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【新装版】オレンジボイス 〜女装してアイドル声優になった結果、周りが地雷だらけで詰んだ件〜  作者: 乙希々


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桃色の憤怒③

「──これは、いけませんね……」


 開口一番。狭いアパートの部屋にひしめき合う三人──僕、東雲綾乃、小倉ももを見て、ネイビーのスーツを隙なく着こなした柏木マネージャーが、眼鏡のブリッジを冷徹に押し上げた。


 対する東雲は、ちゃぶ台の上で頬杖をついてどこ吹く風。ももちゃんはももちゃんで「あ、やっちゃいました?」と小首を傾げながらも、どこが確信犯っぽい。……そう、僕だけが窮地きゅうちに立たされていたりする。


 ……いや、本気マジで。


(……待て、これ絶対ダメなやつだ。完全に詰んでね? つうか、事務所的にアウトだろ、この状況は──)


 とはいえ、これは想定内である。


 こうした不測の事態に備え、僕はあくまで「男性」ではなく「女性」として彼女らに接していた。やましいことなんて微塵もない。断じてない。


 ……よし、この路線で行こう。


「う、うふ、うふふ、柏木マネージャー、いらっしゃい……です。きょ、今日は、しの……綾ちゃんたちと三人で、仲良く女子会をしていたんですよ? それが何か……問題でも?」

「そのような言い訳が通用すると思っているのですか? 心外ですね」


 う、ヤバい……。柏木さん、ガチギレか? これ、最悪事務所解雇もあるぞ。


「えぇ……あ、あの、これはですね、ゴニョゴニョ──」

「こういう百合な催しは、事務所公式チャンネルを通してもらわないと困ります」

「ゴニョゴニョ…………は、百合?」


 絶句する僕の正面で、柏木さんは素早く片膝をつく。スマホをプロのカメラマンよろしく両手で構え。


「はい、準備完了です。さあ皆さん、思う存分「百合トーク」に花を咲かせてください。ええ、小倉さんの事務所にはこちらから話を通しておきます。ただ、彼女はまだ未成年なので、下ネタは少々控えめに……コホン、いえ、そのへんは気にせず。さあさあ、続きをどうぞ」


 って、アホか! 事務所が率先してリアルに百合動画を撮ろうとしてんじゃねーよ、それこそ別の意味で炎上案件だろが。


 てか、そこの二人、釣られてカメラ目線を作るんじゃない。……というか、ももちゃん、どさくさに紛れて東雲のどこを触ってんの?


 もう何が何だか……。


 ただ一つ、小倉もも、東雲綾乃、そして柏木マネージャーにとって、僕が「成人男性」として認識されていないという事実だけが、傷口を最小限(メンタル的にはアウト)に抑えていた。


 不本意ながらも、この胡散臭いイケメンスマイルを浮かべる柏木マネを加えた四人で、ちゃぶ台を囲むハメになった。


 ゆるかわ女子メイクに黒髪ロングのウィッグ、おまけにスカート姿で女の子座りをしながら、僕は柏木さん持参の栗どら焼きをヤケクソ気味で頬張る。


「──では早速、神坂君が前回受けたオーディションの結果ですが……」


 その時、インスタントコーヒーを片手にタブレット端末をタップしながら、柏木さんがしれっと爆弾を投下。なぜ今なの?


 苺ショートとは別に、苺どら焼きにまで手を伸ばそうとしてた東雲の動きがピタリと止まる。


 というか、個人の声優人生を左右する話を、皆がいるタイミングでするもんじゃないような? 性別以前に人権無視かよ。


 にしても、前回のオーディションか……。あの悪役令嬢もの三本立て、手応えは皆無だったんだよな。それをこいつらの前で発表するのか? 鬼かよ。


 ……おい東雲、そんな興味津々な目でこっちを見るな、ももちゃんは……特に興味はなさそうで、つまり無関心。


「その話は、後でゆっくり……」なんて制止が通るはずもなく。


「──では、端的に言うと、残念ながら、すべて不合格です」

「あ、はい……」


 知ってた。知ってたけど、やっぱり公開処刑ですか、そうですか。悪役令嬢ものだけに死に戻りさせてくれないだろうか。


 いっそ盛大にちゃぶ台へ突っ伏して打ちひしがれたい気分だが、台の上は女子どもに食い散らかされた菓子の残骸で埋め尽くされており、顔面のスペースが足りない。


「ふふ、ええ。残念だったわね、橙華さん。また次があるわ」

「はむはむ……あ、橙華さん元気を出してください。なんならショートケーキの苺、食べます?」


 見せかけだけの優しさならいらない、そもそもお前ら同情すらしてねぇだろ……ブツブツブツブツ──。


「──えーと、神坂君、聞いてますか?」

「あ、はい」


 いかん、うっかり闇堕ちするところだった。


 どんよりとした(僕一人だけの)重い空気の中、柏木マネージャーが「これですが」と資料の束を手渡してきた。


 何気にそれを受け取り、文字を追う。


『悪役令嬢に転生した私は、いつしか敵国の王子に見初められました(メイドA)』


『乙女ゲーでざまぁされる悪役令嬢に転生しましたが、なぜか攻略対象全員に愛されてます(メイドA)』


『悪役令嬢の私はなぜか腹黒王子に溺愛されてます(メイドA)』


「………………あのう、なんですか、これ?」


 脳内に大量の疑問符(?)が乱舞する。


「ええ、残念ながらオーディション本命の役は逃しましたが、代わりにこれらへの出演が決定しました。やりましたね、すべてレギュラーでの配役ですよ」


 レギュラーって、全部名もなき「メイドA」じゃんか。……いや、仕事がもらえるのは素直にありがたい、けど。


「ふふふ、今の貴方にはお似合いの役だと思うわ。そうね、台詞の練習がてら、私に何か言ってみてくれるかしら?」


 東雲が楽しそうに、笑みを浮かべている。なんかムカつく。


「……はい。綾乃お嬢様、ご機嫌麗しゅう」


 ……が、つい、プロの悲しい性で完璧に声を作ってしまう。


「次はももの番ですね。橙華さん、お願いします」


「……はい、ももお嬢様、お戯れはほどほどになさいませ」


「では私のことは〝ご主人様〟と呼ぶように」


「はい、ご主人様。この卑しきメイドに、どうかお仕置きを……って、柏木さんまで調子に乗らないでくださいっ」

「いやあ〜、つい、神坂君も結構ノリノリでしたよ──」


 この、はた迷惑な御三方に完膚なきまでに蹂躙され、僕の尊厳はボロボロである。というか、僕を含めて全員、全国のメイドさんに謝るべきだと思う。


 ──ま、何はともあれ、また一歩、アイドル声優としての道を前進した……はずだ。


(……いや、むしろ後退してないか、これ?)

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