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【新装版】オレンジボイス 〜女装してアイドル声優になった結果、周りが地雷だらけで詰んだ件〜  作者: 乙希々


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東雲綾乃、襲来。

 あれ以来、何か自分の大切なものを失ったといえる撮影会から一週間が過ぎた頃。


 あんな小っ恥ずかしい女装姿が今後どのように悪用されるか日々を怯える僕のもとに、ある意味マネージャーの柏木さんよりも厄介な奴から呼び出しがあった。


 そして今、待ち合わせに指定された駅の広場で相手が来るのをひたすら待ち続けている。


 時間を確認。スマホのデジタル表示は十二時三十分過ぎ。約束の時間は昼の十二時。


 ちなみに僕は時間より早めに到着して、かれこれ1時間以上ここで待ちぼうけだ。


(アイツ、呼び出しといて遅刻かよ……いい加減にしろよな)


 その後さらに時間が過ぎ、僕の苛立ちがピークに達したころ、やっとくだんの待ち人がしゃあしゃあと駅から出てきた。


 ベレー帽を深く被り、黒のサングラスで目元を覆っていても、あの独特な存在感は隠しきれていない。


「待ったかしら?」

「ううん、イマキタトコダヨ?」

「では遅刻ね。反省しなさい」

「って、何でだよ!?」


 来た早々、僕に詫びるどころか、さらりと責任転嫁してくる遅刻女──声優、東雲綾乃しののめあやの、本名、東雲綾子しののめあやこは、威圧的に両腕を組む。


「敬語」

「……すみませんでした」


 くっ、屈辱的だ。ちょっとぐらいデビューが早いからと言って調子に乗りやがって……でもコイツ、見た目だけはポテンシャルが高いんだよな。


 モードカジュアル系って言うんだっけ? 今日だってどこの芸能人だよ、って感じでバッチリ決まってるし……あ、いちおうコイツも芸能人か。


「相変わらず冴えない男ね。髪にワックスぐらいつけたら」


 いきなりディスられた。性格悪すぎだろ。いくらアイドル声優とのゴールが最終目的だとしても……うん、東雲だけはないわ。


「……貴方今、とても失礼なこと考えてないかしら?」

「いえ、滅相もごさいません」


 何でわかったんだろ? もしや心が読めるとかじゃないよな……。


「まあいいわ。それと、眉毛を整えたのだけは褒めてあげてもいいわよ」


 眉毛? ああそう言えば撮影のときに相葉さんから抜かれたりハサミでチョキチョキされたよな、すっかり忘れてた。


 でも良く見てるよな。普段は人の顔なんて興味なさそうにしてるのに。


「行くわよ」


 一体どこに? と聞く間もなく、東雲は真っ赤なミニスカートを揺らし、駅前広場からスタスタと歩き出した。僕はその黒ストッキングに包まれた太もも……いや、背中を慌てて追う。


 何の茶番劇だよ。東雲にとって今の自分は荷物持ちの執事……ってところか。


 そんな我儘お嬢様──というか、悪役令嬢的東雲によって連れて来られた先は、知る人ぞ知るちょっと隠れ家的外観な、それでいてオシャレな感じがするいかにもSNS映えしそうなフレンチレストランだった。普段の自分には縁遠い店だ。


