終末アオハル決起集会。
「──それではまず、三人の新しい門出を祝って……、いや、ちょっと変か。では! またこの『ゔぁるれこ』メンバーで仕事ができることを祝して、乾杯!」
「乾杯ぃいい!」
「………」
知る人ぞ知る、少々値の張りそうな老舗の居酒屋。その奥にある座敷。あれからメイク直しを済ませた僕──橙華と、人気男性声優の妻夫木渡さん、そして、なぜかこの場にいる、東雲綾乃。僕にとっては何とも気疲れしそうなメンバーで、テーブルを囲んでいた。
ちなみに、発起人である妻夫木さんの音頭を華麗にスルーした東雲女史は、先程から高級レストランさながらの品書きと睨めっこを続けている。
(おい、いくら妻夫木さんの奢りだからって、少しは遠慮しろよ? あ、でも中トロの刺し身、美味そう。スーパーの半額シール付きとはワケが違うんだろうな……)
「──ところで、オレも驚いたよ。『終末アオハル』のキャスト表に橙華君の名前があって、しかもオレと絡みが多い役だろ? これも何かの縁と思って、急遽君を誘わせてもらったわけ」
スカートを気にしながら女の子座りで小ジョキをチビチビ飲んでいた僕に、正面で男らしくあぐらを組んだ妻夫木さんが、大ジョッキを景気よく煽りながら笑いかけてくる。
「あ、ありがとうございます! まさか妻夫木さんが主役を演じられるなんて……またご一緒できて──」
「ちょっと店員さん。この『産地直送厚切り大トロ盛り合わせ』を。あと、ワインのおかわりもいただけるかしら」
あれ? 隣から、場にそぐわないブルジョワな注文が聞こえてきたのだが……。
爽やかなスマイルを浮かべている妻夫木さんの額に、あろうことか脂汗が……、うん、きっと気のせいだ、そう思いたい。
「ええっと……たしか『紅葉』役は東雲さんだったかな?」
「そうね、『終末アオハル』の《《メイン》》ヒロイン、朝霧紅葉役は、この私、東雲綾乃が射止めたわ。当然の結果と言えば当然の結果ね」
「ははは、おめでとう。また共演できて嬉しいよ。でも、たしか君が今まで演じてきたのって、ツンデレとかヤンデレ……いわゆるクセ強が多かったよね、紅葉役は大丈夫かい? 原作を読んだけど、あの子は真っ直ぐな正統派ヒロインだからね。ああ、そうそう、今日の闇堕ち演技は最高だったよ。あの狂気じみた笑いはオレには真似できないな。あれこそ東雲さんの真骨頂ってやつかな?」
「ふふふ。ええ、妻夫木さんこそ大丈夫かしら? クズで優柔不断な男子高校生役なら貴方の十八番でしょうけど、今度の主人公は思いやりがあって勇敢な男の子よ。あら、ごめんなさい。結局はお約束のハーレム展開になるのだから、ある意味、貴方にぴったりの役かしら」
「あはは……」
「ふふふ……」
「……あ、すみません! 大ジョッキを追加でお願いします!」
……だめだ。
ここはさっさと酔っ払って、一触即発の二人なんて見て見ぬふりしよう。触らぬ神に祟りなし、それが今の僕にできる最善の防衛策だ。
◇
「──今晩はご馳走様でした……。僕、いえ私、なんだかすぐに酔いが回ってしまって……」
「いやいや、無理に誘って悪かったね。東雲さんも、今日は楽しかったよ。今後も君とは……まあ、激しく討論したいものだね」
「ええ、私こそ案外有意義な時間が過ごせて、そこそこ楽しめたわ。また橙華さんと一緒なら、食事ぐらい付き合ってあげなくもないわ」
少し酔いが冷めたところで店を出ると、あれだけバチバチにやり合っていた二人が、今は仲睦まじく談笑しているように見えた。
東雲は相変わらずの毒舌だが、妻夫木さんも特に気にする様子はなく、いつもの爽やかなイケメンスマイルを浮かべている。これがいわゆる、大人の対応ってやつ?
何はともあれ、あのまま険悪な空気で終わらなくて本当に良かった。
そうこうしているうちに、東雲が呼んだのであろうタクシーが滑り込んできた。
「じゃあ、私はこれで失礼するわ」
「あ、そう? 東雲さん、また収録で」
「ああ、気をつけて」
東雲がドアに手をかけ、乗り込もうとしたその時だ。
「……橙華君、これからもう一軒どうかな? 近くに行きつけのカクテルバーがあってさ」
「あ、いいですね! 今回はあまり妻夫木さんとお話しできなかったので、ぜひご一緒させて──」
「あ、あらっ! あそこで麦野総監督が若い女と密会してるわ!」
「「えっ!?」」
唐突に放たれた爆弾発言に、僕と妻夫木さんは反射的に背後を振り返った。
──その、直後。
「ぐふっ……!?」
ノーガードだった僕の臀部──スカートのお尻に、アグレッシブな衝撃が走る。
あまりの痛みに膝から崩れ落ちそうになった僕は、いつの間にか傍に忍び寄っていた東雲に抱きつく形で、そのまま覆いかぶさってしまう。
(うえっ……。今ちょっとだけリバースしかけた──)
「い、いきなりの不意打ちは反則……」
「あら、私としたことが。どうやら見間違いだったみたいだわ。……あらあら橙華さん、ずいぶん酔っているようね。仕方ないわ。私が責任を持って《《彼》》をアパートまで送り届けるわ。妻夫木さんは、どうぞお一人でゆっくり飲み直してらして」
「あ、ああ……。そうだね、ぜひそうさせてもらうよ。東雲さん……彼のこと、よろしく頼むよ」
妻夫木さんは苦笑いを浮かべながら、強引にタクシーへと押し込まれていく僕の姿を見送る。
こうして、僕ら三人による飲み会──もとい「ゔぁるれこ」声優座談会兼、「終末アオハル」決起集会は幕を閉じた。
(……くそっ、東雲……。あとで、絶対覚えてろよ。うぇ──)




