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【新装版】オレンジボイス 〜女装してアイドル声優になった結果、周りが地雷だらけで詰んだ件〜  作者: 乙希々


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ソメイヨシノに導かれて。

〜SideView Ayano〜 


 東雲綾子しののめあやこもとい女性アイドル声優、東雲綾乃しののめあやのの朝は、優雅に一杯のコーヒーから始まる。


 都心から少し離れた、築◯十年の木造二階建てアパート……いや、ワンルームマンションの一室。真っ赤なネグリジェに身を包んだ綾乃は、最近購入したばかりのコーヒーミル──には、一切目もくれず、某ネコキャラのマグカップにミルクと砂糖をドロドロにぶち込んだインスタントコーヒーという名のエスプレッソを注ぐ。


「──ふん、どれもつまらないニュースばかりね」


 ちゃぶ台……じゃなくて、テーブルに座り、スマホでネットニュースを流し読み。唯一無二の親友である《《彼》》に、今朝の一言(愚痴)を長文メッセージを送りつけ、一向に既読がつかないことに苛つきつつも、手早く、それでいて完璧に準備をすませると、ボロアパート……いや、マンションを後にした。



 通勤ラッシュの余韻が残る山手線を乗り継ぎ、向かった先は、夏アニメ『とあるオッサン転生勇者の異世界奮闘記』のスタジオオーディション会場。


 新作の春コートをまとい、肩まで伸びた黒髪を揺らす。赤のトップスに黒タイトミニ姿で、颯爽さっそうと会場入りした綾乃を待ち受けていたのは、今、最も勢いのある若手女性アイドル声優の二人だった。


「あら、偶然ね。東雲さんも今回のオーディションを受けるんだ」


 ふんわりショートボブが特徴の、ミルキー企画所属、水野秋みずのあき(代表作『わたしのことを妹と呼ばないでよね、お兄ちゃん!』如月花音きさらぎかのん役)。


「じゃあ、東雲さんとは役を奪い合うライバルってわけね」


 黒髪カチューシャがトレードマークの、アイループロダクション所属、鈴宮美波すずみやみなみ(代表作『氷の令嬢と呼ばれている私は何故かイケメン王子にモテモテです』イザベラ・フォン・ミラージュ役)。


 そして、ノエルプロ所属、東雲綾乃(代表作『オケ部にようこそ!』白鳥葵しらとりあおい役)は、そんな売れっ子の二人を前にしても、一瞥もくれず、完全にスルーを決め込んで廊下を通り過ぎる。


「──ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

「相変わらず、信じられない性格ね」


 背後からの声に、綾乃は足を止めた。ふう、と溜め息を一つ、ゆっくりと振り返り、挑発的に腕を組んだ。


「で? 私に何か用かしら。傷の舐め合いなら他所よそでお願いするわ」

「き、傷の舐め合いって……あんた調子に……っ!」


 綾乃の鋭い眼光に射抜かれ、水野が思わず言葉を詰まらせる。


「……み、美波、行くわよ」

「えっ、あ、わたしも……」


 今をときめくはずのアイドル声優コンビが、たじろぎながら後退る。


「そう、用がないなら行くわ」


 綾乃が背中を向けた瞬間、二人は安堵の息を吐きかけた──が。


 くるり、と。


 一転して距離を縮めてきた綾乃に、二人は「「ひっ!」」と悲鳴に近い声をハモらせる。


 綾乃は無言のまま、逃げ腰の二人の掌に、強引に「何か」を握らせた。


 嵐のように彼女が去った後、廊下に取り残された水野と鈴宮の両名は、呆然と立ち尽くす。


「……いまの、何だったの?」

「さ、さあ……」


 二人がおずおずと掌を開くと、そこには安価な『のど飴』の包みが転がっていた。




 ◇


 午前中のオーディションは、可もなく不可もなく案外すんなりと終わった。


 そして、特に予定のない中途半端な午後。


 東雲綾乃は独り、桜が色づき始めた公園をあてもなく歩く。


 宴会に興じる花見客たちの喧騒を横目に、バッグからスマホを取り出す。時間を確認するついでに、八分咲きのソメイヨシノをフレームに収める。


 その時、手の中でスマホが震えた。画面に表示されたのは、最近登録したばかりの「神坂三鈴かみさかみすず」と猫スタンプ。


「はい」


『──あ、東雲ちゃん! 急にゴメンねー、今時間大丈夫かな? それとも仕事中?』 


「ええ、特に問題ないわ」


『なら良かった〜♪ ところで今日はすごく天気が良くてポカポカでしょ? これから登輝くんを誘って桜を見に行かない?』


「サクラ……」


『そう、桜だよ〜、お花見だよ〜、営業のお仕事なんかしてる場合じゃないよね〜、丁度登輝くんのアパートの側に大きな桜がある公園があってね、うーんとそこにお酒とおつまみを持ち込んでぇえ〜、だからね、東雲ちゃんも一緒に♪』


「……まあ、行かないこともないわ」


『やった〜! なら決まりだね、じゃあこれから登輝くんのアパートに突撃だねー、どうせ今の時間、間違いなく引きこもってるし〜』


「そうね。……それでいい、わ」


『本当に? だったらね──』


 それから綾乃は、三鈴と手短に打ち合わせを終え、通話を切る。スマホをバッグにしまう指先が心なしか急いでいた。


「……ま、誘われたなら、し、仕方ないわね」


 誰に言い訳するでもなくそう呟くと、綾乃は薄手のロングコートをバサリとひるがえした。駅へ向かう足取りは軽やかだ。


 伏せた睫毛の奥で、口角がぐいっと跳ね上がって──。

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