「……つうか、こういう店って、事前に予約とかがいるんじゃ」

「それは大丈夫よ」


 そう言って、カランコロンと店の扉をくぐる東雲。とりあえず僕も後に続く。


 やはりというか店内は、若い客層を中心にかなり混雑していた。たぶん今流行りのレストランなのだろう。この手の情報には疎くて良く知らんが。


 それでも東雲が事前に席を予約していたらしく、僕らはすんなり店の奥にある小さな個室に案内された。


「オーディションに合格したみたいね。まずはおめでとうと言わせてもらうわ」


 そして、二人掛けのテーブルに向かい合って座った途端、東雲が僕に言った。


「──これでやっと貴方も、この私と同じ土俵に立てたってところかしら?」

「う、うん……ありがとう」


 何か言い方に棘があるが、取りあえず礼を言っとく。


「だからお祝いを兼ねて、ここでの食事は私がご馳走するわ」

「え、本当に?」

「だ、だから感謝しなさい」


 そんなツンデレ台詞を真正面から声優、東雲綾乃の艶がある清楚ボイスで放つもんだからその破壊力がハンパない。


 彼女のファンなら卒倒ものだろうな。同業者の僕でさえ、今クラクラきたし。


「──そのアニメなら、私もヒロイン役のひとりとして受かったわ。まあ当然ね。でも肝心のメインヒロイン役は他のに決まったようね」


 ん、いつの間にやら話がヤバい方向に……。


「そそ、そうなんだ。それは残念……」

「どこのどいつなのかしら? 悔しいけど気になるわ……」


 ときに東雲が眉をひそめて親指の爪を歯で噛みだした。これって養成所時代からよくやってたよな……自分の演技に納得いかないときや、他の研究生に嫉妬しているときに。


「……で、貴方はどの役に選ばれたのかしら? 主人公の男の子?」

「ま、まさか、違うって……」

「当然ね。じゃあ一体誰なの? 私と絡みがある役かしら?」


 手に持つお冷のグラスをガタガタ揺らしてる僕に向かって、グイグイ話しを詰めてくる〝女〟性声優、東雲綾乃。


 つうかコイツは本当に知らないのか……この僕──よりによって〝男〟性声優、神坂登輝がメイン〝ヒロイン〟に選ばれたことを。


「……ええっと、その──」


 うーん、どう東雲に説明すれば……。


 これはもう、一悶着あるかも。



「──まあ、いいわ。貴方のことだし、どうせつまらない役なんでしょ。そうねえ、一話限定の噛ませキャラってところかしら」


 で結局、さらりと関係各所に喧嘩を売るような発言をしつつ、メニューを広げる東雲。


 僕は「アハハ……」と苦笑いを浮かべ、これ以上この話をぶり返さないように当たり障りのない会話を持ち出して、この場を何とかやり過ごそうとする。


 それで結果的にどうなったかと言うと──



「もうサイコー! 東雲さん、もう一曲お願いしゃす!」

「し、しょうがないわね。じゃあ今度は歴代プ◯キュアシリーズのメドレーを歌うわ」


 僕は昼間のカラオケ店で東雲綾乃アニソンワンマンショーに付き合わされるハメとなった。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」


 七色のペンライトを全力で振りながらも、コイツ美人だし、何気に歌も上手いし、ダンスもキレキレだし、もはや完璧超人なんだけど、それだけに中身がアレなもんだから、いまいち推せないんだよな、とひらひら揺れる短いスカートをチラ見しながら一人納得する。


(……ん、そういえば、東雲との腐れ縁も結構長いよな──)


 かれこれ今から数年前。声優養成所で右も左も分からなかった僕が、初めて声を掛けた相手がこの東雲綾乃、もとい東雲綾子だった。


 昼休憩の食堂でポツンと一人でキツネうどんをすすっていた彼女に対し、思い切って「綺麗な声質ですね」と話しかけてしまったのが、そもそも運の尽きだったかも知れない。もろ地雷じらいを踏んでしまった感じだ。


 声優志望にとって、たとえ自分の容姿を褒められるよりも、一概に地声を称えられたほうが胸にグッと刺さる場合がある。


 東雲に関してはまさにそれ。


 よほど嬉しかったのか、それとも僕に何かのシンパシーを感じてしまったのか……。


 それからの彼女はというと、何かにつけては僕の近くに居座り、最初こそは美人の女友だちが出来て浮かれてた時期もあったけど、時間が経つにつれ、それも一気に冷めた。


 そんな恐れ多い発言を口にした日には、それこそ全国の東雲綾乃ジャンキーから闇討ちされても文句は言えないけど、これだけは理解していただきたい。


 彼女と関われば関わるほど、僕のちっぽけなメンタルが持ちません。


 口を開けばすぐに毒舌を吐くし、事あるごとにマウントを取りたがるし、そして何よりも情緒不安定で気分屋、そんなツン(デレはない)なヒロインキャラは今時分どのアニメでも流行らないって……性格に難アリすぎて、僕には全く手に負えません。


 とはいえ、それはそれで結構根はいい奴なんだけど……今日の昼食だって一応彼女なりのお祝いだったみたいだしね。


 そんな過去の回想もさながら、何やかんやで結構この状況を楽しんでいると、急に歌うのを止めた東雲が持つマイクを僕に向けた。


「私ばかりが歌うのも飽きたわ。今度は貴方が歌う番よ」

「えーと……僕も歌うの?」

「当然よ。何のために二人でカラオケに来てるのかしら?」


 それもそうだ。


 僕はポチポチと自分が得意とするアニソンを選曲し、マイクを持って立ち上がる。

 程なくして、聴き慣れた女性アニソン歌手の曲が流れ出した。


 原曲のキーはそのまま、心地よいメロディーに沿って僕は歌い出す。中々イイ感じだ。バラード調からアップテンポに切り替わるところも難なく曲に乗れた。調子に乗ってマイクパフォーマンスまでしてしまう。


「……相変わらず上手いわね。いっそ下手な声優はやめて、アニソンシンガーとしてデビューすることをお勧めするわ」


 ソファーの上で足を組みふんぞり返っていた東雲が珍しく僕を褒めた……いや、僕の声優としての度量をさり気なくディスっているところはブレないな。


「いやいやそれは流石に無理だよ。男のアニソン歌手って女性に比べると敷居が高そうだし」

「そう? 案外イケると思うわよ」

「無理無理」


 そう否定しながらソファーに座り直し、注文したアイスコーヒーをすすっていると、隣で東雲が何かを思いついたように、ポンと手を叩いた。


「じゃあこうしましょう。私の歌唱デビューが決まったら、貴方をバックコーラスとして呼んであげるわ」


 デュオじゃなくてバックコーラスかよ、というツッコミはさておき、それはそれでいつか東雲と組んでやるのも悪くないなと安易に考える僕がいた。



 そしてこのときの自分は、今から限りなく近い将来、このことが本当に実現するとは夢にも思っていなかった──。

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