これが僕の生きる道。
「──んで、姉さん。……これを僕にどうしろと?」
「うん、あのね。昨日モールで見つけた瞬間、登輝くんにぴったり! って確信したの。お姉ちゃん、嬉しくて即買いしちゃった! ……あれ、もしかしてピンク、嫌いだった?」
「色の問題じゃない! そもそも男の僕がこんなもん履くわけないだろ!?」
暦は如月。真冬の隙間風が吹き抜ける、築云十年の木造アパート。
華やかにラッピングされた袋から現れたのは、繊細なレースが施された女性用下着一式。それを両手で掲げた僕(♂)の、至極真っ当な主張が六畳一間に轟く。
「はふ、んぐ……。ひどいよ登輝くん。せっかくお姉ちゃんが選んだのに……よよよ」
コタツで煮えるおでんのちくわを咥えたまま、姉、神坂三鈴がわざとらしく鼻を啜る。明らかに嘘泣きだろ。
あの一件(痴漢冤罪)以来、何かと理由をつけては僕の部屋に転がり込み、タコパだ、鍋パだと勝手気ままに宴を催す我が姉君。今回はおでんパーティーかと思いきや、さらりと手渡された実弟へのプレゼントがこれだ。本気なのか、高度な一発ギャグなのか、僕の脳内CPUは解析を拒否した。
「ど、どお? 似合うかな?」
とはいえ、多大な恩義(借金)がある愚弟としては、ここで引くわけにいかない。潔くジャージを脱ぎ捨て、Tシャツとトランクスの上からピンクのブラとショーツを装着。アルコールの勢いも手伝って、気分はすっかりお色気担当ヒロインだ。
「もう、登輝くぅん、かわゆいー!」
「よーし、じゃあ次はマッパでフル装備しちゃうぞー!」
狂乱の宴が最高潮に達した、その時。
「──お邪魔するわよ」
「っ!?」
「あ、東雲ちゃん、いらっしゃい〜」
唐突なる、東雲綾乃、襲来。
今の僕は、客観的に見て通報案件。おまけにグラビアアイドルさながらのポージングをキメた変質者だ。
酔った勢いとはいえ、あまりにも悪ノリが過ぎた……かも?
「……え、あ、え、えと」
「あら、今夜はおでんかしら。じゃあ私は、そうね、大根と玉子をいただくわ」
事故現場を正面から目撃したはずの東雲嬢は、一切顔色を変えなかった。玄関で淡々とロングブーツを脱ぐと、石化している僕を華麗にスルー。コタツでカップ酒を煽る姉の正面を陣取り、早々にくつろぎモードへ移行する。
「え、ええっと……東雲センパイ?」
今さらながら台所の隅で身を隠すようにうずくまっていた僕は、恐る恐る声を掛けた。
「ん、何かしら?」
「あの……その。今の僕を見て、何か、こう……思うところは……?」
すると東雲は、いい感じに味が染みた大根をフーフーしながら、面倒くさそうに。
「はふ、はふっ……。いいんじゃないかしら?似合ってると思うわ」
「リアクションそれだけ!?」
──という大惨事、あるいは珍事から週明け。
本日、長いようで短かった『ヴァルキリーレコード』第十二話──アニメ一期の最終話となるアフレコ当日を迎えた。
収録は十六時スタートだが、日中スケジュールがガラ空きの僕は、早々にスタジオ入り。ロビーのソファーを陣取り、台本の最終チェックに没頭しているところだ。
ちなみに、今日の装いは、クリーム色のタートルネックにマキシ丈のフレアスカートを合わせたシンプルコーデ。
つい最近までファッションに無頓着だった自分が、ここ数ヶ月で随分と詳しくなったものだと感心する。
(それも今回の収録が終われば、当分こんな格好ともおさらばだな……)
感慨深く台本を胸に抱き、ぼんやりと天井を仰いでいると、不意に足元がスーッと……。
「──って、おい東雲、何やってんだよ!?」
「なにって、先日のショーツを本当に履いてるか気になって確かめただけよ。悪い?」
「悪いに決まってるだろ! 公衆の面前で何を考えてるんだ……まったく──」
音もなく現れた東雲によって、ペラリと捲り上げられたスカートを大慌てで押さえながら、いつか本気でコイツをセクハラで訴えるべきか思案していると、当の本人は悪びれる様子もなく、どこか嬉しそうに話題を切り替える。
「ところで橙華さん、これは柏木マネージャーから直接聞いた話だけど。貴方は知ってるかしら?」
「……なにをさ」
「近々『終末アオハル』の製作告知が大々的に発表されるそうね。当然、声を演じる私たちの情報も順次公開されるわ」
そして、話は僕の返事を待たず続き。
「これで私も、主演声優として一気に知名度が上がるわ。なにしろ全国上映よ!」
珍しく歓喜を露わにする東雲とは対照的に、僕は言葉に詰まるが。
「へ、へえ……。そ、それはそうと東雲センパイ。この僕、いえ、私については、今後どのように紹介されるか、柏木さんから……その、詳しく聞いてたり……する?」
「ええ、当然聞いてるわ。もちろん──」
瞬間、脳裏に最悪な結末が駆け巡り。
「新人声優の、橙華として、本格的に宣伝するみたいね」
僕は力なくソファーにもたれ掛かってしまう。
いや、そもそもオーディションを受けた時点で、覚悟はしてたつもりだ。
だが、声優を続けていく限り、僕には《《女装》》アイドル声優としての道しか残されていないのか……と、今さらながら肯定も否定もできない自分がいる。
(……ってか、このまま世間一般に男バレしたら、それこそ声優人生の詰みじゃ……)
大事な収録を前に、僕のちっぽけなメンタリティは、崩壊の危機に瀕していた。
(──でも、今はやるしかない……)
やるしか、ないんだ──




