桃色の憤怒②
「──そそ、粗茶でございます……」
「あら、お構いなく……パシャパシャ──(スマホの連続シャッター音)」
「お、おい?」
『【悲報】女装声優(T) 自室に現役JK声優(M)を連れ込み事案発生(草)』
「──そうね、安心なさい。時間差で投稿してあげるわ。私は過去の過ちを繰り返さない主義なの」
「ってこら! 思い切り繰り返す気満々じゃねーか、炎上どころか、社会的に抹消されるわ」
「ほわぁ〜、いっそ窓の景色をバックに三人で写りませんか? パシャパシャ──、うん、これだったらアパートも特定されて、もっとバズりますよ」
「ちょ、ちょい待て──」
いまさら説明するのもアレだが、新人アイドル声優にして現役JK(女子高生)でもある小倉ももとの間に勃発した、ほんの些細な論争の真っ只中、予告なしに闖入してきたのは──長い黒髪が麗しい、悪役令嬢面がデフォルトの、推定身長一六七センチ、スレンダーかつ抜群のプロポーション(特定部位を除く)を誇る東雲綾乃だった。
そんな見た目だけはハイスペックな東雲嬢は、いたいけな女子高生の両肩を掴んだままフリーズする僕(Ver.橙華)に向かって、アイドル声優らしからぬ重低音ボイスで「一体そこで何をやっているのかしら」と仁王立ち。
──かと思えば、スマホをポチポチ、耳に当てながら、そのまま部屋から立ち去ろうとするものだから、僕は「ちょちょ、ちょっと待ってぇ──」と、スカートを翻しての土下座……いや、弁明を──。
──そして、数十分後。
「……そ、それで綾ちゃん、事情は分かってくれた……んだよね?」
「ええ、完璧に。女性と偽った貴方が、未成年の小娘を部屋に連れ込み(ピー)して(ピー)して、仕上げに(ピー)したわけね。この手の案件は私の手に余るわ、あとはすべて司法に委ねるべきかしら?」
「全然わかってねーよ!? つかお前、全部知っててわざと言ってるだろ」
「ほわわ、つ、つまり綾乃さんは、ももを救いにきた白馬の王《《女》》様ってことですね!」
「……ももちゃん、ちょっと黙ってて」
木造ワンルームアパート、小汚いちゃぶ台を囲んでの、全く会話が噛み合わない女性陣(と♂一名)。
大方、あらぬ誤解は解けたと信じたいが、僕は依然として推定無罪状態。現に男一人暮らしの部屋に華の女子高生(死語)がいる時点で、社会的に詰みかもしれん。
「で、この事案はいつSNSにあげようかしら?」
「スミマセン、本当に勘弁してください。……つうか、なぜスマホをこっちに向けてんのかな?」
問答無用で東雲からスマホを奪い取り、条例的にアウトな写真をゴミ箱から完全に抹消し、ようやく一つ、溜め息を吐く。
このタイミングで、珍しく東雲が持参したお土産を開けてみる。苺ショートが二つ。……ふむ。自分の分を諦めれば、この場は凌げるか。
「──はぇ。橙華さんが無理やり綾乃さんを遊園地に、ですか?」
「ええ。友達のいない橙華さんがあまりにも惨めで仕方なく、慈悲の心で付き合ってあげたわ」
「おいそこっ、事実を勝手に捏造してんじゃ」
──と、言いかけてやめた。
もう、それでいい。それでいいから。これ以上事を荒立てないでくれ。これで丸く収まるのなら、ちっぽけなプライドなんて要らない。
平穏な日常を脅かすJKの襲来から始まり、悪役令嬢の参戦に、一時は死亡(社会的に)エンドコース真っしぐらだったが、どうやら最悪の事態は回避できそうだ。
ももちゃんは、東雲を相手に上機嫌だし、東雲は東雲で、懐かれるのは満更でもない様子。……よし、このままケーキを食わせて、二人仲良くお引き取り願おう。
──そんな淡い希望を抱き、不本意ながらもお茶の準備していた、次の瞬間。
ピンポーン。
またもや、来客を告げるチャイムが鳴り響く。
(……今度は誰だよ)
と、油断からか危機感を抱く間もなく、ドアを叩く音。
「ドン、ドン、ドン! 神坂君、いるかい?」
(──げっ。その声は腹黒メガネ……っていうか、柏木マネージャー?)
ドンドンドンドンドンドン──!
「……ああ、もう。うるさいわね」
「はい、ももが出ます!」
「ぁ……待てっ、勝手に出な──」
一難去ってまた一難、とは、まさにこの事を言う。




