウィッグで女体化した神坂登輝こと橙華は、スマホの画面をそっと閉じた。
案の定、高校の同級生である宇佐美健太──今や人気絶頂の2.5次元俳優、剣崎翔の応援スレは、プチ炎上中だ。原因は奴がネットの海にぶち上げた「アイドル声優の《《橙華》》ちゃん、マジでタイプ!」という声オタ特有のマジ恋宣言。
ああ、胃がキリキリ痛む……。
(……いや、落ち着け。ここは下手に騒がず、沈静化を待つのが得策だ。僕が言い寄ったわけじゃない。向こうが勝手に自爆しているだけだ)
ペットボトルの水で胃薬を流し込み「さて、仕事仕事──」と、リサイクルショップで購入したフェミニンなバッグから台本と赤ペンを取り出す。
本日の収録は、来期放送予定のアニメ『オレの異世界転生が全然ハーレムじゃなかった件』。現状、唯一のネームドキャラなので、役を完璧にこなすための最終チェックだ。
とはいえ、台本に並ぶのは「あふぅ〜♡」「うふん〜♡」「ぽわわわん♡」といった叡智な台詞というか、アヘ声。……これ、男が演じるのはもはや詐欺行為では?
「──ご、ご主人様……このアニス、どんな辱めも耐える所存です。はふぅ〜♡」
……ってか、いちいち台詞に「♡」がついてんの意味分かんねぇよ!
──そんな公開処刑……。いや、収録を無事に終えた翌週。
五月の大型連休も終盤を迎えた、その日。
特に予定もなく暇を持て余していた僕は、朝から山手線を乗り継いで、原宿に出向いていた。
目的は、今後の《《仕事》》に必要な消耗品(ファンデーション、乳液、リップその他諸々)、さらに追加の《《仕事》》着(ブラウス、スカート類)と《《仕事》》で履く靴(パンプス等)を調達することだ。そう、これはあくまでも仕事道具の仕入れである。
だが……。
(──うーん、これは思ってた以上に圧倒されるな……)
これまでは通販や姉のお古で適当に済ましてきたが、最近はワンピやフレアスカートといった着こなしが記号的、ワンパターン化している自覚があった。それに、これからの季節にあったコーデも考えなければならない。夏は特に薄着になるし、女装で生計を立てている身としては、どう乗り切るのか死活問題だ。
というわけで、いざ流行の最先端たる原宿の大型ファッションビルに足を踏み入れてみたが、そのキラキラムーブに目眩がした。場違い感が半端ない。
とりあえず、エントランスを抜けるなり、真っ先に男子トイレ、いや女子トイレ……は絶対無理だから、多目的トイレに駆け込み、鏡の前で完璧に仕上げてきた自分をチェック。
うん。どこからどう見ても、女子してる。
まぁ、これだったら余程のことがない限り男バレはないかと。
今回は婦人用アイテムを購入することが目的なので、あえて女性客を装っての来店だ。ここ最近、女装姿への抵抗感が薄れている事実に一抹の不安を覚えつつも、僕は売り場へと踏み出した。
一応アイドル声優もどきとして、マニアックな層に顔バレしている身なので、帽子を深く被り直し、大勢の女性客に紛れてエスカレーターを上がり、ファッションブランドショップが並ぶ店内を吟味する。
とはいえ、正直、どこから手をつければいいのかさっぱりだ。以前ここに来た時は、ひたすら東雲の従者として後ろを歩かされていただけだったし。
そんなとき、店頭でディスプレイされた全身コーデのマネキンが目に留まった。
(──うわ、薄手のキャミトップスに、ひらひらプリーツミニか……さすがにこれはないな、露出がエグすぎる)
ドン引きしながらも、そのギャルっぽいマネキンをマジマジ凝視してると、
「お客様、こちらはいかがですか?」
不意に、女性店員の張り付いた笑顔が飛び込んできた。ってか、ヤバい。
「ええ、ええっと……その」
声優を本業としているくせに、思い切りどもってしまう。声のプロとして情けないことこの上もない。
「こちら今シーズンのトレンドですよ! ぜひご試着なさってみてください♪」
「はぇ? あ、あの、ちょ、ちょっと、待ってくだ──」
抵抗の隙も与えられず、営業スマイル全開の店員さんにキャミやらミニスカートやらを両手に押しつけられ、そのまま試着室の奥へと流し込まれた。
一人、大きな全身鏡の前で、僕は呆然と立ち尽くす。
「ま、まぁ……折角だし、ちょっと、ほんのちょっとだけ、試着してみよう、かな、なんて」
ペラペラなキャミソールはともかく、ミニスカート(セーラー服)なら、前のイベントで履いた経験があるから──と、勢いのままロングスカートを下ろし、ブラウスのボタンもひとつずつ外す。
自室以外の生着替えって、結構ドキドキするよな……と、新たな癖に目覚めつつ、いざ袖を通してみれば。
(うわぁ、ヤバいなこれ、両肩と太ももが丸出しじゃん……ってか、自分で言うのもアレだけど、結構似合ってね? 意外とキャミって、胸が真っ平らでもなんとかなるもんだよな。スレンダー系女子?)
女装の極致、とでもいうのだろうか。
着こなしているという手応えか、自尊心と羞恥心が全部どこかに吹き飛んで、いよいよハイになった僕は「どうです、似合います?」と、店員さんにジャッジを仰ぐべく、勢いよく試着室のカーテンを引いた。
「へ?」
そこに、店員さんの姿はなく……その代わりに立っていたのは……っておい、なんで《《こいつ》》が、ここに居るの、かな?
肩出しキャミソールに超ミニスカートという、露出度限界突破の自分を見下ろし……ふと現世に戻った。
「──あら、奇遇ね。貴方もショッピングかしら?」
まさに神出鬼没な──東雲綾乃は、腕を組み、ニヤリとアイドル声優らしからぬ嘲笑、口角を全開に、邪悪に満ちた笑みを浮かべる。
「え、ええっと……その、あの、あ、はい、失礼しました……」
剥き出しの肩と太ももをそっと隠しながら、音速でカーテンを閉めた……が。
「──ええ、そこの店員さんよろしいかしら? あの子が今試着している服、一式全部いただくわ」
「ありがとうございます! そのまま着ていかれますか?」
「そうね、タグを切ってもらえるかしら」
「かしこまりました!」
「バッ──! ちょ、ちょちょ、ちょい待てぇええ……。ぁ……」
時、既に遅し。
女性店員さんの持つハサミが、今まさに目の前まで迫り、今の僕は、まるでホラー映画に登場するギャル(餌枠)の心境そのものだった。




